第4話 侍女がかたる不適切な物語①
「記憶が……、ときどき、記憶があいまいにございまして、ほら、ここ、ここ、ここ」
平緒は奇妙な仕草で執拗に側頭部を指でたたいた。
「い、いえ、
キョトキョトと不自然に動いていた視線が、急に定まった。
背筋をピンと伸ばす。
その姿は勅使として現れたときの老練な女官を思いださせるものだ。
そうして、平緒は一本調子の抑揚のない声ではあるが、低い声で話しはじめる。それは講釈師が慣れた話を繰り返すような淀みない語り口だった──
*********
あなたの母上さま、
彼の方は、それは美しく、聡く、才能に溢れてございました。
今も、あの美しい声が耳に響いて、もうお会いできないと思うだけで涙がこぼれそうにございます。
申し訳ございません。
頭に痛みがずっとつづいて、ああ、そう、そう、
王都の南奥にある小さな山寺をご存知でしょうか。ほら、あの、山深い里にある辺鄙な寺のことにございますよ。
それでも
霊的な力が高かった堅女さまが、『死霊に憑依する巫女』として知られるのに時間はかからなかったのでございます。
きっかけは当時、仕えていた地方豪族の奥方さまのためでした。奥方さまがある術をご所望されたのでございます。
当初は、「そんな得体の知れない者などに、かかわりにならないほうがよろしゅうございます」と、奥方さまをお諌めしたのですが、ある事情があって奥方さまも必死にございました。そこは、お察しくださいませ。
寺に多くの米を寄進したうえで、
和尚さまが申すに、幼い頃、夢で啓示を受けてから能力を得たという話でございます。
『そなたの霊力が試される。しかし、その霊力は恐れられ裏切られる。忠誠を誓え、けっして、われを裏切ってはならない』
まあ、そのような啓示だったらしいのですが、わたしめは半信半疑にございました。
当時、堅女さまは、まだ十代のように見えました。
そう、もし
ともかく、聖なる御力によって、わたしめのお仕えする奥方さまは懐妊したのでございます。
「礼には何がよろしいか?」と、奥方さまが尋ねたところ、「その女を、わらわに寄越せ」と、お応えになられたのでございます。
「平緒にございますか」
「そうだ」
それを聞いて、わたしめは舞い上がって、天にも登る気持ちにございました。
奥方さまは感情の起伏が激しく、気分によって周囲のものに当たり散らすという、難しい方にございましたから。
そうして、
わたしめは当時から
予想した通り、
何百年に一度は甦るという恐ろしい怪異を、この一族が結界によって抑えてきたというのでございます。
そんな
旦那さまは家の外に側女を何人も抱えており、いつ正妻以外に男子が生まれるかわかりません。
そう、この部屋、ここにございます。
上京した
部屋の中央に立った堅女さまは、誰に言うともなくつぶやかれました。
「ここから、×××はじまる」
確かにそう言われたのでございます。高揚するというより、どちらかというと悲しいほど冷静にございました。
祈祷をする上で、家人への禁止事項もございました。
「
そう宣言したのには理由がございます。
夜明け前に聖なる湧水を水浴みのツボに集め、衣服を脱ぎすて、その聖水で身体を清め、薄物だけを身にまとって祈祷に入られます。
祈祷場は庭の中央にございます。
そうでございます。今は池になっておりますが、当時は更地でございました。
祭壇には、ちょうどこのくらいの大きさ(そう言って、平緒は両手を広げて長さを示した)の御神木を置いておりました。
結界内で、
身体から水分が蒸発する頃、手首と足首に取りつけた鈴を鳴らしながら、舞いがはじまります。
水を弾くほどハリのある素肌に、べったりと張りついていた薄物が乾き、激しい舞で衣が乱れる姿は妖艶そのもので、見るものを魅了せずにおれませんでした。
くるり、くるり、くるり、そう、くるり、くるり、何度も何度も回転して、ああ、
ほんに、お美しゅうございました。
少女と成熟した女の妖艶さを兼ねもつ不思議な色香……。
人にあらざる神々しさで、取り憑かれたように舞い踊るお姿は、この世のものとは思えず、いっそ恐ろしくもあったのでございます。
ある日にございます。
ついに
この家の当主から、巫女さまの存在を隠すなど、そもそも無理な話にございました。
神聖なる祈祷は人払いをして行われましたが、大殿さまを止めることは誰もできません。
そうして三月が過ぎ、夫人がご懐妊なさったのでございます。
夫人は喜びのあまり、この屋敷そのものを
もちろん、ある別心から、
懐妊中の夫人の目を盗み、
そうして、秘密裏に大殿さまと堅女さまの熟れた関係がつづくなか、出産の予定月となりました。
しかし、御子は生まれる気配がございませんでした。
「命には命を」
「どういう意味で申しておる」と、大殿さまは問い詰めました。
「御子のために、われがすること。何も問わずにできましょうや」
「よい、そなたの思う通りにせよ。子が無事に生まれれば何も申すまい」
「お言葉、くれぐれもお忘れなきよう」
それから、三日三晩。夫人は苦しみ抜いたのち、天祥さまをお産みになったのでございます。
まさか、産んだ直後に……、
その時、
いずれにしろ、ご出産により、夫人の身体はひどく弱っておりました。
その後、
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます