第十四話 戦いの日常

 二人の部隊――第一八九魔導小隊の〈D-TOS〉に精神接続クロッシングを繋ぎ、各種の戦闘適応処置と飛行魔導を起動し終えて。ミユキとユウキは、アレンたちの部隊に追従する形で戦地へと赴いていた。

 〈魔導銃レーヴァテイン〉を起動して、ユウキは小隊長のアレンへと告げる。


『〈座天使ソロネ〉は私とミユキで処理する。〈主天使ドミニオン〉とその他の天使は、君たちに任せてもいいか?』

『了解。……初撃で一点を集中攻撃して隙を作り出す。お前らは、そこから突撃しろ』

『了解。……では、任せたぞ』

『ああ。死ぬなよ』


 その言葉に、二人はこくりと頷いて。それから、通信を切断した。

 脳内に、〈D-TOS〉の無機質な音声が通る。


【〈魔導剣ダインスレイヴ〉起動。飛行魔導を巡航状態から戦闘状態へと移行】

超加速ブースト予備起動完了。〈魔導剣ダインスレイヴ〉の出力を三〇〇%で固定。刀身延伸えんしん機能を停止。エネルギーを溶断率へ転化。――完了】


 それと同時に左腰の剣を抜き放ち、黒い刀身が淡いあおの燐光を煌めかせる。


「準備はできた。……いつでもいける」


 通信機に突撃準備の完了を告げ、視線と意識を眼前へと振り向ける。〈天使〉の大群の奥には、もはや生物とは思えぬ異形が存在感を放っていた。


 その巨大〈天使〉の名は、〈座天使ソロネ〉。身体の極光こそ他の天使と同じなものの、純白の翼は存在せず、四つの二重螺旋にじゅうらせんの円環が縦、横、右斜め、左斜めで不規則に回り続けている異形の存在だ。


『〈座天使ソロネ〉は個体防壁こそ薄いものの、攻撃能力は〈智天使ケルビム〉に匹敵する。十分に注意して肉薄しろ』

「了解」


 続けて、通信機にアレンの声が届く。


『これより戦闘地域に入る。……当通信の切断後、五秒間ののちに一斉攻撃を開始する。各員、準備にあたれ』


 それきり通信は途切れて、二人の間には静寂が訪れる。

 地上部隊の迎撃を示す砲撃音がそこかしこに鳴り響き、対空砲火が空に刹那の爆炎を咲かせる。だが、所詮は〈D-TOS〉を介さぬ通常兵器。その効果はせいぜい空を覆う〈守護天使ガーディアン〉ぐらいにしか効果がない。

 そして。その〈守護天使ガーディアン〉も直ぐに別の個体が穴を埋めるために、青い空は瞬く間に消えてしまう。

 五、四、三……と、脳内でカウントダウンをして。その数がゼロを告げるのと同時に。


超加速ブースト起動】


『行くぞ!』

「ああ!」


 短く、言葉を交わして。

 ミユキとユウキは、アレンたちの一斉射撃が殺到する戦域へと最大速力で突撃した。

 青色の光条がただ一点の宙域を穿うがち、そこにいた〈天使〉の大半を消し飛ばす。一斉に散った〈天使〉が太陽のごとき極光の塊を創り出し、視界をしろく染め上げていく。


【視覚情報を一時改変。爆発光を一.五秒遮断】


 眼前に広がる極光を〈D-TOS〉によって視界から消去し、打ち付ける熱風に構わずミユキはそこへと突進する。

 追従するアレンが更に奥部おうぶの〈天使〉を個体防壁諸共もろとも撃ち砕き、〈座天使ソロネ〉へと向かう進路を更に切り拓く。

 眼前に立ち塞がる〈大天使アークエンジェル〉を、横薙ぎで一閃。生じた傷口を、ミユキは〈魔導剣ダインスレイヴ〉を片手に更に深く抉り取っていく。


【目標まで残り一〇〇メートル】

【戦闘適応処置機能を一律に三五〇%に一時強化ブースト。――脳内使用率が九〇%に到達】


 脳内のアナウンスを元に、ミユキは最後の突撃準備をかける。戦闘適応処置を一時強化ブーストしたことによって、敵の攻撃および回避の行動は通常よりも遅く見え、けれども自分はいつもと変わらぬ速さでの動きが可能となる。

 あとは。〈魔導剣ダインスレイヴ〉を一時強化ブーストすれば、速攻でカタがつく。


【〈魔導剣ダインスレイヴ〉の出力を五〇〇%に一時強化ブースト。刀身延伸えんしん機能を解放。溶断率低下】


 脳内に無機質な音声が響き渡り、〈魔導剣ダインスレイヴ〉の刀身が二倍ほどにまで延伸えんしんされる。

 ここまで、〇.一秒。

 最後に超加速ブーストをかけて突撃を開始しようとした――その時だった。


【〈D-TOS〉使用者の脳内使用率が一五〇%を突破。緊急人体保護プロテクトを実行】


「……え?」


 ミユキがその音声を認識するのとほぼ同時。がくっと、世界の速度が遅くなった。


【戦闘適応処置および各種魔導の一時強化ブーストを強制終了】


 手に持つ〈魔導剣ダインスレイヴ〉の刀身は元の長さにまで収縮し、放つあおの煌めきは目に見えて弱まっていく。

 突然のことに硬直するミユキを、〈座天使ソロネ〉の光線が襲う。


『っ!? ミユキ!』


 耳に届くのはユウキの声だ。しかし。彼女の声を聞いている間にも、〈座天使ソロネ〉の光線は迫ってくる。

 一時強化ブーストでそれをかわそうにも、通常の〈D-TOS〉――マクスウェルは、強制終了をしたあとの一二〇秒間はクールタイムとして設定されているために使用できない。

 一時強化ブーストは使えず、かといって魔導盾シールド氷盾ひょうじゅんでは〈座天使ソロネ〉の攻撃は防ぎきれない。

 ほとんど光速で迫り来る極光の刃を、為す術もなく見つめていた――その時だった。


 突然、左から強烈な突き飛ばしを食らって、ミユキは目を白黒させる。直後、ミユキのそばを極光が通り抜けた。

 未だ状況が掴めないミユキに、いつの間にか隣にいたユウキが彼女にしては珍しく感情をあらわにして怒鳴りつけてくる。 


「何をしている! 私達が今使用しているのはマクスウェルだぞ!」


 その剣幕に、ミユキは我に返る。


「ご、ごめん」


 ラプラスと違い、通常型の〈D-TOS〉マクスウェルは脳の過負荷を防ぐために魔導の使用制限が設けられているのだ。

 いつもの感覚で〈D-TOS〉を使っていたものだから、つい、人体保護プロテクトに引っかかってしまった。


『どうした!? 何があった!?』


 切羽詰まった声音でアレンが訊ねてくる。ミユキがそれに返答するよりも先に、ユウキが微かに苛立ちを込めた声で答えていた。


「こいつが誤って人体保護プロテクトを作動させてしまっただけだ。問題ない」

『……了解』


 それだけ言って、アレンは通信を切断する。

 ミユキの手を握って一旦〈座天使ソロネ〉から離れる傍ら、ユウキは少し呆れたように言葉を漏らす。


「ラプラスの性能に頼り切っていた証拠だ。〈D-TOS〉の発する警告はしっかり聞いておけ」

「……はい」


 全くもってその通りなので、返す言葉がなかった。

 〈D-TOS〉のクールタイムを待ったのち、ミユキは改めて各種の戦闘適応処置と〈魔導剣ダインスレイヴ〉の一時強化ブーストを予備起動する。視覚と飛行魔導を最大限まで強化し、身体強化は高速戦闘に耐えうるように最低限を付与。その他の強化は、全て解除する。


 ……これで、また〈D-TOS〉が強制終了するようなことはないはずだ。


 ミユキの準備を待っていたユウキが、ちらりと視線をこちらに向けてくる。


「では、行くぞ」

「ああ」


 今度こそと胸に誓って。こくりと頷いて。


【視覚及び各種神経系を三〇〇%に一時強化ブースト。戦闘適応処置より生命維持に不必要な強化事項を除外。停止】

【――超加速ブースト、起動】


 直後。二人は〈座天使ソロネ〉目掛けて突撃を開始した。

 極光の空の下、ユウキの〈魔導銃レーヴァテイン〉が〈座天使ソロネ〉へと続く道を切り拓く。彼女の支援を信じ、ミユキは〈魔導剣ダインスレイヴ〉片手に〈座天使ソロネ〉へと肉薄する。

 極光の爆発がミユキの周囲で巻き起こり、青色の光線が虚空から現れては驟雨しゅううのように降り注ぐ。それらを見切り、時には〈魔導剣ダインスレイヴ〉で切り割きながらミユキは最大速力で疾駆する。


【視覚の一時強化ブーストを一秒停止。〈魔導剣レーヴァテイン〉の出力を六〇〇%に一時強化ブースト

【――警告。脳内使用率が九〇%に到達】


 脳内の警告を聞きつつも、そのまま全速力で虚空へと剣を突き立てる。刹那、眼前に現れた半透明の紫色が奇怪な音を立てて砕け散った。


 ……これで、〈座天使ソロネ〉の個体防壁は破壊した。

 あとは。コアを破壊すればこの戦闘は終わりだ。


【〈魔導剣ダインスレイヴ〉の一時強化ブーストを終了。視覚の一時強化ブーストを再起動】


 視界が元の強化された速度へと戻り、一瞬世界が遅くなったような錯覚に襲われる。すぐさま自分を取り戻し、再突撃。


『【全ては、無にかえる】』


 脳内に響く音を無視し、円環の合間を縫って〈座天使ソロネ〉の中心部へと到達。そこには、三メートルほどの極彩色の正八面体――〈座天使ソロネ〉のコアが悠然と佇んでいた。

 剣を両手で構えて、ミユキは〈D-TOS〉へと魔導の指令を送る。


【〈魔導剣ダインスレイヴ〉の出力を七〇〇%に一時強化ブースト


『【全ては、無にかえる】』


【警告。脳内使用率が一〇〇に到達。五秒後に人体保護プロテクトを実行します】


 無機質な音声に混じる天使の“音”に、ミユキは言い放つ。


「おれは、みんなとここにいる!」


 瞬間。振り下ろした蒼色あおいろの刃は、〈座天使ソロネ〉のコアを真っ二つに斬り裂いた。




  †




 〈天使〉の襲撃がようやく収まったのは、その日の夕方だった。

 夜を告げる風が頬を撫でる、一面茜色あかねいろの世界の中で。ミユキたちは六時間ぶりに戦闘態勢を解いて、はぁと一息をつく。

 〈D-TOS〉を巡航状態へと移行し、ブレンツラウ中継基地へと戻るさなか。通信機を介して、アレンはげんなりした様子で愚痴をこぼす。


『まさか、〈座天使ソロネ〉を倒した後もあんなに襲撃があるとはなぁ……』


 〈座天使ソロネ〉を撃破してから、約六時間。その間、ミユキたちはほとんど休みなしに延々と〈天使〉の一団と戦っていたのだ。

 まさか、ここまで攻勢が激しいとは誰も思っていなかったらしい。ちらりとアレンの小隊を見ると、彼に追従する部隊員たちは誰も彼もが疲れきっていた。

 唯一、隣で涼しい顔をしたユウキが、さらっと現状を告げる。


「以前閲覧した軍司令部の〈天使〉観測データベースを見る限り、ここ最近の〈天使〉観測数は顕著な増大傾向にある。現在予定されている攻勢作戦においても、相対する〈天使〉の数は今日の比にならないという想定だ。今から慣れておくといいだろう」

『それは俺も知ってるけどさ? ほんと、やなこった』


 投げやりに愚痴るアレンの声に、ミユキは苦笑をもらす。

 今から約一週間後の、六月二二日。その日、人類は対〈天使〉戦争で初となる攻勢作戦を北部戦線で発動することとなっている。


 そして。その主力魔導士部隊として選ばれたのが、ミユキたち特設S技術T試験部隊Tと、アレンが率いる第一八九魔導士小隊だ。ミユキたちは先の〈智天使ケルビム〉討伐作戦を、アレンたちは西部戦線での顕著な活躍を評価して決定されたらしい。

 また、今夜にはその攻勢作戦についての作戦説明が、統合軍司令部の司令長官直々に開かれることにもなっているのだ。


 感嘆を含んだレツィーナの声が、通信機から聞こえてくる。


『にしても、今日のあんたたち凄かったわね。〈座天使ソロネ〉を二人だけで倒しちゃったりして、大活躍だったじゃない』

「そ、そうかな?」

『うんうん。さすが、私たちを相手に圧勝しただけはあるわね。同期としても誇らしいわ』

『ユウキも、噂通りの実力で何よりだ。……というか。あんだけ戦場走り回っといて無傷なの、どんな戦い方してんだ?』

「別に、特別なことはなにもしていない。その時々で最善手を判断し、行動しているだけだ」


 ユウキがさも当然のことのように言うのに、アレンは少し呆れたように笑う。


『それを毎回できりゃあ苦労はしねぇんだけどな。……んで。ミユキ、お前は今日、何回強制終了食らったんだ?』


 無言の圧力に、ミユキはしばらくの沈黙して。それから、消え入りそうな声音で答える。


「…………三回、かな」


 〈座天使ソロネ〉との戦闘の際に一回、その後の戦闘で前に出過ぎたのを無理やり抜け出した時に二回。しかも、原因はどちらも同じ、一時強化ブーストの使い過ぎだ。


 ……正直、ここまでラプラスの性能に頼っていたとは自分でも思わなかった。


「いくらラプラスの性能が良いとはいえ、〈D-TOS〉の過剰使用は脳に大きな負担がかかる。鎮痛剤を投与すれば反動は抑えられるが、それは決して脳への負担を軽減している訳でも回復している訳でもないんだ。命を削って戦っているということを忘れるな」

「……はい」


 反論の余地もなく、ミユキは肩を落とす。

 今回の件は、どう考えてもミユキが勝手に自爆して死にかけていただけなのだ。自分が悪いのは自分が一番分かっているのだから、反省するしかない。

 意気消沈するミユキの耳に、近寄ってきたユウキの言葉が聞こえてくる。


「……私は、お前には長く生きていて欲しいんだ。だから、自分の身体は、丁寧に扱え」


 優しい、けれども微かに悲しさのこもった声だった。

 その言葉に、ミユキはしばし押し黙って。


「……ごめん」


 そう言うことしか、できなかった。




 ブレンツラウ中継基地へと戻る頃には、空には星が瞬いていた。

 基地に戻るなり、ミユキたちは事前に通知されていた小隊用の兵舎へと向かう。中へと足を踏み入れると、そこには大人の兵士たちが厨房で忙しく手を動かしていた。

 恐らくは、今日の夕食の準備なのだろうが……。しかし、何故、ここに烹炊ほうすい部隊が?


「あれ、お前ら、聞いてなかったのか?」


 きょとんとするミユキに、アレンは怪訝な表情をつくる。


「そういった通知は、見た記憶がないが……」


 どうやら、ユウキもこのことについては何も聞かされていなかったらしい。二人して困惑していると、レツィーナが女子隊員の中からひょっこりと現れてきた。


「今日から攻勢作戦開始までの間は、食事はこの基地の烹炊ほうすい部隊がやってくれることになってるのよ」

「じゃあ、おれたちはなにもしなくていいのか?」

「ま、そういうことになるな。お前にはがっかりかもしんねぇけど」


 にやりと意味ありげに笑いかけてくるのに、ミユキは曖昧に笑い返す。

 料理ができなくなるのは少し残念だが……。まぁ、みんなと過ごす時間が増えるなら、それもいいか。


「そこのガキども! 飯はまだできてねぇからさっさと風呂でも入ってきやがれ!」


 料理長らしき男性士官が、厨房の奥からそんなことを言ってくる。


「じゃ、お言葉に甘えるとするか。……お前らも、入るだろ?」


 そう言って、アレンが小隊の中からちらりと視線を向けてくる。

 ミユキとユウキは、一瞬目を見合わせて。それから、口の端を緩めながら答えた。


「ああ」

「断る理由もない」

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