第4話 「じゃあコーヒー淹れたら、ピンク髪探してきて」
「探すよ」夏目さんが唐突に言った。
「何をですか」俺は訊ねる。
「そりゃ、ピンク髪の美少女だよ」夏目はそう言うと、唇を楽しげに持ち上げる。どこか悪戯っぽい表情だ。彼女の目は細く、おもちゃを見つけた猫のようだ。今回の場合、おもちゃはおそらく俺だ。
例によってここはテンプレ部の部室。部長と鳴海さんは委員会やら何やらで、今は俺と夏目さんの2人だけだ。俺がテンプレ部に入部して早一ヶ月が過ぎていた。
「はあ。いませんよそんな人」俺はそう言うと、夏目さんはチッと舌打ちした。
「いない……? 私が間違ってるとでも? いないって証明できるんか、瀬田」ソファに深々と腰掛け、足を組んだ夏目さんが言った。鋭い眼光だ。
この先輩怖すぎる。というかなんで部室にソファがあるのだろう。ちなみに俺の椅子はパイプ椅子だ。
「どっちがいないんだ。ピンク髪と、美少女」夏目さんは言葉を続けた。
「そりゃ…… ピンク髪じゃないですか。美少女はいますよ。夏目さんだってめちゃくちゃ美少女じゃないですか」あまりにも怖いので俺はごまをすり始めた。
「んー。まあそうか。美少女はいるか」夏目さんは納得したように軽く頷く。
「でもピンク髪だっているでしょ。諦めずに探すよ」夏目さんが言う。
「そう言いましてもねぇ…… ピンク髪は難易度高すぎませんか? ピンクに染めてる人の母数が少なすぎますよ」俺は夏目さんにビビりながらも理論的に反論する。
「じゃあ美少女探してピンク髪に染めさせてこい!」夏目さんが言った。この先輩怖すぎる。
「というかなんでピンク髪なんですか?」俺は根本的な部分を尋ねる。
「そりゃ、ピンク髪っていう存在がテンプレだからだよ。どんなアニメにも一人はいるでしょ、ピンク髪。テンプレ部にピンク髪がいないなんてテンプレ的にありえないね」夏目さんは真剣な表情で言った。
なるほど。夏目さんの言うことにも一理はある。しかし探しに行くのは気乗りしない。原宿に探しに行くならまだしも、普通の県立高校でピンク髪を探すのは厳しい。
「まあ、とりあえず一旦コーヒーでも飲みましょう。俺、淹れますよ」俺は言った。何とかしてこの話を逸らさなければならない。
「お、珍しく気が利くじゃん。じゃあコーヒー淹れたら、ピンク髪探してきて」夏目さんは言った。あれ、一緒に探してくれないのか。
ーーーーーーーーーーー
部室を出た俺はあてもなく校舎をふらふらとする。ピンク髪は見つからないだろうご、ある程度の時間は潰すしか無い。
そのとき、どこからか俺を呼ぶ声があった。
「瀬田くん!」振り返ると、鳴海瑛子が俺を呼んでいた。
「あ、鳴海さん。お疲れ様です」俺は言った。
鳴海瑛子、テンプレ部の2年生。俺の先輩だ。背が低く、鳴海さんは俺を上目遣いで見つめる。彼女も文句なしの美少女だ。ただ、この場において、唯一欠点がある。鳴海さんの髪は、闇夜を切り取ったように深い黒だった。
肩より少し長めのセミロングは、陽の光を受け、黒の奥に微かに青みがかった艶が浮かび上げる。完璧な黒髪は存在する、と俺は思う。
「部活行かないの?」鳴海さんは少し首を傾げて言う。彼女が動くたび、セミロングの毛先がゆるやかに波を描く。何気なく髪を耳にかける仕草さえ、気がつけば目で追ってしまう自分がいる。
「いやーそれがですね、夏目さんにですね、ピンク髪の美少女を見つけてくるまで帰って来るなと言われまして。もう現代のかぐや姫ですよ、あの人」俺は、彼女に見惚れていたのを悟られないよう、砕けた調子で言った。
「んー。確かにピンク髪は欲しいよねえ。探すのは難しいけど」鳴海さんは手を口元にあてて考えるように呟いた。
鳴海さんがピンク髪に染めるという選択肢が一瞬頭をよぎる。しかしそれは絶対に駄目だ。鳴海さんは黒髪清楚系美少女なのだ。ピンク髪以上のテンプレ存在である。
「よし、可愛い後輩の困りごとだね。私に任せて!」鳴海さんは笑顔でサムズアップした。前髪はふわりと揺れ、キラキラとした瞳が輝く。
頼りになる笑顔だ、と俺は思った。
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