第六章 蒼き世界の境界線

第二十七話 ブルー・ホライズン作戦

 聖暦二一四六年、。夜明けを告げる黎明の光が東から差し込む頃。

 ミユキたちの乗る輸送機以下〈蒼き水平線ブルー・ホライズン〉作戦の第二陣は、ほとんど総力が北極点基地エルドラド・ベースへと辿り着いていた。


 〈D-TOS〉による欺瞞情報の流布が功を奏したのか、道中での戦闘はほとんど起こらなくて。戦力の喪失は戦闘機四機とごく少数に留まった。これは想定されていた数字よりも遥かに少ない損害だ。嬉しい誤算というやつだろう。

 機体の外で鳴り響いていた爆発音が、いよいよ至近の距離で聞こえてくる。戦闘の熾烈さを察して、ミユキは閉じていた目を開けて窓の外へと視線を向ける。


 ――見えた光景に、驚愕の声がこぼれ落ちた。


「え……?」


 ミユキにつられるようにして、他の二人も窓外へと意識を向ける。そして、全員が一様に驚愕の言葉を漏らした。

 機体の外。眼下に見える深い紺色こんいろの海には、水平線にまで続く大艦隊が〈天使〉との戦いを繰り広げていた。

 至るところで赤と白の爆炎が巻き起こり、その度に大音響が鳴り響く。〈天使〉の攻撃で大破した艦艇が大爆発を起こし、より一層大きな炎と音を響かせる。

 ――ついに戦闘領域へと入ったのだ。


 機内通信から副操縦士パイロットの声が届く。


『たった今第二梯団ていだん総司令官より通達がありました。“眼下に展開中の艦隊は、アルロット合衆国およびラヴォリア帝国を中核とする人類軍連合艦隊である。以降、私の名において〈蒼き水平線ブルー・ホライズン〉作戦は彼らとの合同作戦に転換する”――とのことです』


 つまり。この膨大な数の艦艇たちは、ミユキたちの仲間ということだ。

 思わぬ戦力増加に、問い返すアレンの声も上ずっているように聞こえる。


「俺たちの行動に変更は?」

『現時点でそのような指示は確認していません』

「了解。てことは、俺たちは予定通り攻勢の最先鋒で変わりなしか」

『現時点では。何か通達があり次第報告いたします』


 それきり回線は途切れて、機内には再び戦闘の爆発音だけが鳴り響く。窓外に見える景色の奥、北の水平線の空には目も眩むような純白が広がっていて。それが〈天使〉の領域に近づいていることを如実に示している。


「……もうそろそろか」


 呟きながら。アレンは〈D-TOS〉用の複合通信機を取り出す。彼が耳につけるのを見つつ、ミユキとレツィーナも複合通信機を耳へと取り付けた。

 目をつむり、意識を集中させて。


「「「〈D-TOS〉予備起動!」」」


 コンマ数秒後、三人の脳内に無機質な機械音声が響く。


【〈D-TOS〉システム起動完了。精神接続クロッシング同期中――完了。予備起動状態構築開始】

【飛行魔導を戦闘状態に設定。各種神経系の感応速度強化を設定。戦闘適応処置の予備起動を完了】

【〈魔導銃レーヴァテイン〉および〈魔導剣ダインスレイヴ〉の出力設定完了。――全〈D-TOS〉戦闘システムの予備起動を完了】


 再び目を開ける。


『準備はできたな』


 ラプラスの言葉にミユキはこくりと頷いて。直後、機内通信に操縦士パイロットの声が届いた。


『作戦開始地点に到着しました。後部降下ドアを解放します』


 ガコン、という音がしたのち、機体後部が下開きに開いていく。そこから見えるのは、深い海色みいろと今まさに垂直発射装置VLSを射出している艦艇だ。吹き込む風は冷たくて、ここが北極なのだということを強く主張してくる。

 短く、深呼吸をして。ミユキは告げる。


「各員、出撃!」





 自由落下のままに宙空そらを飛び降り、輸送機と十分に距離が取れたところで飛行魔導を起動する。三人の背中に天使と似た光の翼が白く輝き、落下を止める。続いて〈魔導剣ダインスレイヴ〉と〈魔導銃レーヴァテイン〉を起動。銃身が幻の熱を帯び、剣の刃が鮮やかな蒼色あおいろに煌めく。


『全システム起動完了。いつでもいけるぜ』


 ラプラスの言葉に「了解」と返して、ミユキは周囲を見渡す。

 あちこちで赤と白の爆発が起きるさなか。無事に到達した輸送機からは、他の魔導士たちが続々と降下を開始していた。至るところで光の翼が滞空を始め、総司令官の合図を待っている。

 総勢、一万八七九四名。それがこの場にいる魔導士の総数だ。彼らを中核とした第二陣の攻撃部隊に、ライン連邦の――ひいては世界の命運がかかっている。

 第二陣の全隊員へと発せられた司令が、ラプラスを通じて聞こえてくる。


『“現時刻をもって第二梯団ていだんの総攻撃を開始する。各隊は特別挺進隊を楔の先鋒として爆心地へ突進、〈天使〉の統御拠点を急襲きゅうしゅうせよ”』


 三人は互いに目を見合わせて。無言で頷く。


「先頭はおれが切り拓く。二人は援護を」

『『了解』』


超加速ブースト起動】


 直後。ミユキたちは北へと進撃を開始した。


【〈魔導銃レーヴァテイン〉起動。出力を一〇〇〇%に一時強化ブースト


 まずは実用限界の出力で〈魔導銃レーヴァテイン〉を斉射。三つの光条は蒼白の直線を描き、眼前に立ち塞がる〈天使〉の大群に突き刺さる。射線上にいた〈天使〉が次々と白い爆発を巻き起こし、視界を白く染め上げる。魔導で視細胞の順応じゅんのう性を強化し、すぐさま元の視界を回復。


【〈魔導銃レーヴァテイン〉の一時強化ブーストを解除。〈魔導剣ダインスレイヴ〉起動。出力を九五〇%に。刀身延伸えんしん機能を二〇〇%に固定。余剰エネルギーを溶断ようだん率に転化】


 即座に〈魔導銃レーヴァテイン〉の一時強化ブーストを解除し、左腰の剣を引き抜く。引き抜いた刃は光線と同じく眩い蒼白を放っている。

 進路上の〈天使〉を掃討したのもつかの間、光条でできた穴は早くも別の〈天使〉によって埋められていく。だが、この隙を見逃さないわけにはいかない。 


 後ろからいくつもの光条が飛んでくる中、ミユキたちは自分たちの射撃によって作り出した戦力の穴を全速力で突き進んでいく。アレンが戦況の全体を把握しながら三人の殿しんがりを務め、中央に位置するレツィーナは胸にラプラスを抱えながら迫り来る〈天使〉に正確無比な狙撃を加えていく。先陣を切るミユキは、進路上に立ち塞がる〈天使〉を〈魔導剣ダインスレイヴ〉で一刀両断。自分に向かってくるのは仲間に任せ、前方の敵だけを注視する。

 そして。数キロ程を進んだところで、ミユキたちは〈守護天使ガーディアン〉が空を覆う純白の領域へと突入した。


妨害電波ジャミングを感知。全〈D-TOS〉システムの出力が二五%低下】


『同じ分だけ出力を上げた。〈守護天使ガーディアン〉に突っ込まないようにだけ注意しろ』


 ラプラスの言葉に三人は無言で頷く。〈守護天使ガーディアン〉の群れに飛び込んだら最後、〈D-TOS〉は出力低下の末に停止してしまう。そしてそれは、この戦場においては確実な死を意味する。

 白く輝く空の下、薄暗い海上をミユキたちは進んでいく。海のあらゆるところには、全幅百メートルはあろうかという巨大な光の柱が立っていて。天の〈守護天使ガーディアン〉まで続いている柱の姿に、ミユキたちはここが〈天使〉たちの領域なのだということを改めて思い知らされる。


『――! 前方三キロメートル地点にて巨大な異次元転移痕てんいこんを捕捉。識別パターン――〈智天使ケルビム〉!』


 ラプラスの警告に、三人の間に緊張が走る。思考は一瞬、ミユキはすぐさま通信機に叫んでいた。


「全速力で突破する! 二人は個体防壁を頼む!」

『了解!』『わかった!』


 前を見据える。

 球状に歪んだ景色はどんどん実体を増し、そして白く眩い光を放ち始める。その間にも、ミユキたちは転移痕てんいこんとの距離を詰めていく。


【〈魔導剣ダインスレイヴ〉の出力を一二〇〇%に一時強化ブースト。刀身延伸えんしん機能を三五〇%に固定。余剰エネルギーを溶断ようだん率に転化】

【戦闘適応処置を五〇〇%に一時強化ブースト


『最大火力で防壁破壊De.B.U.F.F.弾を投射する! 一気にたたっ斬ってやれ!』


 耳に届くのは威勢のいいアレンの声だ。その声にミユキはこくりと頷く。

 言われなくても、そのつもりだ。

 異次元転移痕てんいこんが極光を放ち、ミユキたちの視界を刹那焼き尽くす。実体化した〈智天使ケルビム〉は、イカのような形の身体に巨大な天使の翼を付けた異形だった。全長は――だいたい七〇メートルぐらいだろうか。腹の部分には、ご丁寧にコアが露出して佇んでいた。


 後ろから放たれた二条の光線が、コア目掛けて突き進む。だが、光線はやはり〈智天使ケルビム〉の前で個体防壁に塞がれ、そこで光を止める。

 ――しかし、二人が放ったのは防壁破壊De.B.U.F.F弾だ。防壁自体の破壊はできなくとも、弱体化は付与できる。


 脆くなった個体防壁に、ミユキは勢いのままに〈魔導剣ダインスレイヴ〉を突き刺す。一瞬動きが止まったのち、目の前に薄く現れていた半透明の膜――個体防壁は異様な音を立てて崩壊した。

 剣を持ち替え、コアへと突撃。 


「邪魔だっ!」


 一切の攻撃の隙も与えずに、ミユキは〈智天使ケルビム〉のコアを体ごと横ぎに一閃する。確かな手応えを感じながら、剣を突き立てたまま背中へと通り過ぎ――直後、〈智天使ケルビム〉は呆気なく光の粒子となって四散した。

 吹き荒れる光の奔流ほんりゅうを背中に受けながらも、ミユキたちは進める足を緩めない。〈D-TOS〉の一時強化ブーストを全て解除して、ミユキは問う。


「ラプラス! ユウキの反応は!?」

『この先――北極点基地エルドラド・ベースの爆心地だ!』


 昂る感情を理性で押し殺し、ミユキは今一度強く目の前の水平線を見据える。

 あともう少しでユウキと再会できる。そう思うと、胸の中になにか熱いものがこみあげてきていた。

 まばらに立ち塞がる〈天使〉を撃破しつつ、ミユキたちは爆心地へと一直線に向かう。

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