第二十四話 命運をかけるもの
数日後。再び司令部に招集されたミユキは、ブレンツラウ中継基地へと訪れていた。
そこの司令部の会議室にいたのは、アレンとレツィーナ。そして、ほとんど一ヶ月ぶりに見るラプラスだ。
彼らと無言で会釈をしてから、ミユキは用意されていた席へと座る。机に置かれていた資料には、〈
そして。定刻。予定ぴったりの時間に、会議室は暗転した。
薄暗い部屋の中、控え室から出てきたのは壮年の男性将校――統合軍司令長官のエーリヒ・フォン・クライスト陸軍元帥だ。
スクリーンの前に登壇した司令長官は、厳然とした声音で告げる。
「では、これより〈
その言葉に、全員が無意識のうちに背筋を伸ばす。彼の声は、前よりも少しだけ悲壮を帯びている――気がした。
スクリーンの横にそれて、司令長官は続ける。
「既に報道でも述べられている通り、先の作戦、〈
繰り返しになるが、対〈天使〉戦争において空の戦力――とりわけ魔導士部隊は、攻防のどちらにおいても必須の戦力だ。戦闘機や爆撃機隊を中核とする空軍部隊はまだしも、魔導士部隊の七割という喪失の数字は、そのまま国防戦力の大幅な消失を意味している。
つまり。このまま何も手を打たずにいると、
「現状を鑑み、統合軍司令部は国家の存亡をかけた強襲作戦、〈
そこで、眼前に映し出されていたスクリーンが別のものへと変わる。映し出されている地形から察するに……これは
「参加兵力は各工場および首都防衛に必要な最低限の戦力を除いた全航空戦力、および
「……え?」
思わず、小さな声がこぼれ出た。司令長官の言う参加兵力はつまり、防衛戦にはほとんど空の戦力は割かない、ということだ。だが。それでは、空から襲い来る〈天使〉の脅威から民間人を守り切ることなどできないはずだ。
同じ疑問を持ったらしいアレンが、司令に質問を投げかける。
「……つまり。この作戦の間、本土は陸軍だけで防衛にあたるということですか?」
「そうだ」
即答だった。
「現在、大陸北端のラヴェトラーナではこの作戦の実施に向けて大規模航空基地を建設中である。この基地を拠点として、我らライン連邦軍は海を
一拍置いて。彼は告げた。
「アレン・フリーダー特務中尉およびミユキ・ヘルフェイン、レツィーナ・レルヒェ両特務少尉らは、原隊を離隊し別働隊として
司令長官の言葉に、ミユキたちは黙りこくる。〈
そんな桁違いの存在を、たった三人で抑えることなどできるのだろうか。
「なお、貴官らの使用する〈D-TOS〉はラプラスだ。作戦発動日までに充分に転換訓練を行っておいてくれ」
「ま、オレをフルに稼働させてれば、〈
……心配するな、という方が無理だろう。
「以上が
少し
「なんだ? フリーダー特務中尉」
「俺とレルヒェ特務少尉は原隊を離隊するとのことですが、俺たちはそれぞれ第一八九魔導士小隊の小隊長と副長です。残った人員はどうするのでしょうか」
「貴官らの原隊は、第三二魔導士連隊に編入となる。貴官らの部隊名については、資料を参考されたし」
言われて、ミユキは机の資料をめくる。部隊名の欄には、『特別
次に手を挙げたのはレツィーナだ。司令長官が指名するのに、彼女は質問を投げかける。
「この作戦では核兵器の使用も当然含まれているものかと思われますが、司令部はいったいどれぐらいの数を、どの段階で使用するおつもりなのでしょうか?」
「核兵器については、前哨戦にて残存しているものの七割を使用予定だ。なお、今回使用するのは放射能汚染をほとんど発生させない水素爆弾である。よって、使用後十二時間後には爆発領域内に突入予定だ」
「オレも一ついいか?」
と、司令長官の隣にいた長方形の箱――もといラプラスが音声を発する。
「残りの三割は、どういう使い道を想定してるんだ?」
「残存の核兵器は本土に配備し、戦況に応じて使用する。本土防衛の切り札と認識してもらって構わない」
つまり。この強襲作戦で空いた戦力の穴は核兵器で埋める、ということだ。今までの建前すらも放り捨てる姿は、持ちうる全ての武力を使い果たす覚悟での作戦になるということの何よりの証拠でもある。
「ほかになにか質問は――――ないな」
照明が点灯し、司令長官がスクリーンの前へと歩み出る。
より一層の厳然とした声音で、彼は告げた。
「では、以上をもって作戦概要説明を終了する。解散」
「三人に、少し話があるんだ」
説明会の終わった会議室。司令長官が退室した後に、ミユキたちはラプラスに呼び止められていた。
部屋の外に向かっていた足を止め、振り返る。
「……なんだ? 話って」
怪訝な表情を向ける一同に、ラプラスは珍しく何かを言うべきかどうか言い淀むような沈黙をみせる。
数秒の沈黙ののち、ラプラスは小さな音声でそれを告げた。
「……もしかしたら、まだアレスシルト大尉は存在しているかもしれない」
「っ――!?」
「うそ……!?」
「ほんとなのか!?」
目を見開くミユキに、ラプラスは険しい、けれども少しの希望を含んだ口調で言葉を紡ぐ。
「確証はない。……だが。俺の〈D-TOS〉システムは、まだ彼女の――アレスシルト大尉との
つまり。もし彼女がこの世から消失していれば、
「反応は極めて微弱なため、大尉についての詳細な情報は一切が不明。〈D-TOS〉による力の作用があるのかどうかすらも不明だ」
「……けど。あいつは、確かに、まだ
真剣な眼差しで、ミユキはラプラスを真正面から見据える。
「ああ。少なくとも、彼女は
瞬間。ミユキの胸中には、何か熱いものが込み上げてくる。
ユウキは、まだこの世に存在している。その事実が何よりも嬉しかった。
感極まる心を押し留めて、ミユキは重ねて問う。
「信号の方向は?」
「北だ」
ということは、ユウキの現在位置は恐らく
〈
あくまで冷静を貫くアレンが、ラプラスに問う。
「けどよ。ユウキは一度光になっちまったんだろ?」
「ああ。だが、彼女の“情報”は喪われていない」
「……と言うと?」
「確かに、アレスシルト大尉の肉体は光となって消失した。だが。彼女の情報――君たちの言葉に言い換えると“魂”となるものは、
つまりだ、と言い置いて。ラプラスは告げた。
「彼女の情報さえ奪還できれば、現実世界での復活は不可能でも、オレの量子コンピュータの中で電子の存在として復活させることは可能だ」
「……マジか」
ユウキの復活は、不可能ではない。提示された可能性に、アレンは空いた口が塞がらない。
「けど。それはそれで凄い無理難題じゃない?」
レツィーナは乾いた笑みをつくる。
確かに、提示された道の条件はほとんど不可能に近い。第一、いったいどんなことをすればユウキの“情報”だけを奪い返すことができるのか。ミユキは皆目見当もつかない。
「でも、可能性はある」
しっかりと。確固たる意志を持って、ミユキは言う。
たとえ、ユウキと再び会える可能性が限りなく低くとも。
その方法がどんなに困難であったとしても。
「おれは、あいつとまた話がしたい」
諦める理由にはならないから。
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