第34話

 明日花曰くドタキャンのことを謝られただけらしいけど、とてもじゃないが今の明日花は謝られた人の顔ではない。


 まるで何かに心から怯えるような、そんな顔だ。


 普通に考えれば吉田に何か怒られたに違いない。


 けど、明日花が吉田に怒られる理由があるのか?


「おい、吉田に何を言われたんだ?」


 だから明日花を問い詰めてみるが。


「言っただろ。今日のドタキャンの件で、わざわざ電話で謝ってくれたんだ。吉田は本当に良い子だ」

「なんで謝られた奴が青ざめた顔をしてるんだよ……」

「そ、それはその……。吉田があまりに礼儀正しくて良い子だから逆に怖くなってだな……」

「吐くならもう少しまともな嘘をつけよ」

「う、嘘じゃないぞ。本当だぞ」


 あくまで俺に理由を教えるつもりはないようだ。


 が、そこまで隠されるとこう思わざるをえない。


「もしかして俺のことについて話してたんじゃないだろうな……」

「はわわ><」


 いや、わかりやすすぎるだろ……。


 図星だったようだ。いったい明日花と吉田が俺のことで何を話したんだ?


 皆目見当はつかないが、明日花が内容を言わないということはそれなりの事情があるのだろう。


 これ以上、問い詰めるのも野暮か……。


 なんて考えていると明日花は「ゆ、祐太郎、そんなことよりも次はレースゲームでもしよう」とわざとらしい笑みを浮かべるとソフトを入れてゲームのスイッチを入れた。


 が、ゲームを始めても明日花は落ち着きそうにない。


 なんか、びっくりするぐらい手が震えてるんだけど……。


 そして手の震えはプレイに大きな影響を及ぼしているようで。


「おいおい、いつもの明日花らしくないな。最下位じゃねえかよ」

「ちょ、ちょっと部屋が寒くて手が震えるのだ。それでいつものパフォーマンスが……」

「いや、言うほど寒くないだろ……」

「寒いったら寒いのだ……」


 と、かなり無理筋な嘘で誤魔化してくる。


 が、本人が寒いと言っている以上、一応は心配もしておいた方が良さそうだ。


 この温度で寒いと感じるのは明らかに寒気を感じてるってことだからな。


 コントローラーを置くと、明日花に近づいて、彼女の顔に手を伸ばす。前髪と額の間に右手を差し込むと彼女の額に手を置く。


「熱は……なさそうだな……」


 なんて何気なく彼女の体温を測ると、明日花は「はわ……はわ……」と頬を真っ赤にしながら俺を見つめてきた。


「なんだよ……」

「だ、だ、だって祐太郎が急に触れてくるから……」

「え? あ、それは悪いことをしたな……」


 幼馴染みとしてあまりに長い時間を共に過ごしてきたせいで、少々体に触れるぐらい普通だと思っていたが、当たり前だが明日花は異性なのである。


 少し気遣いがなかったことを反省して、額から手を離そうとした……のだが。


「ま、待て……」


 そんな俺の腕を明日花は掴むと、俺の手を額に押し当ててくる。


「熱は……ないか?」

「いや、だからないって」

「もう少しちゃんと触れてみないとわからないんじゃないのか?」

「はあ? 何言ってんだよ……」


 わけのわからんことを言う明日花に困惑する俺。明日花はなにやら恥ずかしそうに俺から目を背けて頬を真っ赤にしている。


 そんな明日花をじっと見つめながら俺はふと思った。


 あ、あれ……明日花ってこんな顔をしてたっけ……。


 俺は明日花の顔を見慣れている。だって幼馴染みだし、今でもずっと一緒にいるから。


 当然ながら明日花の顔を記憶しているし、忘れるはずもない。


 こんなことはないだろうか。見慣れて何度も使ってきた漢字なのに、ふいにどんな漢字かわからなくなったり、その漢字を見てもなにかいつもと違うような感覚を覚えることは……。


 こういうのってゲシュタルト崩壊って言うんだっけ。


 見慣れたはずの明日花の顔が今はなんだか少しいつもと違う風に見えた。


「綺麗だな……お前……」


 そして気づいたらそんな言葉が口から飛び出す。


 前から明日花が美人さんであることは知っていたが、そこにはどこか幼馴染みというフィルターがかかっていた。


 唐突にゲシュタルト崩壊に襲われた俺から幼馴染みフィルターが不意に取り除かれて、ふと改めてそんなことを思ったのだ。


 が、言った直後に自分の言葉の意味を理解して恥ずかしくなる。


「わ、悪い、今の言葉は――」

「私もかっこいいと思うぞ……」

「はあ?」

「私も祐太郎のこと……かっこいいと思うぞ……」

「なっ…………」


 相変わらず明日花は俺と目を合わせてくれない。


「おい、いきなりなに言ってんだよ……」

「急に変なことを言い出したのは祐太郎の方だ……」

「え? ま、まあそれはそうかもしれないな……」


 確かに最初に綺麗だと言ったのは俺の方だ……。


「………………」

「………………」

「………………」

「………………」


 お互いに発するべき言葉が見つからず、俺が明日花の額に手を置いて、その手を明日花が握るという間抜けな状態になっている。


 ゲームのキャラクター選択画面のBGMだけが室内に鳴り響いていた。


「明日花……それ、マジで言ってる?」

「お前にお世辞を言って私に得なことはあるか?」

「ないかな……」

「お前の方こそマジで言ってるのか?」

「明日花にお世辞を言って俺に得なことはあるか?」

「ない……と思うぞ……」


 俺は明日花を美人だと思い、明日花は俺をかっこいいと思っている。


 おいおい、そんなことあるのか? ダメだ……気持ちと思考が追いつかない。


「ゆ、祐太郎……お互いに一旦持ち帰らないか?」

「そ、そうだな……。自分の発言の意味について、一度ゆっくりと考えてみるのもありかもしれん」

「私もそう思う……」


 とりあえず、俺と明日花はお互いの言葉について一旦、持ち帰って吟味することになった。

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