第54話 脱出
真琴は、ただただ驚いていた。
上を見ると、距離は離れた響介と絢音の姿が小さくなっていく。
後ろには、羽の生えたバルバルスが追いかけて来る。
だが、バルバルスとの距離が徐々に開いていく。
自分と速さが全然、違うようだ。
パイロの言った通り、バルバルスは追いつけないのだろう。
真琴は、落ちて行く方を見ようとゆっくりと瞼を開けた。
高所恐怖症だとパイロに言っておけばよかったと思ったが、今では遅い。
手遅れだ。
気を失いそう人りながらも下を見た。
何となく見覚えがある。
白い塔に来た道を辿っているようだ。
つまり、あの地下鉄だ。
考えてみるとそうかもしれない。
別の世界へ戻るのだから。
戻るのは、僕だけだ。
戻った時には、響介や絢音は、死んでしまっているだろう。
どうしたらいい……。
二人の両親にどうやって説明したらよいのだろうか?
話しても誰にも信じてもらえないだろう。
あっ、二人に挨拶をしていなかった。
両親に伝えたい事を訊いておけばよかったのに……。
何やってるんだ、僕は。
真琴は、考えている間もすごいスピードで落ち続ける。
羽の生えたバルバルスから、銀の創造主に映像が送られていた。
エスピラールの屋上の映像だ。
バルバルスは、エスピラールの周りを旋回していた。
真琴たちが写る。
「この世界から出してはいけない!」銀の創造主が呟く。
「エスピラールには、手出しできません」と、ひざまずいた家来が頭を上げずに言った。
「分かっている。彼らは、必ずエスピラールから離れるはずだ。
そこを……そこを狙うのだ。
スーパーバルバルスは、出来ているのか?」
創造主の声は、地の底から聞こえるようだ。
「出来ています」
銀の創造主は、映像に目をやる。
屋上に居る四人の映像が写っている。
その内、二人が屋上からエスピラールの外に出たが、浮いている。
もう一人、外に出た。
すると、あっという間に落ちて行った。
「あれだ、ヤツを追うんだ!」創造主が叫ぶ。
羽の付いたバルバルスが後を追うが、引き離されている。
「何処に向かっている?」
「地下鉄かと」
「それだ!スーパーバルバルスをそこに向かわせろ!」
真琴は、一直線に地下鉄の入口に向かっていた。
羽の生えたバルバルスが追ってきているのを気にしていた。
バルバルスとの距離が広がり、こちらのほうが早いらしい。
白い塔まで来たことを思い出していた。
元の世界の地下鉄で、浮浪者と戦ったのが、始まりだった。
体のでかい浮浪者、この世界では、バルバルスと呼ばれている。
絢音と響介は、死んでしまったらしいが、この世界で一緒に居たので実感が沸かない。
あっそうだ、挨拶を忘れた。
僕が、飛び降りたからだ。
今頃、バッカだなぁとか、言っているな。
バカではない、バッカだ。
あきれてしまったというバッカだ。
それは、仕方ない。
やらかしたのは、僕なのだから。
あれだ、真琴は地下鉄の入口を見つけた。
徐々に落ちて行くスピードがゆっくりとなり、ふわっと着地した。
振り向くと、羽の生えたバルバルスが遠くに見える。
急いで地下鉄の入口に向かった。
その時だった。
真琴は、地鳴りと共に大きな影に包まれた。
音のする方を反射的に振り返る。
そこには、巨大なバルバルスが立っていた。
バルバルスが、真琴を見つめると、大きく振りかぶった。
そして、大きな拳を振り下した。
あまりの速さで、真琴は動けない。
(ヤラレル)目をつぶって身構える。
ガツン。
鈍い音が、振動が体に伝わる。
「早く、地下に行くんだ!」
真琴が目を開けると、メトセラが居た。
メトセラが、バルバルスの大きな拳を受け止めている。
「早く、入れ!入口が潰される!」
バルバルスが、口を大きく開け、息を吸い込んだ。大きく胸が広がる。
そして、一気にメトセラを目がけて吐き出した。
「うおおおおっ!」思わずメトセラが声を漏らす。
吐き出されたのは、炎だった。
ガスバーナーのような黄色い炎。
メトセラの体から水蒸気が上がる。
「早く、早く行くんだ!」
真琴は、地下鉄の入口を潜った。
階段を一気に下る。
段を抜かし、ほとんど落ちて行っていると言った方がいいかもしれない。
転がるようにホームに着いたが、後ろの殺気からすぐに壁に隠れた。
入口から現れたのは、メトセラだった。
「メトセラ、ありがと」
しかし、その場にメトセラが崩れ落ちる。
身体から煙が出ている。
すぐ後ろにバルバルスが現れた。
「早く行け」メトセラの声が震えている。
真琴は、ホームを走って逃げた。
バルバルスが、真琴を追いかけようとしたが、身体が動かない。
バルバルスの体は、樹の根のようなものに縛られていた。
足元に倒したはずのメトセラが笑っていた。
バルバルスは、壁を見ると黒い点が現れ、あっという間に大きな穴が現れた。
バルバルスの胸から、大きな黒い手が現れその穴に入って行く。
(電車は、電車はどこだ!)
真琴は、電車を探していた。
電車に乗って元の世界に戻るんだ。
真琴の背後の壁から、何かムクムクと盛り上がっていた。
手だ。
大きな黒い手だ。
入口に居たバルバルスの手が、真琴に迫っていた。
真琴は、思い出した。
この状況、見たことがあると。
あの時、僕は向かいのホームから見ていたんだ。
ホームに現れ逃げていたのは、僕だったんだ。
後ろだ。
後ろから、手が出ていたんだ。
恐る恐る振り返る。
黒い大きな手が近づいていた。
捕まる。
電車は、電車は何処だ。
真琴の後ろに何か近づいて来ていた。
手の動きを見つめながら、視界の隅を確認する。
電車だ!
真琴の後ろに電車が止まり、プシュと扉が開く。
真琴が、電車に飛び乗る。
それを、追いかけて黒い手が伸びる。
早く、発車しろ!
真琴が心の中で叫ぶ。
黒い手の動きが止まった。
筋肉が隆々とした背中が見える。
ロブスだ。
がっちりと黒い手を抑えている。
電車の扉がゆっくりと閉まる。
その時、ドサッと音と振動が身体に伝わった。
重い黒い手が下に落ちた。
コロニクスが、太刀を振り下ろしたところだった。
コロニクスがニャッと笑って親指を立てた。
ありがとう、みんな。
真琴は、電車の中に飛び込んだ。
ザワザワと人の気配が感じる。
電車の揺れに合わせて、身体が押される。
ゆっくりと目を開ける。
電車の中だ。
真琴は、電車の中に居た。
混雑した電車の中に。
振り向くと、混雑した人の隙間から手が迫って来ていた。
真琴は、手と反対側の扉を目指して夢中で人をかき分ける。
捕まってたまるか。
みんなが、僕を守ってくれたんだ。
手が近づいてくる。
でも、大きな手は、段々と小さくなっていった。
真琴に触れそうになった時、駅に着いた。
扉が開く。
真琴は、転がりながらホームに飛び出た。
人が降りてくる。
人が降り切った電車の扉を見る。
誰もいない。
手も見えない。
ゆっくりと電車の扉が閉まった。
真琴は、そこに座り込んでいた。
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