第十四話 戦いの日常
二人の部隊――第一八九魔導小隊の〈D-TOS〉に
〈
『〈
『了解。……初撃で一点を集中攻撃して隙を作り出す。お前らは、そこから突撃しろ』
『了解。……では、任せたぞ』
『ああ。死ぬなよ』
その言葉に、二人はこくりと頷いて。それから、通信を切断した。
脳内に、〈D-TOS〉の無機質な音声が通る。
【〈
【
それと同時に左腰の剣を抜き放ち、黒い刀身が淡い
「準備はできた。……いつでもいける」
通信機に突撃準備の完了を告げ、視線と意識を眼前へと振り向ける。〈天使〉の大群の奥には、もはや生物とは思えぬ異形が存在感を放っていた。
その巨大〈天使〉の名は、〈
『〈
「了解」
続けて、通信機にアレンの声が届く。
『これより戦闘地域に入る。……当通信の切断後、五秒間ののちに一斉攻撃を開始する。各員、準備にあたれ』
それきり通信は途切れて、二人の間には静寂が訪れる。
地上部隊の迎撃を示す砲撃音がそこかしこに鳴り響き、対空砲火が空に刹那の爆炎を咲かせる。だが、所詮は〈D-TOS〉を介さぬ通常兵器。その効果はせいぜい空を覆う〈
そして。その〈
五、四、三……と、脳内でカウントダウンをして。その数が
【
『行くぞ!』
「ああ!」
短く、言葉を交わして。
ミユキとユウキは、アレンたちの一斉射撃が殺到する戦域へと最大速力で突撃した。
青色の光条がただ一点の宙域を
【視覚情報を一時改変。爆発光を一.五秒遮断】
眼前に広がる極光を〈D-TOS〉によって視界から消去し、打ち付ける熱風に構わずミユキはそこへと突進する。
追従するアレンが更に
眼前に立ち塞がる〈
【目標まで残り一〇〇メートル】
【戦闘適応処置機能を一律に三五〇%に
脳内のアナウンスを元に、ミユキは最後の突撃準備をかける。戦闘適応処置を
あとは。〈
【〈
脳内に無機質な音声が響き渡り、〈
ここまで、〇.一秒。
最後に
【〈D-TOS〉使用者の脳内使用率が一五〇%を突破。緊急人体保護プロテクトを実行】
「……え?」
ミユキがその音声を認識するのとほぼ同時。がくっと、世界の速度が遅くなった。
【戦闘適応処置および各種魔導の
手に持つ〈
突然のことに硬直するミユキを、〈
『っ!? ミユキ!』
耳に届くのはユウキの声だ。しかし。彼女の声を聞いている間にも、〈
ほとんど光速で迫り来る極光の刃を、為す術もなく見つめていた――その時だった。
突然、左から強烈な突き飛ばしを食らって、ミユキは目を白黒させる。直後、ミユキのそばを極光が通り抜けた。
未だ状況が掴めないミユキに、いつの間にか隣にいたユウキが彼女にしては珍しく感情をあらわにして怒鳴りつけてくる。
「何をしている! 私達が今使用しているのはマクスウェルだぞ!」
その剣幕に、ミユキは我に返る。
「ご、ごめん」
ラプラスと違い、
いつもの感覚で〈D-TOS〉を使っていたものだから、つい、人体保護プロテクトに引っかかってしまった。
『どうした!? 何があった!?』
切羽詰まった声音でアレンが訊ねてくる。ミユキがそれに返答するよりも先に、ユウキが微かに苛立ちを込めた声で答えていた。
「こいつが誤って人体保護プロテクトを作動させてしまっただけだ。問題ない」
『……了解』
それだけ言って、アレンは通信を切断する。
ミユキの手を握って一旦〈
「ラプラスの性能に頼り切っていた証拠だ。〈D-TOS〉の発する警告はしっかり聞いておけ」
「……はい」
全くもってその通りなので、返す言葉がなかった。
〈D-TOS〉のクールタイムを待ったのち、ミユキは改めて各種の戦闘適応処置と〈
……これで、また〈D-TOS〉が強制終了するようなことはないはずだ。
ミユキの準備を待っていたユウキが、ちらりと視線をこちらに向けてくる。
「では、行くぞ」
「ああ」
今度こそと胸に誓って。こくりと頷いて。
【視覚及び各種神経系を三〇〇%に
【――
直後。二人は〈
極光の空の下、ユウキの〈
極光の爆発がミユキの周囲で巻き起こり、青色の光線が虚空から現れては
【視覚の
【――警告。脳内使用率が九〇%に到達】
脳内の警告を聞きつつも、そのまま全速力で虚空へと剣を突き立てる。刹那、眼前に現れた半透明の紫色が奇怪な音を立てて砕け散った。
……これで、〈
あとは。
【〈
視界が元の強化された速度へと戻り、一瞬世界が遅くなったような錯覚に襲われる。すぐさま自分を取り戻し、再突撃。
『【全ては、無に
脳内に響く音を無視し、円環の合間を縫って〈
剣を両手で構えて、ミユキは〈D-TOS〉へと魔導の指令を送る。
【〈
『【全ては、無に
【警告。脳内使用率が一〇〇に到達。五秒後に人体保護プロテクトを実行します】
無機質な音声に混じる天使の“音”に、ミユキは言い放つ。
「おれは、みんなとここにいる!」
瞬間。振り下ろした
†
〈天使〉の襲撃がようやく収まったのは、その日の夕方だった。
夜を告げる風が頬を撫でる、一面
〈D-TOS〉を巡航状態へと移行し、ブレンツラウ中継基地へと戻るさなか。通信機を介して、アレンはげんなりした様子で愚痴をこぼす。
『まさか、〈
〈
まさか、ここまで攻勢が激しいとは誰も思っていなかったらしい。ちらりとアレンの小隊を見ると、彼に追従する部隊員たちは誰も彼もが疲れきっていた。
唯一、隣で涼しい顔をしたユウキが、さらっと現状を告げる。
「以前閲覧した軍司令部の〈天使〉観測データベースを見る限り、ここ最近の〈天使〉観測数は顕著な増大傾向にある。現在予定されている攻勢作戦においても、相対する〈天使〉の数は今日の比にならないという想定だ。今から慣れておくといいだろう」
『それは俺も知ってるけどさ? ほんと、やなこった』
投げやりに愚痴るアレンの声に、ミユキは苦笑をもらす。
今から約一週間後の、六月二二日。その日、人類は対〈天使〉戦争で初となる攻勢作戦を北部戦線で発動することとなっている。
そして。その主力魔導士部隊として選ばれたのが、ミユキたち
また、今夜にはその攻勢作戦についての作戦説明が、統合軍司令部の司令長官直々に開かれることにもなっているのだ。
感嘆を含んだレツィーナの声が、通信機から聞こえてくる。
『にしても、今日のあんたたち凄かったわね。〈
「そ、そうかな?」
『うんうん。さすが、私たちを相手に圧勝しただけはあるわね。同期としても誇らしいわ』
『ユウキも、噂通りの実力で何よりだ。……というか。あんだけ戦場走り回っといて無傷なの、どんな戦い方してんだ?』
「別に、特別なことはなにもしていない。その時々で最善手を判断し、行動しているだけだ」
ユウキがさも当然のことのように言うのに、アレンは少し呆れたように笑う。
『それを毎回できりゃあ苦労はしねぇんだけどな。……んで。ミユキ、お前は今日、何回強制終了食らったんだ?』
無言の圧力に、ミユキはしばらくの沈黙して。それから、消え入りそうな声音で答える。
「…………三回、かな」
〈
……正直、ここまでラプラスの性能に頼っていたとは自分でも思わなかった。
「いくらラプラスの性能が良いとはいえ、〈D-TOS〉の過剰使用は脳に大きな負担がかかる。鎮痛剤を投与すれば反動は抑えられるが、それは決して脳への負担を軽減している訳でも回復している訳でもないんだ。命を削って戦っているということを忘れるな」
「……はい」
反論の余地もなく、ミユキは肩を落とす。
今回の件は、どう考えてもミユキが勝手に自爆して死にかけていただけなのだ。自分が悪いのは自分が一番分かっているのだから、反省するしかない。
意気消沈するミユキの耳に、近寄ってきたユウキの言葉が聞こえてくる。
「……私は、お前には長く生きていて欲しいんだ。だから、自分の身体は、丁寧に扱え」
優しい、けれども微かに悲しさのこもった声だった。
その言葉に、ミユキはしばし押し黙って。
「……ごめん」
そう言うことしか、できなかった。
ブレンツラウ中継基地へと戻る頃には、空には星が瞬いていた。
基地に戻るなり、ミユキたちは事前に通知されていた小隊用の兵舎へと向かう。中へと足を踏み入れると、そこには大人の兵士たちが厨房で忙しく手を動かしていた。
恐らくは、今日の夕食の準備なのだろうが……。しかし、何故、ここに
「あれ、お前ら、聞いてなかったのか?」
きょとんとするミユキに、アレンは怪訝な表情をつくる。
「そういった通知は、見た記憶がないが……」
どうやら、ユウキもこのことについては何も聞かされていなかったらしい。二人して困惑していると、レツィーナが女子隊員の中からひょっこりと現れてきた。
「今日から攻勢作戦開始までの間は、食事はこの基地の
「じゃあ、おれたちはなにもしなくていいのか?」
「ま、そういうことになるな。お前にはがっかりかもしんねぇけど」
にやりと意味ありげに笑いかけてくるのに、ミユキは曖昧に笑い返す。
料理ができなくなるのは少し残念だが……。まぁ、みんなと過ごす時間が増えるなら、それもいいか。
「そこのガキども! 飯はまだできてねぇからさっさと風呂でも入ってきやがれ!」
料理長らしき男性士官が、厨房の奥からそんなことを言ってくる。
「じゃ、お言葉に甘えるとするか。……お前らも、入るだろ?」
そう言って、アレンが小隊の中からちらりと視線を向けてくる。
ミユキとユウキは、一瞬目を見合わせて。それから、口の端を緩めながら答えた。
「ああ」
「断る理由もない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます