第4話 フォーチュンマーケット

 ゴーストナイトを調べ始めた翔子だったが、なかなか手掛かりは見つかない。体験談、目撃談、噂話、都市伝説に、陰謀説。どれもこれも嘘だらけで、真実性は物凄く薄い。インターネットを使った個人の捜査では、ここが限界。研一に貰った名刺を眺めながら、出社の決意をする。



 たった一日で、会社の雰囲気は激変。明るさは失せ、暗く淀んでる。誰もが笑顔を忘れ、失った仲間を悼んでいる。今日の夜、死んだ社員の通夜がある。警察の隠蔽が上手く作用している為、死因は交通事故。警邏中の車両にはねられた事になっている。遺族は、遺体の様子を見ている。銃創と思われる傷も。変だとは思っている。しかし、報道もされない事件に触れるのが怖くて口にしない。渋々受け入れている。唯一全てを知る社員たちも、秘密が表に出るのが怖くて黙っている。

 翔子は、研一の傍にそっと近づき、皆に聞こえないように声を掛ける。


「ねぇ、ちょっと良い?」

「………あっ、翔子。おはよう…」


 弱々しい声と姿勢の所為か、逞しい体が今日は小さく見える。


「知り合いに記者が居るって言っていたよね? もし良かったら、連絡先を教えてくれないかな?」

「急に、どうして?」

「…今回の事件を、表沙汰にするために…」


 咄嗟に思いついた理由。本当は、家族の問題を解決する為。自分勝手な理由で、同僚の死を悼もうとしていない。自分でも酷いと思っている。それでも、止められない。心から望む物に対しては、誰でも貪欲になる。身を以って悟る。



 研一から貰ったメモを片手に、地方紙の支社オフィスを訪れる。消費者金融の看板掲げる雑居ビルに入っており、ガラの悪い客の出入りが激しい。金持ちのお嬢さんを見る目は、湿度が高く、否応無しに体が硬くなる。視線に耐えながら、エレベーターで5階へ。ここだけは少し綺麗。小さなカウンターがあり、抑え目な化粧の受付嬢が携帯を弄りながら座っている。


「あの…」

「………え? ああ、お客様?」


 気怠そうな目で見ていたが、お嬢様らしい雰囲気を感じ取ると丁寧な態度に切り替える。


「ご予約はしていますか?」

「北森研一で」

「確認します………はい、確かに」


 立ち上がり、翔子を奥に案内する。散らかった書類を蹴飛ばし、強引に道を開ける様は、暴君。誰も文句を言えず、黙々と片付ける。辿り着いた机に拳を叩きつけて、パソコンにかじりつく髭面の中年を驚かす。


「もうちっと、手心を加えてはくれんか? これじゃ何時心臓マヒで死ぬか分からん」

「そんな事より、お客様です」


 翔子に一礼し、さっさと受付に帰って行った。受付嬢の迫力に圧され黙っていると、髭面の中年が声を掛ける。


「あんたが研一が言っていた女か? ほぉ~、あいつにしては良い趣味してんな」


 髭面の中年は、机の引き出しから折れ曲がった名刺を取り出す。鐙谷籠瀬あぶみやろうせ、肩書を信じるなら支社長のようだ。薄汚れた様相からは察せられない。


「こう見えても意外と忙しい。要件は手短に頼む」

「その、ゴーストナイトについて何か知りませんか…」


 籠瀬の表情が鋭く変化。


「わっざわざ此処に来るって事は、本気と思って良いのか? 適当な理由で言っているんだったら、研一の顔に泥を塗る事になっても追い返す!」

「本気です!」

「そうか…」


 机に乗っている物を全て払い落し、一番下の引き出しから大量の資料、写真を取り出す。有名な事件に関する物のようだが、事件そのものではなく、発覚するきっかけや解決するきっかけが集中している。


「この資料は、ゴーストナイトが関わったと思われる事件の物だ。どの事件も、容疑者が罪を認めた後に、重要な証拠が見つかった。資料であったり、映像であったり、本人が自ら差し出さねば得られない秘匿性の高い物だ。そのくせ、容疑者が差し出した訳ではない。彼らを憎む第三者が提出している」


 籠瀬が差し出した写真に、黒いパーカーを着た男が映っている。


「これ、あの人に見える…」

「お前……会った事があんのか?」

「はい。つい先日」


 籠瀬は、目を爛々と輝かせ翔子の手を握る。


「本当か! どうやって知り合った? 何処で取引した?」

「私は、ただ偶然会っただけで…」


 少し残念そうに、机の天板裏に張り付けられていたUSBメモリーをパソコンに接続。一本の動画を選択し、再生する。


「…これは、ある事件の被害者が何者かに会っている場面だ。運良く、防犯カメラに映っていた」


 榊と思われる人物が、事件被害者に一枚のディスクを渡している。渡し終えると、何も言わず直ぐに立ち去る。立ち去った数秒後、事件被害者は血を吐き倒れた。


「一体何が…?」

「取材してみたが、代償の一言で済まされた。それ以上は話せない、だってよ。俺は裏取引の事だと思っている。例えば、証拠品を渡す代わりに、多額の金を要求されるとか」

「その程度だったらどんなに良かったか…」

「…違うってのか?」

「この世界には無いお金。もしくは、同等の対価」


 籠瀬は、納得の表情。


「だから、か……血を吐いて三か月後、彼女は死んだ。同等の対価ってのを踏まえると、証拠品の代わりに、命を差し出したってか…」


 資料を片付け、翔子に顔を近づける。


「俺が出せる情報はここまでだ。で、お前は他にどんな情報を持っている? 会った事があるんだ、在るんだろ? とんでもないスクープが」

「……彼は自分の事を、エクスキューターと名乗っていました。そして、ただの商人とも」

「エクスキューター? 確か、執行者って意味か? だとするなら、何らかの組織か場所に所属していて、裏切り者や邪魔者を消すのが役割? なんかしっくり来ないな…」

「商人と言っていたので、多分、何らかの商品を扱っていて、それを盗んだ者から取り戻すのが役割…と、思います」

「どんな商品か思い当たる節は?」

「私が知っているのは、警察に関わる秘匿情報です」

「う~む、警察関係の情報屋組織なのか?」

「私は、もっと凄い物も扱っていると思います。想像もできない物を…」


 ドンドンと受付嬢が机を鳴らす音が聞こえる。籠瀬は、困り果てた表情で様子を窺いながら、翔子に携帯電話番号を記載した名刺を渡す。


「…悪いが今日はもう時間が無い。決心が付いたら、連絡をくれ。お前が持つ手掛かりと会いたい」


 暴君たる受付嬢が現れ、丁重に翔子は追い出された。



 沢山の観光客の集まるレストランで、翔子は一人コーヒーを飲んでいた。周りには声が氾濫している。子どものはしゃぐ声、怒鳴る親の声、ツアー客の喧騒。誰が何を喋ってるか気にするような空間ではない。


「何の用だ?」


 生気を失った隼士が、翔子の前に現れる。


「どうやってエクスキューターと接触したの?」

「……聞いてどうする? お前も取引するつもりか?」

「うん。それしか、今の状況をスッキリさせる方法が無いの」


 隼士は、乱暴に椅子に座り、翔子が飲んでいたコーヒーを奪う。


「教えてやっても良いが、その代わり、俺が何を失ったのか教えてくれ。あの日から苦しくて堪らん」

「……警察の機密、だと思う」

「そうか、そんなモノを…」


 隼士に、悔しがる様子は無い。納得してるからか、諦められたからか、レストランに来た時よりも明るい表情を見せている。


「奴の名は、古石榊。正真正銘の本名、これだけで探し出せるだろ?」


 立ち去ろうとする隼士の腕を素早く掴む。


「そこに行っても、資格は得られないでしょ?」

「…お前!」

「資格がある者だけが、本当の意味で取引できる。違う?」

「まさか、自分で気づいたのか?」

「そんな事より、どうなの? 資格は必要?」

「…お前が欲しい物だったら、エクスキューターに頼めば難なく買える。別に資格は要らない」

「だったら、どんな時に必要になるの?」

「エクスキューターが倫理的な理由で売らない商品が欲しい時ぐらいだ」

「倫理的って?」

「人身売買に近い物だ。腕や足、肺や心臓、その辺だ」


 翔子にとっては、興味のない物。資格は必要ではない。しかし、翔子の後ろの席で話を聞いていた者は興味深げに耳を傾ける。


「まぁ、その前に、誰でも資格を得られる訳ではない。選ばれた一部の者が、フォーチュンマーケットを訪れた際に与えられる」

「フォーチュンマーケット?」

「誰もが知っていて、誰もが忘れてしまう場所にある…」


 翔子の腕を払い退け、隼士はレストランを後にした。


「……これで良かったですか?」


 翔子の呟きに反応し、後ろの席から籠瀬が姿を現す。書き留めたメモを見ながら、少し不気味にほくそ笑む。


「ありがとう! これで一歩近づけた!」

「この後はどうするつもりですか? 私は、榊さんに会いに行こうと思っています」

「それも良さそうだな。俺は、少し考えさせてもらう…」



 その日の夜。

 翔子は、お風呂で温もった体を布団に預け、クラシックを聴きながら穏やかな時間を過ごしていた。スマホでニュース記事を漁り、発砲事件について扱っていないか改めて調べる。やはり、SNSを含め扱っている場所は無い。警察の隠蔽は以前効力を発揮中。ふと、殺された同僚を思い出す。剛毅で、優しく、曲がった事は一切しない。翔子と研一の結婚話を一番喜んでいた。そんな人を自分の欲望の為に無視している。後ろめたい気持ちが今更ながら沸々湧いてくる。もし、フォーチュンマーケットで資格を得られたなら、彼を生き返らせる事が出来るのだろうか? 出来るなら、やってみたい。

 突然、誰かから電話がかかって来る。設定した覚えのない着信音に怯えつつも、不思議な気持ちに押され取ってしまう。


「ようこそ、此処は全てが手に入る場所。さぁ、貴方の御用件は?」


 目の前に榊が立っている。


「どうして……此処に?」

「それは僕のセリフだよ。どうして此処に来たのかな?」


 周りを見渡す。何処までも真っ直ぐ伸びる通路の脇に、天までそびえる大きな棚。並べられているのは、マタニティ用品やベビー用品。それらに混じって、顔写真が張り付けられた箱が置かれている。翔子は、箱に近づいて顔写真を確認する。あまりの事に腰を抜かす。


「お、お母さん!」


 榊は、並べられた箱の中から一つを選び、翔子に渡す。左側面に、『頑固者を説得する切り札』と書かれている。


「この商品が君を呼んだみたいだね。そんな事もあるんだ…」

「もしかして、此処って…」

「フォーチュンマーケット。人に纏わる全てが売買される場所」


 翔子の手には、青い資格カードが握られていた。

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