最終章 君が向かう光
第二十九話 情報の中
『ユウキ・アレスシルト大尉の反応は、〈
「……やっぱりか」
ラプラスの告げた事実に、ミユキは目を細めながら奥歯をぎりと噛み締める。
〈天使〉に同化された人間の情報――すなわち魂は、光の粒子となったのちに〈天使〉の
だから、ユウキの存在場所が〈天使〉の中なのだろうとは予想はしていた。けれど。まさかよりにもよって〈
どこか苦悶に満ちた脳内の“音"を聞きながら、ミユキは考える。このまま〈
〈
けれど。
ユウキが〈
それに。なにより。〈
目の前にユウキがいながら、彼女を見殺しにするどころかこの手で殺すことになる。
そんなことは、したくない。
短く深呼吸をして。ミユキは決意の灯った瞳で〈
「ラプラス、
『……やるのか』
「助けるには、今しかない」
『ちょ、ちょっと待ってよ。ミユキ、あんた何するつもりなの?』
困惑したレツィーナの声が聞こえてくる。彼らには救出計画の内容を伝えていなかったのだ、無理もないだろう。
「〈
『は、はぁ? あんた、何言ってんの?』
やはり、帰ってくるのは再度の困惑の声。『そんなこと出来んのか?』というアレンの問いに、ラプラスははっきりと答える。
『可能だ』
そして、ラプラスはミユキがこれからやろうとしている事の説明を始める。
『まず前提として、〈D-TOS〉が魔導の発動を可能としているのは深層意識野の一時的な改変によるものだ。そして、深層意識野は、〈天使〉も含めた全ての生物の根源にある』
つまり。人間と〈天使〉は、深層意識野という同じ土俵で戦っているのだ。ここを介さない限り魔導は決して発動できないし、〈天使〉たちも攻撃できない。
『奴らの精神侵入も、この深層意識野を通じて無差別に逆流を試みてるに過ぎない。……だが。これはつまり、奴らの侵入経路を辿れば〈天使〉の中に――
「だから、一度同化されて〈
『……帰りは』
『それについても心配はいらない。数秒間の同化ならミユキの意識は取り戻せるし、奴に完全に同化することもない。ユウキの情報についても――』
『手立てはあるんだな?』
先読みでアレンは問うてくる。真剣そのものの声音で。
『……ああ。確実に』
対するラプラスははっきりと断言した。しばらくの間沈黙が空いて。アレンとレツィーナはぽつりと呟く。
『……絶対に帰ってこいよ、ミユキ』
『私たちに嫌な後始末させないでよね』
二人の言葉に、こくりと頷いて。
「行ってくる」とだけ言うと、ミユキは〈
【精神保護プロテクトを解除。精神侵入を確認】
脳内に無機質な機械音声が通る。一瞬の微かな開放感ののち、ミユキの脳内には〈
本能的に拒否したくなるのを理性で律し、ラプラスという命綱だけを頼りに“音"が持つ歓喜と安堵を受け入れる。
漂白されていく視界とともに、ミユキの意識はふわりと途切れた。
†
光の化身たる〈天使〉の中は、一面暗闇の世界だった。
どこに目を向けても、視界に入るのは真っ暗な世界に幻視のように揺らめく『誰か』の情報と記憶の残滓だ。今まで〈天使〉に同化された人たちが残した、彼らがこの世界に存在したという僅かな情報の欠片たち。
幼い少年少女もいれば、年老いた老人もいる。けれど、大半は誰かを守るために戦って散っていった軍人たちのものだ。彼らの情報はその殆どが喪われてしまっていて。どんな人だったのかは何も分からない。分かるのは『いた』ということだけだ。
そして『いた』という情報そのものも、〈天使〉の中では時間とともに消えていってしまう。後には何も残らない。
暗闇と情報の海の中をミユキは進む。ユウキのいる座標は、こちらに来る直前にラプラスが〈D-TOS〉で送ってくれた。その情報に沿って右、左、上と進んで行って――
消えかけの身体で目を瞑るユウキに出会った。
光の粒子と化した身体は、既に下半身が消滅していて。閉じた双眸は、わずかに痛みがあることを示している。
……やっぱり。感覚は〈
「ユウキ」
はっきりとした口調で名前を呼ぶ。彼女との思い出が脳裏を駆け巡り、ミユキの心の中に熱いものを形成する。
彼女の左眼の傷、互いにすれ違って怖かった心。わかり合えた時の安堵と喜び。再び心から笑い会えた日々。
辛かったけれど、それでも生きていて良かったと思えた日々。そこには、ミユキだけじゃなくてユウキもいなくちゃいけない。
うっすらとユウキが目を開ける。左右で色味の違う、綺麗なみどり色の瞳。
「……ミユ、キ?」
とても苦しげな、何かに耐えているような小さな小さな声だった。そんな彼女の瞳を真正面から見つめて、ミユキは短く、
「お前を迎えにきた」
とだけ伝える。そして手を差し伸べて、一言。
「帰ろう。みんなのところに」
それ以外に言葉は必要ないと思った。今はユウキと共にここを出る。それだけで十分だ。
少しの静止の時間ののち、ユウキは繊細な動きでミユキの手を取る。光の粒子の中には、確かに彼女が『そこにいる』という暖かな感覚があった。
ユウキの手をしっかりと握って、上方に急加速。薄れゆく意識と安堵感の中で、ミユキは今一度心の中で叫ぶ。
――みんなで、帰ると。
意識が漂白されるその瞬間。ユウキは視界の端に一人の幼い少女の姿を見る。
ミユキと同じ
その少女のことを、ユウキは知っていた。記憶の底に眠っていた、聞き覚えのある声と姿。遠くに消えゆく少女の名前は。
――キルシェ・ヘルフェイン
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます