第30話 上階へ
「忘れてた、これを持って」
ウビークエが、真琴たちに配ったのは、例の掌サイズの小さな箱だった。
「銀の塔に入るには、これがあれば大丈夫さ。
銀の塔の人たちは、いつもこの箱を見ていて、おいらたちを見ていない。
けど、門番とか居るから、箱を持っていないとここの住人じゃないと気付かれるから」
と、言いながらウビークエは先頭を歩いた。
廃材置き場から、どんどんと奥に進んで行く。
銀の塔の住人とすれ違ったが、ウビークエの言う通り、手に持った箱を見つめていて、真琴たちには目もくれない。
擦れ違う銀の塔の住人が徐々に増えていく。
すれ違う住人は、箱を見つめたまま歩くので、肩がぶつかろうがお構いなしだ。
銀の塔の住人は、実に様々だ。
ロボットのような者や人間と見分けがつかない者もいる。
ここの人たちは、自分以外の者に全くと言っていいほど興味が無いらしい。
興味があるのは、掌サイズの小さな箱だけのようだ。
「ほら、おいらの言った通りだろ。
この格好をしてこの箱を見ていれば、気付くヤツなんていないさ。
ヤツらは、耳から入ってくるものは全て雑音で、信じられるのは親や兄弟や友達ではなく、この箱だけだから」
ウベークエが、得意そうに真琴たちを見渡した。
真琴たちは、ウベークエが言っていることを確認すると、ビクビクすることをやめた。
「あれで、上に行く」
行き当たりにアンチークな扉があった。
扉の上部には、数字とアナログ時計の針がついている。
「エレベータだよね」
真琴が響介と絢音に確認する。
そのエレベータで地下から上階へと向かうことができるらしい。
エレベータ前に並び、チンと呼び出しベルの音がすると扉が開く。
待っていた人が一斉に乗り込む。満員電車の様だ。
エレベータがいっぱいになると、また、呼び出しベルの音がして、扉が閉まる。
そして、上昇して行く。
エレベータの速度が落ち、呼び出しベルが鳴ると、扉が開いた。
堰き止められた水が出る様にエレベータから吐き出された。
真琴たちは、キョロキョロと周りを見渡していた。
ウベークエは、当たり前の様に歩き出す。
真琴たちは、ウベークエについて行くしかなかった。
上階は、なんとも殺風景であった。
回廊の両側に扉が並んでいる。
回廊は、十メートルくらいの幅で、凹凸の無い黒い道で出来ていた。
回廊の壁も道路と同じ艶消しの黒だった。
ただ、見たことの無い光を反射しない材質だ。
オピフは、ペシペシと壁を叩きながら歩いていく。
等間隔に付けられた扉には、バーコードらしきモノが書かれていた。
真琴たちには、何の部屋か全く分からない。
どのような造りになっているのか確認するために、十字路で左に曲がるを繰り返してみた。
すると、元の位置に戻ってくるので、碁盤の目のような構造ということだ。
「どうしょうか?これじゃ、分からないよ」と、響介が呟く。
「入ってみようか?」真琴が扉の前で止まり扉を見上げた。
「そうだな」と、皆、真琴の周りに集まる。
真琴は、皆の顔を見渡すと頷き扉に手をかけた。
扉は重いので体重をかけて扉を押した。
ゆっくりと扉が開き、その隙間から中に滑り込んだ。
中は、暗い。
灯りが付くスイッチの様なモノがないか、手さぐりしてみた。
その時、明かりが足元を照らした。
明りはオピフのヘッドライトだった。
オピフに貰ったヘッドライトを思い出し、スイッチを入れた。
灯りがあるだけで、不安は半減する。
ヘッドライトの灯りで、室内の様子が浮かび上がる。
水族館で見たことのある円柱の水槽が部屋の奥まで並んでいる。
先頭は真琴だ。奥へ進んで行く。
何番目かの円柱の前を通り過ぎようとした時、真琴の左目の隅に何かを捉えた。
突然、頭の中に浮かんでくる嫌なイメージ。
忘れモノを思い出す時の割り込んでくる記憶。
自分が今やっていることと別に頭の中で別に管理されていて、時間とか他の刺激が会った時に知らせる。
脳内で行われるパラレルで処理される機能。
「なぜ、思い出すのかのだろう?」と、いつも不思議に思っていた。
今、真琴に知らされたのは、”危ないモノがある”という感覚だった。
そう、左の水槽にだ。
真琴は立ち止まり、顔は進行方向を向いたままで、左の水槽にゆっくりと眼を向けた。
「あっ」思わず声がこぼれる。
真琴は、そおっと水槽に近づき曇りを拭く。
この中に何が、浮浪者記憶の中に一致する物体があるのか確認するために。
真琴が、後ずさる。
円柱の中には、あの浮浪者が浮かんでいた。
地下鉄で暴れていたあの浮浪者。
響介と絢音をほおり投げたあの浮浪者。
真琴を追いかけてきたあの浮浪者。
真琴の様子に気付いた響介と絢音も浮浪者を見て立ち尽くしている。
「こ、こいつは……なんでここに居るんだ。
奴は、ここからやってきたのか。
銀の塔から来たっていうのか」響介が呟く。
ウビークエとオピフも目を丸くして見つめている。
「何だこれ、生きてるのか?」
オピフの問いにウビークエがわからないと首を振った。
円柱の中の浮浪者の動きがないのがわかったので、真琴たちは奥に進んだ。
円柱の水槽を覗いていく。
中身がそれぞれ違うようだ。
ロボットの骨組みのようなモノ。
骨組みに筋肉のようなモノが張り付いているモノ。
色々だ。
あの浮浪者の製造過程を見ているようだ。
オピフが、我を忘れたように円柱内を見つめ、肩からぶら下げていたパットで写真を撮りまくっていた。
「なるほど、こうなってるのか」と独り言を言いながら、博物館に来た子どもの様に興味津々だ。
「こいつは、ロボットなのか?SF映画並みだな……」
響介が興奮気味で真琴の顔を見る。「そうだな」と真琴が頷く。
こいつが映画と違うのは、本当に動くっていうこと。
それに、力はとてつもなく強いってこと。
駅で襲われた時の記憶が鮮明に蘇る。
間違いなく、浮浪者はここで作られていたのだ。
僕たちを襲う為に。
この塔に居る者が造った。
何の為に……。
「ここを早く出よう」
真琴たちは、来た道を急いで戻った。
ウビークエは、なかなか水槽から離れようとしないオピフの手を引いて、真琴たちの後に続いた。
部屋の扉を開け、回廊に戻った。
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