第四章 未来を、夢見て

第十三話 再始動《リスタート》

 聖歴二一四六年、六月一四日。快晴の昼下がり。

 〈オファニエル〉討伐作戦から一ヶ月程がたった頃。特設技術試験部隊二人と一機には、次の作戦任務に向けた司令が下っていた。

 司令内容は、他部隊との協働きょうどう作戦に備えた交流及び能力確認。つまりは、今回の作戦を共にする部隊との顔合わせだ。

 緊張を心に抱えつつ、飛行魔導を解いてコンクリート製の滑走路の上に降り立つ。

 〈D-TOS〉との接続を解いて、ミユキは辺りを見回しながら呟いた。


「ここに来るのも久しぶりだな」


 遅れて、隣に着陸したユウキが続ける。


「私も、ここに来るのはお前と再会した時以来だ」


 二人が司令に招集されて来たのは、特設S技術T試験部隊Tの駐屯基地から西南西せいなんせい方向に五〇キロほど行った先にある、ブレンツラウ中継基地。北部戦線の少し後方に置かれた、各種の補給物資を集積する中継基地だ。

 そして。ここはミユキとユウキが五年ぶりの再会を果たし、ラプラスと初めて会話を交わした場所でもある。


「覚えてるぞ。お前らがびっくりするぐらいぎこちなくて、オレの初音声に無言で返してきたのをな」


 からかうようにラプラスが言うのに、ミユキは苦笑いを浮かべる。


「あの時の雰囲気じゃあ、さすがに答えらんないって」


 二ヶ月前の夕方。ラプラスの初起動の際、ミユキの胸中には恐怖と不安、そして再会の喜びとでぐちゃぐちゃな感情の真っ只中だったのだ。あの状況で彼のテンションについていけというのは、さすがに無茶でしかない。 


「むしろ、再起動を試みようとしなかっただけ有難ありがたいと思え。あの時のお前、あまりにも場違いな言動をするものだから故障しているんじゃないかと疑ったんだぞ」


 色違いの緑瞳りょくとうを微かに細めて、ユウキは遠慮のない言葉を投げかける。

 一見無感情に見えて、その実はちょっと気の強い普通の女の子なのがユウキという存在だ。こういったところを見ていると、彼女の本質は昔から変わっていないんだなと心が暖まるのを感じる。


「あれはな、オレも場違いだなとは思ったよ。けどな、あの言動はオレの起動プログラムに組み込まれてる定型文と抑揚なんだ。回避不可能な事象ってやつなんだよ」

「なら、今度の改修でその起動プログラムとやらを変更してもらえ」

「そんな性能に変化の起きねぇこと、あの技術科がやるわけねぇだろ。……ていうか。そもそも、あんな状況下で起動するお前らがおかしいんだよ。普通、〈D-TOS〉の初起動はあんな状態にはならねぇよ」

「それは…………。……確かに」


 あ。そこは折れるんだ。


 二人の会話に、ミユキは自然と口元を緩める。

 こうして考えてるみと、ほんと色々あった日だったんだなぁとミユキは思う。

 五年ぶりのユウキとの再会に、ラプラスとの出会い。初めての実戦と、その時初めて受けた〈天使〉の精神侵入の感触。あれからまだ二ヶ月しか経っていないなんて、信じられない気分だった。

 腕時計をちらりと流し見て、ユウキは少し真面目な声音で言う。


「ラプラス、そろそろお前の移動車両が到着する時刻だ」

「おっと、もうそんな時間か」


 そう言うと、ラプラスは正八面体の姿のままで西の方へと進路を向ける。

 今日から次の作戦任務が始まるまでの間、試作の最新型〈D-TOS〉であるラプラスは研究所へと送られてそこで様々な改修を受けることになっているのだ。

 詳しいことはミユキには知らされていないが、彼との会話から察するにOSあたりの改修作業なのだろう。ラプラスの魔導処理は、素人目に見ても少し大雑把なところがあったから。


「じゃ、アレスシルト大尉、ミユキ。また一週間後な!」

「ああ。またな」

「改修の成果を期待している」


 そう言って、二人で遠ざかっていくラプラスを見送って。

 穏やかな気持ちの中、心地のいい風を頬に感じていた時だった。


「久しぶりだな、とも」


 聞き慣れた少年の声が呼びかけてきて、二人は声のした方へと振り返る。 

 すると、そこには見知った二人の少年少女が歩いてきている姿があった。

 紫水晶アメジストの瞳を持つ少年の方がアレンで、金色の髪を肩まで伸ばしている少女の方がレツィーナだ。二人とも、数少ないミユキたちと同郷の幼馴染である。

 手を振りながら、アレンとレツィーナが笑いかけてくる。


「よっ、ミユキ。……そんで、ユウキも。ほんと、久しぶりだな」

「ミユキは卒業式以来で……ユウキは、五年ぶりかしら?」


 感慨深げに言うレツィーナに、ユウキは微かに目元を緩ませる。 


「二人に会うのは、五年前のフィアスヴェルク以来だと記憶している。……この五年で色々ありはしただろうが。元気なようで何よりだ」

「まぁ、色々ありまくったけどな。……でもまぁ。今は元気にやってるよ」


 肩を竦めて、アレンは苦笑する。

 本当に、この五年間――特に、最初の一年間は色々あったなとミユキは過去の記憶に思いを馳せる。

 故郷が壊滅したあの年。ミユキを含めた三人は、自分の身に起こったことを整理するので精一杯だった。明日に希望を持つことに、記憶に刻み込まれた心的P外傷後TストレスS障害Dを克服することに必死だった。


「君たちたちの評判もこちらに聞き及んでいる。なんでも、西部戦線では凄い活躍だそうじゃないか」

「西部戦線の魔導士部隊じゃ成績トップなのに、未だ戦死者数はゼロなんだろ? 凄いな、二人とも」

「それ、あんたたちが言う?」


 微妙な笑みをつくるレツィーナに、ミユキは首を傾げる。


「え、言っちゃダメだったのか?」

「え? いや、そういうわけじゃあないんだけど……」


 言葉を濁すレツィーナに代わって、アレンが答えてきた。


「別に、俺たちはお前らと違って〈智天使ケルビム〉と戦ったりした訳じゃねーからな。お前らと比べると、俺たちなんか全然大したことはしてねぇよ」

「あれは私たちにしても予想外の結果だ。……それに。〈智天使ケルビム〉撃破に大きく貢献したのは、私たちの技量というよりも使用する〈D-TOS〉の性能といった側面が大きい」

「たしか、“ラプラス”だったっけか? お前らの使ってる〈D-TOS〉の名前」


 こくりと頷いて、ユウキは続ける。


「ラプラスについては、後ほど紹介する」

「紹介って……。なに、もしかして性能以外にも私たちの〈D-TOS〉マクスウェルと違うところがあるわけ?」


 レツィーナがそっと近寄って聞いてくるのに、ミユキは含みのある笑みをつくって答える。


「まぁ、そのうち分かるよ」


 まさか、最新型の〈D-TOS〉に人工知能AIが付いていて、なおかつそいつが調子のいい奴だなんてことは予想がつかないだろうが。まぁ、その時の反応は一週間後の楽しみにとっておこう。


「ユウキも、昔よりは楽しそうで何よりだ。やっぱ、評判ってのはあてになんねぇな」

「評判?」


 アレンが肩を竦めて笑うのに、ミユキは訊ねる。


「あれ、ミユキは知らねぇのか? ユウキが何て言われてたのか」

「ああ。全く」


 正直、あの時は誰の部隊かなんかはどうでもよかったから、周りの評価はいちいち聞いたりしなかった。そして。そんなことをわざわざミユキに言ってくるような人も居なかったから。

 困ったような笑みを消して、アレンはちらりとユウキに視線を送る。


「別に、隠すようなことでもないだろう。そう言われていたのは事実だし、今更、そんなことでミユキが失望するとも思っていない」

「…………わかった」


 微妙な表情で、アレンはそれをミユキへと伝えた。


「……こいつ、特設S技術T試験部隊Tに配属になるまでに何回か部隊が全滅しててな。それなのにユウキだけが毎回無傷で帰還するもんだから、色々酷い呼ばれ方してたんだよ」

毒婦どくふだとか豚女ぶたおんなだとか、そういうのは聞いたことがあるな」


 しれっとユウキがそんなことを口走るのに、ミユキは愁眉を寄せる。


「……お前、そんなこと言われてたのか」

「私が何度も自分の部隊を全滅させているのは事実だ。彼らには、そういった言葉を発言する権利がある」

「そんなのあるもんか!」


 思わず、大きな声が出ていた。


「お前が今まで頑張ってきたんだってことは、この二ヶ月でほんの少しは分かってるつもりなんだ。……だから。もっと、自分を大事にしてくれないか」


 部隊を全滅させたのが事実だからって、そんな言葉を受け入れる必要なんてないのに。ユウキだって、部隊を全滅させないために必死で努力したはずなのに。

 その努力が報われるどころか、憎悪されて攻撃されるのは、悲しい。

 なにより。自分の大切な人がそんなことを言われているのが、ミユキは嫌だった。

 ほんの少しだけ口角を上げて、ユウキは言う。


「大丈夫だ。私は、私の意志で彼らの言葉を背負っている。無理はしていないさ」

「そう……かもしれないけどさ!」

「ミユキ」


 たしなめるような、優しい声音だった。

 けれど。その声には、確固とした意志が宿っていて。ミユキはそれ以上は何も言えなくなってしまう。


 ……もっと、楽に生きてもいいはずなのに。


 重くなった雰囲気を打ち払うように、アレンが明るい声音で笑う。


「ま、実際は俺らの知ってる通り、ただ不器用なだけだったって話なんだけどな」

「前にユウキの部隊に所属してたって子が私たちの部隊にもいてね。彼女、あんたに感謝してたわよ。自分が今も生きられてるのは、隊長のおかげだったって」

「……感謝されるようなことは、何もしていない」


 微かに頬を赤らめて、ユウキは呟く。

 その様子を見て、レツィーナはにたぁと少し意地悪な笑みを浮かべる。


「……なに。ユウキ、もしかして照れてるの?」

「こ、この話はもういいだろう!」


 あ、そっぽ向いた。

 ぷいっと顔を向けた先、ユウキがなんでもないように右頬をかいているのが見える。


 ……だが。その仕草は、ユウキが照れ隠しをする時にいつもやっていた仕草だ。


 そして。五年前とはいえ、十年も一緒に居たのだからそれぐらいはミユキたちも気付くことができて。

 それを見つけたらしいレツィーナは、更にいたずらな笑みを深めていた。


 ……なんというか。こういうところを見ていると、ユウキは案外分かりやすい人なのかもしれないなとミユキは思った。




 和やかな空気が流れる中。その雰囲気を打ち砕いたのは、突然鳴り始めた不穏な警報音だった。

 一様に言葉と動きを止めるのに、アレンが硬い声音をつくって通信機へと口を開く


「こちらアレンスト・ブリーダー。レイ、この警報はどこからの連絡だ。………………了解。俺たちも直ぐに向かう。お前たちは先行して偵察にあたってくれ」


 それきり通話は途切れたらしい。先程までとは打って変わって真剣な表情で、アレンはミユキたちを見据える。


「第三戦線で〈座天使ソロネ〉を含む一個大隊規模の〈天使〉部隊が確認された。……お前らも、一緒に戦ってくれるか」


 ちらりと隣に視線を向けた先、ユウキは当然のように答えた。


「丁度いい。ここでお互いの能力確認といこうじゃないか」

「助かる」

「ただし。こちらの〈D-TOS〉は、現在研究科に供出しているために使用できない。君たちの〈D-TOS〉を使わせて貰えるか?」


 アレンはこくりと頷いて。それから、二人にメモを手渡してきた。


「俺たちの〈D-TOS〉のアクセスコードとパスワードだ。登録出来次第、出撃するぞ」


 了解、と三人で応答して。ミユキとユウキは、それぞれの通信機に〈D-TOS〉の登録を開始した。

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