第23話 恋の共同戦線 その2

 噂をすれば何とやら。

 振り向くとそこには、運動会のかけっ子で一等賞になった少年のような笑顔を浮かべる乳メスブタがいた。プラチナピンクの髪を今日もツインテールに結って、メイクもバッチリ、最強ギャルである。髪をまとめる黒いリボンがゆらゆら、でかい乳がぽよぽよ、彼女の歩みに合わせてそよぎ、弾んでいる。


「おはよう、片瀬。朝っぱらから元気だな」

「おう、もちろん。今朝も朝ごはんいっぱい食べてきた!」


 力こぶをつくって太陽のような笑顔を浮かべる片瀬。

 首襟に米粒ついてるぞ、この間抜けめ。


「襟元に米ついてるぞ」

「え!? まじ!? とって、ハチ!」


 ローファーで地面を踏み締めて爪先だちした彼女は目を閉じて身を寄せてくる。

 やめろ、キスする前の動作みたいだろ。

 誤解されたらどうするんだ。

 俺は手早く米を取り除き、メスブタを離れた位置に押し戻した。


「ほら、とったぞ。で、何食べたんだ?」

「米と魚とサラダと味噌汁!」

「和食か、いいな。うまそうだ」

「へへへー、そうでしょー?」


 ふんふんふがふが鼻歌を歌って隣を歩く片瀬はどうやら俺といっしょに登校するつもりらしい。

 昨日の一件でずいぶんと距離が近づいたもんだ。

 この人懐っこさ、まさしく片瀬比奈らしい。

 上機嫌に足を進めていたメスブタがふいに肩を寄せてきて、こしょこしょと虫の羽ばたきのような声量で俺に尋ねてくる。

 甘い柑橘のような匂いがふわりと漂った。


「ね、ハチ、例のもの読んだ? ほら、昨日帰り際に渡したやつ」

「ああ、一応全部読んだよ」

「全部読んだの!? はやっ!」

「おかげで寝不足だ」

「えー、夢中じゃーん」


 ういういー、と肘であばらを突かれる。

 強い強い、力加減間違ってて痛いから。


「それじゃあさ、お気に入りの一冊をしいてあげるならどれ?」


 正直どれも高度すぎて俺にはついていけなかったんだが、片瀬の無邪気なウキウキ腐り顔を見ていると「べつに」なんて冷たい返事をできるわけがなかった。俺は適当に、頭に浮かんだBL本のタイトルを答える。


「靴磨きのアルディンがよかった、かな?」

「──ッッ!!??」


 背景に稲妻を伴ってのけ反る片瀬。


「あの中から靴アルを選ぶなんてマジやば!」


 選出されて驚愕するような本を初心者に渡すんじゃねぇ。


「けど安心して!! あたしも靴アル大好きだから!!」


 よりによって適当に選んだBL本はメスブタのお気に入りの一冊だったらしく、せき止められたダムを解放したかのような勢いで彼女は猛然と語り始めた。息継ぎいつしてるんですか、というスピード感である。よく噛まずにそこまで話せるな。


「お金のために貴族のルークに好きなようにされるアルディンの可哀想な姿がまじで良いんだよね。4ページ目の左端のコマでえずきながらルークの──を咥え込んで──涙目で──で、アルデインが──自尊心を破壊されて──で、それから──」


 桜色の瞳を充血させ、ガンギマリでマシンガントークする乳メスブタをお供に坂を上る。

 彼女の話を聞くのは途中でやめた。ついていけないし、朝から野郎のウフフなイラストを思い出したくないからだ。やっぱり俺って手塚に肉体的魅力を感じているんじゃなくて精神的魅力に惹かれているんだな。男の裸に興奮しないのがなによりもの証拠だ。

 綺麗に手入れされた爪。細く長い指が俺の肩をがっしりと掴んだ。


「ゲヘヘ。ハチはアルディンが快楽に堕ちてルークを待ち焦がれるようになったとこでどんな風に思った?」


 開いた瞳孔が俺を見つめる。

 ずっと目を合わせていると気がおかしくなりそうだ。

 どんなふうに思ったと聞かれても、特に何もなかったので、当たり障りなさそうな言葉で適当に答えた。


「そういうこともあるかな、と」

「──っぉン゛ッ゛ッ゛!! 」


 梅干しのような顔で突如空を見上げて唸るメスブタ。

 なにこのひと、超こわい。


「そう! そうなんだよ! そういうこともあるんだよね!! アルディンってそういう性格だもんね! 最初は純粋無垢なのかと思いきや孤児ゆえに鬱屈した感情が心の底にあって世界への諦めみたいなのを抱え込んでいて破滅願望があるというか──」


 うわー、無難な返事だと思ったら琴線に触れちまった。めんどくせー。

 いつの間にか俺の両肩に手を置き、電車ごっこの態勢で後ろからBL本トークを浴びせてくる片瀬に辟易しながらも、彼女という存在が意外と貴重な人材であることを思い出していた。


 砂糖もミルクも入っていないホットコーヒーを飲んで、どこか遠くを見るような目をしてリリアナは言った。


『ゲイであることはできるだけ人には話さない方がいいわよ。あたしの時代よりもずいぶんと受け皿は大きくなったけれど、それでも偏見や差別の目がなくなっているわけじゃないわ。ましてやワンちゃんの年齢ともなると多感な時期でしょ。自分のことで精一杯な子供たちは色んなストレスと付き合いながら生きているわ。そんな環境や状況の中で、みんなが白い服を着ているのに黒い服を着ているみたいなワンちゃんはとっても目立つし悪意の標的になるのよ。黙って白い服を着ているふりをするのが賢明ね。とっても辛いことかもしれないけど、平穏に過ごそうと考えるなら、あたし達みたいな人間は我慢しなきゃいけないのよ』

『実はさ、この本を貸してくれた奴には俺が男を好きだってバレてるんだ』

『あら、そう……ひどいこと、言われちゃった?』

『いや、むしろ喜んでた、かな?』

『へぇ、羨ましいわね。その子のこと、大切にするのよ』

『……なんで?』

『あたしたちみたいな人間を、色眼鏡を通さずにまっすぐ見てくれる子なんて稀なのよ。それも学生時代にそんな子に出会えるなんてワンちゃんは本当にラッキーよ。その子がどんな子なのかぜーんぜん知らないけど、ワンちゃんを受け入れてくれたってことだけは忘れちゃダメよ。恩を仇で返すようなマネはしちゃいけないからね』


 俺は幸運だったらしい。

 片瀬比奈は憎きメスブタなれど、偏見や差別の目を持たず、男が好きな俺を理解してくれたよきメスブタでもあるわけだ。腐女子という素養があったとしても、俺のような人種をどう捉えるかは千差万別だろう。それでも片瀬は、いつも彼女が周囲のクラスメートたちに接するように俺に笑顔を向けてくれる。

 接近禁止令に賛成をした嫌な奴。

 手塚を誘惑する卑しい奴。

 けれど、間違いなく、片瀬比奈はいい奴だった。

 だからこそ俺は、彼女が昨日もちかけてきた提案を受け入れることにした。


「アルの××にルークの△△がぶち込まれた時の恍惚としたひょうじょ──」

「──なあ、片瀬」

「なに? どうしたの? ハチも靴アルでしゃべりたいことある感じ?」

「いや、そのことじゃなくてだな。昨日、恋の共同戦線を張らないかって言ってただろ?」

「……あっ、うん! 言ったよ! もしかして、返事決まったの?」

「ああ。片瀬が嫌になっていないなら、俺はお前と共同戦線を組みたいって考えてる」

「え、まじ!? やったやった! よろしく、ハチ! あたしも頑張るからハチも援護よろしくね!」

「ああ。任せろ」


 電車ごっこの連結を解いて正面に回り込んできたメスブタが俺の手をとりピョンピョン跳ねる。

 乳も暴れる。ひぇぇ、おっぱいに殴り殺されるよぉ……。

 冗談はさておき。

 俺が好きな人は手塚だ。それを片瀬に明かすことはさすがにできない。だから、この共同戦線はほとんど片瀬の恋路を応援するためのものだ。リリアナが語るを信じるならば、彼女には大きな恩がある。まだ酷い目にあったことがないから分からないだけで、ともすれば俺はホモバレした時点で地獄に堕ちていたのかもしれない。


 満開の時期はとっくに過ぎているというのに無邪気に腐る桜の花びら。お前が俺に友愛をくれるならば、その優しさに免じて手塚の好きな食べ物くらい教えてやる。相談事があるなら乗ってやるし、男目線から有益なアドバイスもしてやろうじゃないか。

 正面に立つ片瀬は俺の両手を握りしめながらひまわりのような笑顔を見せる。


「今日からあたしたち相棒だね。特別に、あたしのことピニャって呼んでいいよ!」

「ピニャ?」

「うん。比奈だからピニャ! ひっそり自分で考えてたかわいい自分のあだ名なんだー」


 言いたいことを言い終えると、ピニャは俺のもとを離れ、上機嫌なご様子でスキップしながら坂を登る。

 お約束とばかりにバルバル揺れるデカ乳。

 空気抵抗によりふわりと浮いた短いスカート。

 チラリとのぞく黒の見せパン。

 白く輝く太ももとニーソが作り出す紳士のオアシス。

 ほんと、このメスブタ、痴女だなぁ。

 すこし呆れながら、先を進む相棒の背中を追いかけた。

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