第2話 「こちらの都合で新入生にぶつかっておいて更に勧誘するんですか?」

  ★


 始業式の日。放課後の部室なは3人の女子部員が集まっている。


「明日は入学式だ。入学式にやらないといけないことがわかる? 鳴海」ホワイトボードの前に立つ部長の宮前が言った。


「入学式に在校生は出ませんので、特にすることはありません。明日は自宅学習のはずです」姿勢良く椅子に座る鳴海が言った。


「違う」宮前が言った。


「ええ。違うんですか。自信あったのに」鳴海が言う。


「入学式なんてビッグ・イベントを自宅で過ごしちゃいけない。テンプレ部としてなにかしないとね」そう言った宮前はホワイトボードに「入学式」と大きく書きながら言った。


「入学式のテンプレですか……そんなのありますか」鳴海が首をかしげて言った。


「なにかはあるでしょ。私は思いつかないけどさ…… 夏目、なんか無い?」宮前が訊ねた。


「やっぱあれじゃないですか。食パンくわえて新入生に偶然ぶつかるやつ」椅子で足を組みながら、少し笑みを浮かべた夏目が言う。


「あー。テンプレだねえ。いいかも…… でもああいうのって転校生へのアクションじゃない?」鳴海が言った。


「うーん。それもそうか。部長、どうします?」夏目は宮前をちらりと見ながら尋ねる。


「いや、それで​い​こう! 食パンで決定! いつ来るかわからない転校生を待っていても仕方ない。明日は食パンくわえて新入生にぶつかろう!」血気盛んな宮前が言う。「それで、誰がやる?やりたい人挙手!」


 食パンの上のバターが溶ける音も聞こえそうな沈黙が部室に流れる。


「わたし朝はご飯派なんですよね。朝はパンじゃ無いんです。茶碗と味噌汁もって新入生にぶつかるわけにもね……」夏目が腕を組みながら沈黙を破る。


「私は食パンには目玉焼き乗せるんです。目玉焼き。だから速度が出ないんですよねえ。速度。目玉焼き落ちちゃうでしょ。低速で新入生にぶつかるわけにもいきませんし……」鳴海が夏目と同じように腕を組んで言う。


「やはりこの大役は部長にしか務まらないのではないですか?」鳴海が言った。


「私は嫌よ。当たり屋みたいなこと」宮前は真顔で言った。


「いやいやいやいや。そんな元も子もないです。部長がやるって決めたんじゃないですか」鳴海が言う。


「鳴海、夏目。私がこの当たり屋を採用したのには理由があるの。あなた達のためを思ってね。夏目、部活の存続には部員が何名いればよかった?」


「5人です」夏目が言った。


「そう。我々は今3人だから、あと2人は入れないといけないわけ」宮前が言う。


「なるほど。その一人をこの当たり屋稼業でゲットしようってわけですね。もしかして部長天才ですか?」


「皆まで言うな。夏目。ぶつかった新入生を勧誘すれば、テンプレ部の活動に加えて新入部員も確保できるってこと」宮前はホワイトボードに「当たり屋」と書きながら言った。


「こちらの都合で新入生にぶつかっておいて更に勧誘するんですか?」鳴海が言った。


「そこがポイント。こっちからぶつかっちゃ駄目。ぶつかられるの。被害者意識! 最悪でも5:5。できれば6:4か7:3」宮前が真剣な表情で言う。


「そうすれば勧誘もしやすそうですね。相手にも負い目があるわけですし」夏目がうんうんと頷きながら言う。


「もう派手に転ぶしかないですね。私も覚悟を決めます」鳴海は苦笑いを浮かべながら言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る