第5話 侍女がかたる不適切な物語②




 大殿おとどさまは興奮しておりました。

 堅女きためさまを酷い言葉で責めて、それこそ、ご自分の所業などお忘れになったかのように。


 おそらく大殿おとどさまは自分の罪悪感をなすりつけることで、自分は悪くないと思いたかったのでございましょう。


「命には命……とは、こういうことだったのか。後継を得るために母の命を奪うなど、なんと恐ろしい女子おなごだ」

「運命は決まっていた。数日、拷問のような苦しみにのたうちながら死ぬか、いっそひと思いに死ぬか。われは慈悲をあたえたのだ」

「なんという、お、恐ろしき女子おなごだ」


 夫人の懐妊中、大殿おとどさまは毎日のように堅女きためさまのもとにお通いになったのでございますが、これを機に、ご寵愛は途絶えたのでございます。


 ただ、堅女きためさまを屋敷には住まわせました。


 多くのものは、堅女きためさまが正妻になると思ったことにございましょう。しかし、実際はまったく異なってございました。


 大殿おとどさまは体面を恐れたのでございます。


 天祥さまの母上は屋敷内で人望があり、お優しい方でもございました。

 その上、もともと王族の血すじをひくお家柄。

 一方の堅女きためさまは巫女とはいえ、もとは奴婢ぬひだったのでございます。大殿おとどさまの正妻になるなど夢のまた夢にございます。


 優しい本妻をないがしろにして、愛人に夢中になるあまり世継ぎを産んで用無しになった夫人を殺した。

 屋敷では、そんな噂が広まってございました。

 堅女きためさまを放り出せば、その噂を肯定することになり、また手許から離れた堅女きためさまが何を言うのか、それも恐れてらっしゃいました。


 噂や中傷が激しくなるなか、堅女きためさまは平然となさっておいでにございましたが、わたしめは悔しゅうございました。


 その後におきたことを考えますと……。

 わたしめは堅女きためさまのお心うちをまったく理解していなかったと気づきました。

 真実のところ、堅女きためさまはお寂しかったのでございます。


 そのためでしょうか、幼い天祥さまを溺愛なさっておられました。

 それは夫に顧みられない多くの妻がそうであるように、夫に似た息子に愛情のすべてを注ぎこむことと似ておりました。


 酒浸りで、でっぷりと太った大殿おとどさま。今では当時の面影などまるでございませんが、若い頃は天祥さまによく似た美丈夫でございました。




 それから、三年の年月が過ぎたのでございます。


 堅女きためさまは何事もなかったかのように、このお屋敷で過ごされておりました。


 あれは、いつの頃からでございましょう。

 

 堅女きためさまは、ご寝所に入る刻限になりますと、すべてのものを人払いなさるようになったのでございます。

 悲しいことに、わたしめでさえも夜は遠ざけられましてございます。


 夏の終わりにございました……。

 夜半過ぎになって雲行きが怪しくなり、激しい風とともに雨も叩くように降りだしました。まるで天から洪水が押し寄せてきたような、恐ろしい豪雨にございました。


 わたしめは堅女きためさまが心配になり、雨に濡れながら暴風雨のなか御寝所に向かいました。

 門番もいない屋敷で、堅女きためさまがおひとりでお眠りになっていたからにございます。


 門戸が風にガタガタと激しく鳴っていました。

 横殴りの雨が激しく、びしょ濡れになりながら、わたくしめは門から内部にはいりました。


 稲光が周囲を照らし、爆発するような雷音がしたときには、恐怖のあまり思わずその場でうずくまってございます。

 その時、御寝所の内部が青白く輝いているのに気がつきました。


「き、堅女きためさま……」


 の子板の先から囁くように呼んでも、わたしめの声はザンザン降りの雨にかき消されております。


 何かがいる。

 それは確信に近いものにございました。それゆえに、戸板を開けることができませんでした。


 喉に何かが詰まったかのように声もでず、足が鎖に繋がれたように動くこともできず……。


 激しい風に蔀戸しとみどが揺れ、バタバタと鳴ってございます。

 わたしめは衝動的に、その隙間から中を覗いておりました。ほんの短い、いえ、おお、それでも見てしまったのでございます。


 最初に……、最初に見たのは、あの、青い、青く銀色に輝く長い髪にございました。

 さらさらと美しい髪が揺れ、そのあいだから、横顔がちらりと見えましてございます。


 は、神々しいまでに整った横顔をしておりました。

 倦んだように憂いを秘めた切れ長の目。鼻筋は完璧に整い、細い唇は半ば開き、白い衣に身を包んだが、身になにもまとわぬ堅女きためさまを抱いていたのでございます。


 堅女きためさまのお顔が、お身体が震え、快楽に揺らめいていたのを、はっきりと見てしまったのでございます。


 わたしめは恐ろしさに震え、その場から逃げだしておりました。

 




 そうして、堅女きためさまがご懐妊なさったのでございます。それを知るものは、わたしめと三歳になった天祥さまだけにございました。


 幼い天祥さまは、それが父親の子であると疑うこともなく信じておりましたが。


「この子を秘密に。なぜなら、あなたが守るべき子なのだから。深く思いを抱きなさい」とも、「この子を愛するのが、あなたの運命」とも。


 幼い天祥さまに、堅女きためさまは何度も何度も言い聞かせておりました。

 そんな折には、必ず堅女きためさまの指のあいだから青白い炎がゆらぎ、天祥さまの瞳の奥に同じ炎が映し出されていたものでございます。


「この子が生まれたら、守り愛しぬくこと」


 それは呪文のように繰り返されてございました。

 美しい堅女きためさまと、幼いながらすでに均整のとれたお顔の天祥さま、まるで崇高な母子像のようにございました。


 半年後、銀色にちかい薄青色の髪を持つ赤児が、このれん家の屋敷で、秘密裏に生まれたのでございます。


 それが大殿に知られるのに時はかかりませんでした。

 れん家の血筋ではなく、ジンの血の入ったお子にございます。


「なんという不祥事だ……。おぞましい」


 大殿は激怒し異界のものと契ったとして、堅女きためさまや、その場にいた侍女たち全員を焼き殺したのでございます。


 わたしめは赤児を抱いて逃げのびました。


「この子を斎宮へ。かならず逃げ延び届けなさい」


 斎宮で神巫かんなぎをしていた女性は、かつて紀寺にいた者で、その者も幼いころから堅女きためさまと双璧をなす霊的能力があったと聞き及んでございます。


 そうして、あなたさまは守られたのでございます。

 後に聞きましたところ、堅女きためさまは火に焼かれながら、笑っておいでだったということにございます。


 わたしめには燃える火のなかで笑う、あの方のお姿が目に浮かぶようにございます。


「おそろしや」と、堅女きためさまの最後を教えてくれた侍女は呪文のように唱えておりました。


 人はその表面的なものでのみ人を判断するものにございます。


 堅女きためさまは、悪女であり妖婦であると噂されました。しかし、本当は、お寂しい方だったのでございます。そのことを知るものは誰もございません。




 *************




 庭木がざわざわと鳴っていた。


 すべてを話し終えた平緒は話を語り終えるとカクンと身体が折れた。

 まさに、それは折れたというに相応しい様子で、夜鳴媛はナカテに目配せした。


 平緒は、すでに人とは言えない何かになっていた──。




(つづく)

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