第三十一話 最期の刻
「やった……のか……?」
後退のさなか、白い光はどんどん勢いを増し――そして急速に薄くなっていく。目を
なんとも言えない緊張感の中、ユウキの冷徹な声が脳内に響く。
『【ラプラス、あの十字架の次元情報は】』
『ビンゴだ。大尉の読み通り四次元に展開してる』
そう言って〈D-TOS〉に表示されたのは、急速に数値を上昇させている様々な観測値だ。せり上った十字架が〈
その様子を、ミユキたちは固唾を飲んで見つめていた。
「……ユウキ、あれ」
「【光を吸収し終えた時が勝負だ。……アレン、〈
『了解』
と、近寄ってきたアレンが小銃を投げ渡してくる。それを片手で受け止め、弾倉を確認。残弾数は一。
……ほんとに?
「アレン、弾薬って」
『すまん。もう尽きちまった』
言い終える前に首を横に振られた。視線をレツィーナへと向けると、彼女は曖昧な表情で笑いかけてくる。
『私も同じく』
「……そっか」
どうやら、もうこれ以上の継戦は不可能らしい。もし外してしまったどうしようと考えかけて――ユウキにその思考を遮られた。
「【どの道二発以上を放てるような時間的猶予はない。……私が照準を担当する。お前は私の合図で引き金を引け】」
「わかった」
短く、応答する。
【〈
右手の剣を
その間にも、〈
遂に最後の光の粒子を取り込んだ十字架が、突然、天空へと向かって極光の柱を形成する。直径三〇〇メートルはあろうかという半透明の巨大な柱は、星空のはるか彼方まで続いていて。ミユキたちはものすごく嫌な予感を感じる。
背後から救援に向かってくる爆撃機はそのことごとくが〈天使〉の猛攻に晒され、虎の子の核ミサイルを発射することなく海面へと激突していく。
艦艇から発射されるミサイル群は大型の〈天使〉が身を呈して防ぎ、他の魔導士による遠距離射撃にも、柱は傷一つつかない。
やはり、と、ユウキが重苦しい声音で告げる。
『【やつは大気圏外へと飛び立ち、そこで
『はっ!?』
『なんですって!?』
『……マジかよ』
光点爆発。今から三十年前に、この地点で起きた爆発のことだ。〈天使〉の体を構成する光子結晶を自ら膨大なエネルギーへと変換し、全てを破壊する爆発へと変える現象。
この場には人類の総戦力が集結しているのだ、そんなものがここで起きたらひとたまりもない。
驚愕する一同の声を傍目に、ミユキの心はどこまでも凪いでいた。
ユウキと一緒なら、どんな困難も受け止められる。そんな気がした。
光の柱の中でゆっくりと空に向かう十字架を捕捉しながら、ミユキは問う。
「あれを撃てばいいんだな?」
『【ああ。それしか術はない】』
「わかった」
短く応答して。ミユキは視覚と神経系に残りの脳内リソースを全て注ぎ込む。研ぎ澄まされた意識が世界を遅延させ、強化された視覚が天に昇る十字架をより鮮明に捉える。
光の中にいてもなお、白く輝く十字架。異次元に存在する、〈天使〉の統御機関。
『【ラプラスの演算機能を全て狙撃関係の計測に使用する。アレンとレツィーナの飛行魔導以外の使用権限をロック】』
瞬間、ミユキの視界には膨大な数の予測射線が表示される。十字架が空に近づくにつれ、半透明の予測射線は数を減らし、一点に終息していく。
――そして。最後の二つが一点に合わさった。その時。
「【撃て!】」
ユウキの声が、脳内に響いた。
即座に、撃発。
ミユキの持つ〈
白い柱の中で、十字架が加速度的に速度を増して空へと近づいていく。呼応するようにして、蒼白の光線も斜めに空へと軌跡を描いていく。
そして。蒼白の光線と白い柱が交錯し、貫通する、その時。
十字架が、光線の射線へと入り込んだ。
瞬間。異様な爆発音が周囲に響き渡り。
ミユキたちの視界と意識を、
†
真っ白な視界とぼやけた意識の中で、ミユキは聞きなじみのある少女の声を聞く。
――あの時、この身体を失わなくてホントによかった。
その声に、ミユキの意識が少しだけ覚醒に向く。目の焦点が僅かに合うようになり、目の前に一人の人間の姿を形作る。
――こうやってもう一回会えるだなんて、思わなかった。
見えてきたのは、ミユキと同じ
彼女の姿を認識した瞬間、胸がどくんと高鳴った。
その髪色、その瞳の色、そしてその声。
間違うはずがない。忘れるはずのない。大切な大切な、守らなければならなかった人。
「……キルシェ」
キルシェ・ヘルフェイン。
五年前、故郷が襲撃に会った時に目の前で〈天使〉に同化された、ミユキの罪の象徴が。
守れなかった妹が、そこにはいた。
目を見開くミユキに、キルシェは相変わらず優しい
――ありがと。私を想い続けてくれて。私を最後まで守ろうとしてくれて。
――お兄ちゃんが、街のみんなが私を忘れなかったから。私はここでもこんなに鮮明な形でいられたんだよ。
何か言わなければ。そう思うのに、ミユキの喉は言うことを聞いてくれない。口を開けても、言葉が出てこなかった。
キルシェはコロコロと表情を変える。が、その顔はどれも嬉しそうに微笑んでいて。それがより一層ミユキの心を騒ぎ立てる。
視界が再び白くなり、意識に霧がかかりはじめる。
――もうお別れか。思ったよりはやいな。
きょとんとした表情でそう言うと。キルシェはミユキに向き直ってくる。
――私を想ってくれてありがとう。それと、さよなら。
待ってくれ。まだ、おれはお前になにも。
手を伸ばそうとして――やっぱり身体が言うことを効かない。どんなに動かそうとしても、身体は全く動かない。
キルシェは肩を竦めたように笑う。
――謝らなくていいよ。私は、お兄ちゃんを恨んだりなんかしてないから。仕方のないことまで背負う必要はどこにもないんだよ。
視界が、意識が更にぼやけていく。笑うキルシェの輪郭が見えなくなり、意識が途切れ途切れになる。
必死に声を、身体を動かそうともがくけれど、どちらも叶わない。
――
そして。
その言葉を最後に。
ミユキの意識は再び白い世界に溶け落ちた。
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