第12話 「賭けもイカサマも無い麻雀見たことある?」

「お、きたきた。はやく麻雀やるよ」優衣が言った。 


放課後、俺がテンプレ部の部室に行くと、鳴海さん、夏目さん、優衣の3人が既に集まっていた。どこから持ってきたのか、正方形の机の上には緑のマット。その上にはすでに麻雀牌が並べられている。今日は皆で麻雀をやることになっている。準備万端のようだ。


最近、宮前部長はおそらく受験勉強のため不在だ。留年回避のための不在では無いと思いたい。


「ルールは覚えれた?」鳴海さんが言った。


「役だけはひと通り覚えてきました」俺は雀卓の椅子に座りながら言った。


役というのは、和了(アガリ)する際に必要な特定の牌の組み合わせや条件のことだ。役が成立していないと和了できないため、それだけはまず覚えてきた。


「丁度いいじゃん。今日いくら持ってんの?」優衣が親指と人差し指で円を作りながら言った。


「いくらって……金賭けるの?」俺は言った。


「当たり前じゃん! 麻雀ってそーいうもんだよ」


「麻雀業界に怒られるよ。それに賭け麻雀って犯罪でしょ」


「え……みんなやってるのに?」優衣はキョトンとした顔で尋ねる。


「みんなやってるのに」俺は言った。


「じゃあ何賭けて麻雀するの?」優衣は真剣な表情で尋ねた。


「プライドとか、メンツみたいなものでしょ」


「はあ、意味ない。意味ない」優衣はやれやれといった表情で言った。「この部室は日本じゃないから大丈夫。有り金全部賭けるよ」


「えー。でも、先輩たちはいいんですか?」俺はギャンブル狂を抑え込むため、先輩たちに声を掛ける。


「まあ、優衣ってギャンブルの話になると聞かないからねえ」実の姉がそう言う。


「瀬田が勝てばいいじゃん。私たちは賭けていいよ」夏目さんも続ける。


「そうなんですか……でも俺1,000円くらいしか持ってないですよ」俺は言った。俺は都合よく金欠だった。


「はあ。1,000円で雀荘来るやつがいるか?」優衣が言った。


「ここ雀荘になってたんだ」鳴海さんが言った。


「ところでご丁寧に俺の手牌まで並べてくれてますが……」俺は雀卓を見ながら言った。


「初心者に配慮して瀬田の分の手牌も並べておいたよ」夏目さんがニヤニヤ笑いながら言った。


配慮。いい言葉だ。しかしなぜだろう。この不安は。


「ちなみに、これイカサマとかないですよね」俺は言った。


「まあ、あるよ」夏目さんが言った。「賭けもイカサマも無い麻雀見たことある?」


「うーん。まあそうですか。麻雀漫画ってそういうもんですか」


「テンプレってそういうこと。始めるよ」優衣が言った。めいめいに手牌を開き始める。


俺も手牌を開く。俺の手は九蓮宝燈の一向聴だった。一向聴というのは、あと一枚必要な牌が来れば和了れる状態のことだ。


九蓮宝燈は出現率は約0.0005%の超レアな役だ。偶然だとすれば神に愛されているとしか思えない手牌だった。


こんなことがあるのか?と俺は思う。こんな偶然は、普通に考えたらありえない。しかもめちゃくちゃに良い手だ。思考を巡らした俺は、席を間違えたのだと判断した。つまりはこの席は優衣か、他の誰かが手にする手牌だったのだ。これは千載一遇の好機だ。


俺は第一打、九蓮宝燈に不要な唯一の牌である🀄を切る。


俺が河に牌を置く刹那、3方向からロン!という声が炸裂した。


どうやらトリプルロンのようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る