第34話 ヤツが来たんだ
床からドンドンと言う規則正しい重たい振動が感じられる。
回廊の先で、住人が蹴散らされているのが見える。
こちらに近づいてくる。
大きな者が住人を倒している。
長い髪を振り乱し、ハルクの様な筋肉質の肩が、胸が、二の腕が見える。
真琴は、刺すような視線をとらえた。
「ヤツだ……ヤツが来たんだ」
回廊の奥から浮浪者が近づいてくる。
ドン、ドン、ドンと床から、足音が響いている。
浮浪者が発する威圧と言う名のエネルギーの余波が迫ってくる。
空気を、壁を、床を通じて押し寄せる。
地下鉄の電車がホームに進入する時のトンネルの空気が電車で圧縮されて風を起こすように。
その何倍もの風が真琴たちに吹き付ける。
浮浪者は、目の前の住人を吹っ飛ばすと、真琴たちの数十メートル手前で立ち止まった。
金剛力士像のような筋肉隆々の姿は、見る者を圧倒する。
長い髪から見える指すような視線。
倒すべき者を真琴たちを睨みつける。
まだ、行動を起こさない。
真琴たちも浮浪者から目を離さない。
近くで見ると、やはりデカい。
機械である事を忘れさせる肉体は、野獣の様な殺気に満ちている。
真琴たちは、じりじりと浮浪者との距離を詰めていく。
その頃、ウビークエとオピフは、回廊の隅に身を潜めていた。
オピフがずーっとパッドの画面を見ている。
あの部屋に紛れ込んだ時の写真。
あの部屋とは、浮浪者が作られていた部屋だ。
オピフは、浮浪者の写真を拡大して、夢中で何かを探している。
ウビークエは、見守る事しかできない。
何かがオピフの邪魔をさせないように。
「でかいヤツと戦う時は、倒して戦えってプロレスラーがで言ってた!」
響介が前に出る。
浮浪者のパンチが、響介を襲う。
見える……パンチが見える。
浮浪者の次から次と繰り出されるパンチを避け、距離を詰める。
響介は、浮浪者の前でジャンプした。
浮浪者は思わず、響介を見上げる。
響介の両膝が浮浪者の顎を捕えるのと同時に頭に拳が振り下ろしていた。
鈍い音と浮浪者の骨格を覆っていた皮膚が削げ、銀色の頭蓋骨があらわになった。
絢音と真琴は、浮浪者の足元に滑り込み、膝裏に回し蹴りを見舞った。
浮浪者の足は、膝からくの字に曲がり、吹っ飛んだ。
浮浪者は膝から下が無くなったが、太い腕が響介を掴もうとしていた。
響介は、その場でくるっと後転し銀色の頭蓋骨に踵落としを見舞った。
浮浪者は、ゆっくりと後ろに倒れていくが、完全には倒れない。
体制を整え、残った腕で真琴たちを襲う。
その腕を真琴と絢音が、腕引き逆十字で腕を殺しにいくが浮浪者は倒れない。
響介が、助走し頭蓋骨にドロップキックを見舞う。
ゆっくりとゆっくりと浮浪者が倒れる。
腕は、ガッチリと真琴と絢音に抑えられている。
だが、浮浪者の動きは止まらない。
抑えられている腕が持ちあがる。
「絢音ぇ、ヤバいぞ!」真琴が叫ぶ。
絢音は、歯を食いしばり耐える。
響介が、頭蓋骨にニードロップをしようとした時、太い腕に払いのけられた。
腕を抑えていたはずの絢音が壁に叩きつけられていた。
恐るべきパワーだ。
オピフが浮浪者に駆け寄った。
ウビークエが声を上げる暇も無かった。
オピフは頭蓋骨まで走っていき、鼻の下の小さなくぼみに細いドライバーを差し込んだ。
あっという間に、浮浪者の動きが止まった。
「ここが、スイッチだ」オピフが、立ち上がった。
やれやれと、真琴たちが浮浪者から離れる。
自然と握手し、お互いをたたえ合う。
やった、やれたじゃないか。あの時とは大違いだ。
僕らは強い。本当に強い。
真琴たちは抱き合った。
「オピフ、すごいじゃないか」
響介が、オピフの肩を叩いた。
「オピフ、天才」オピフは、自分で褒めて笑った。
真琴は、じっと回廊の先を見ている。
浮浪者は一体ではない……
あの部屋で何十体もの浮浪者を見たではないか……
来るかもしれない……
警戒を緩めてはいけない……
「あっ」
ウビークエが何か思い出した様に翻訳機を口に当てた。
「私たちは、侵入者を捕まえた。どうしたらいい?」
翻訳機から例のピーヒョロヒョロと大きな音が流れる。
すると、いつの間にか住人が現れ、浮浪者が現れる前と変わらなくなった。
何もなかった様に行きかう住人。
その様子を見ていると槍を持った門番の恰好をしたロボットがやってきた。
ウビークエと何やら話している。
勿論、翻訳機での話だ。
「連行先を案内すると言ってる」
真琴たちは、その門番ロボットの後を付いて行った。
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