第7話
「やっと私たち、結ばれますね」
無意識なのか、わざとなのか。
彼を踏みつけて、自分の正当性を主張してくる妹。
その瞳からは恨みが溢れ出た涙が伝い落ち、彼女も北白川の名に囚われている一人なのだと気づく。
「この世で、最も価値があるのは私だってこと……筒路森に、証明してもらわないと……」
その言葉と共に、彼女の後ろに控えていた蝶たちが牙を剥いた。
再び、悠真様に襲いかかるために翅を大きく広げる。
「っ、どうしたの? やりなさい!
妹の顔は完全に憎しみによって歪み、もはや容姿の美しさなんてものは残っていない。
彼女の人間らしさも失われて、かつての愛らしい妹の面影は完全に消え去ってしまった。
「私は、化け物。蝶の子」
周囲の空気が変わり、蝶が私に応えようとしているのを感じる。
私の体を包むのは囚われの繭ではなく、暖かな光。
光を浴びた繭が氷のように溶け、私は自分の足で立つことができるようになった。
「美怜ちゃんとは、違う」
聴覚が、蝶たちの声を拾い上げる。
「蝶を酔わせる香りを、今すぐに処分して」
「なんの話……」
蝶たちの過去が、私の記憶に流れ込んでくる。
その記憶を辿り、諸悪の根源である妹に冷たい眼差しを向ける。
「蝶たちが、すべて教えてくれたの」
妹への憎悪。
妹への嫌悪感。
妹から受けた苦痛が、私という人間を通じて訴えかけてくる。
「美怜ちゃんの言うことなんて、聞きたくもないって」
妹は戸惑ったように目を細めたけれど、すぐにその表情に険しさが戻った。
「美怜ちゃんに服従するのは、もう耐えられないって」
妹が自然に反した力で、無理矢理に蝶を従えている。
そんなからくりを言葉に乗せ、私は彼女を責め立てていく。
「香りなしでは、蝶を従えることができない偽物」
人工的に開発された香りに酔っていた蝶たちが、私の心に従うようになっていく。
荒々しかった動きは次第に静まり、悠真様への攻撃の手を止める。
「私は、蝶の寵愛を受けた化け物」
また一匹、また一匹と、蝶たちは私の元へと集い始める。
「これ以上、私の大切な人を傷つけるなら……」
「っ、
蝶を従えた姉の姿に耐えられなくなった妹は、初さんの名前を叫びながら駆け出していった。
「美怜ちゃ……っ」
妹を追いかけることも大事だけれど、いま優先すべきことは怪我を負った人たちの治療を優先しなければいけない。
「
光が辺りを浄化するように広がり、蝶たちが作り上げた幻の道が砕け散る。
蝶の記憶を辿ることができるようになり、私は蝶と共鳴することができるようになった。
(自分が目にしていない景色が、頭の中に流れ込んでくるようになるなんて……)
蝶の言葉を理解できるだけでなく、私は蝶の記憶を辿る力まで覚醒させた。
蝶の記憶を辿る力は、蝶が受けてきた感情を分かち合うことに繋がる。
これから先は、もっともっと蝶の言葉を理解できるようになるのかもしれない。
ある意味では最強の力かもしれないけど、そんな化け物染みた力は益々、忌み嫌われるようになるかもしれない。
(怖い……)
蝶と共鳴できるようになることで、蝶が力を貸してくれるようになった。
自分が手にした力の大きさを素直に喜ぶことができず、その場へと立ち尽くす。
自分の体なのに、体が小刻みに震えるのを抑えることができない。
(自分が人でなくなるみたいで怖い……けど)
自身の震える手を握り締め、瞳を閉じる。
(後ろを、振り返らないと……)
戦いが終わった静寂の中で、自身に秘められた異能を受け入れる覚悟が決まらない。
「早く、病院へ……」
それでも、怪我人を放置しておくわけにはいかず、悠真様に顔を向けるために振り返ろうとした刹那。
「結葵」
背後から、そっと包み込まれた。
「声が、震えてる」
驚いて振り返ろうとするけれど、私を両腕で抱き締めてくれているのが彼だと理解すると、それができなくなる。
「悠真様と、来栖さんを早く病院へ……」
「その不安を、俺に預けてくれないか」
相変わらず、彼の声には優しさと揺るぎない力強さがあった。
「っ、ですが、この異能は、この異能は、化け物……」
「俺が、傍にいる」
背中越しに感じる彼の鼓動が、次から次に生まれる不安をかき消してくれる。
いつの間にか頬には一筋の涙が伝い、このまま化け物のままで終わりたくない。
この力を彼のために使えるようになりたいという、素直な気持ちが生まれたことを自覚した。
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