第57話 これからも一緒に

 季節はもう冬になって、期末テストの結果が返りつつある。

 今だってそうだ。


「やったあ~、赤点は免れたぜ。これで冬休みは楽勝だあ!」


「うえっ、これ絶対追試か補講だわ。やべえ」


「えっ、すごいじゃん85点って!?」


 悲喜こもごもの声が乱れ飛ぶ中、俺も先生から答案を受け取った。

 国語は……92点か。

 しばらく学校を休むようなことはあったけれど、安君にノートを借りたり、予備校に真面目に通うなりして、どうにか追いつけたようだ。


 菜摘と真友が答案を見せ合って、笑い合っている。

 きっと彼女たちも、いい点だったんだろう。


 これで二学期の大きなイベントも終わりを迎える。

 後は成績表をもらって終業式に出て、冬休みを迎えるばかりだ。


 そんな中で、流星からメッセージが届いた。


『放課後にでも、二人で話しがしたい』


 何の用事なんだろう?

 こういう場合って、きっといいことか良くないことか。

 そんなことが多い。


 期待と不安とを同時に味わいながら、今日一日の授業を終えた。

 約束をしていた校舎の屋上へ足を運ぶと、流星はもうそこにいた。


 冬の寒空は薄く曇っているけれど、澄んだ空気を通して、街の遠く先まで見渡すことができる。

 微かに行きすぎる風が頬を撫でて、冷たく感じる。


「よう。わざわざ来てもらって悪いな」


「ううん。全然いいよ」


 超イケメンで陸上で期待されている流星と、目立たない平凡な俺、こうして二人で話すようになるなんて、少し前までは全く想像もできなかった。

 菜摘と偶然出会った花火の日、そこから俺の日常は、少しずつ変わっていったのかもしれない。


「実は俺さ、菜摘に告白していたんだよ」


 その言葉は、俺の小さな心臓を跳ねさせるには十分だった。

 菜摘から、そのことは聞いていた。

 けれど今ここで、本人の口から耳にするとは。


「そうなんだ……菜摘のことが好きなんだな?」


「ああ。それでさ、クリスマスを一緒に過ごさないかって話したんだよ。そしたら、断られちまった」


「……そっか……それは、残念だったね……」


 なんと言葉をかけたらいいんだろう。

 こんな相談なんてされたことはないし。

 それに俺の中で、いろんな感情がうごめいていて。


 流星は笑顔だ。

 けれど、落ち込んでいないはずはない。

 そんなに軽い気持ちではなかったはずだから。


 そんな友達を思う気持ちと、どこかほっとしたような……

 そして、そんな俺自身に対する罪悪感……

 決して、友達の不幸を、嬉しく思っているつもりはないはずだけど。


「それにな、こうも言われたんだよ。他に一緒に過ごしたい人がいるってな」


「……そ、そう……?」


 流星は空を仰いでから、俺の方に向き直った。


 俺はずっと、菜摘の気持ちは流星に向いているんだと思っていた。

 とすると、また真友に気を使って、断ったのだろうか?

 あり得ない話ではない。


「がんばれよ礼司。菜摘のことをよろしくな」


「……え? な、何を言ってるんだよ、流星?」


「だってよ、菜摘が他に一緒に過ごしたい奴って、お前しかいないじゃないか」


 え……? なんだよ、それ……

 流星の誘いを断って、別の相手が、俺……?


「それは……そんなの、まだ分からないじゃないか……」


「お前……本気でそう言っているんなら、とんでもない大馬鹿者だぞ。そんなの周りから見たら、丸分かりじゃないか」


 そう……なのかな?

 確かに、仲はよくなったと思うけど。

 短い時間だったけれど、色々なことがあったから。

 たくさんしゃべって、一緒に学校から帰って、身を寄せ合ったことだってあった。

 秋の自然に包まれた里で一緒に過ごした時間は、心が落ち着いて楽しかった。

 

 菜摘も、楽しいと思ってくれていたのかな。

 そんなことは思ってしまうけど。


「俺だって馬鹿じゃないから、ダメかなって思ってたよ。でも、これでスッキリしたさ。あ、けど、スキー旅行には、予定通り行くからな?」


「あ、うん、それは……」


 年が明けたら俺の実家に行って、スキー場で遊ぼうって、4人で約束をしている。

 もう父さんや母さんの了解も、もらっているんだ。


「まあそういうことだ。でもできるだけ、今までと変わらずによろしくな」


「あ、ああ、それはもちろん……」


 正直言って混乱している。


 菜摘は真友、流星との関係を大事にしたいって話していた。

 だから、真友の流星への想いを見守りたいとも思っていたし、流星からの告白にもはっきりと返事ができなかったはず。

 何かが変わると全部が壊れてしまう、かつて味わったそんな経験を、もうしたくなかったから。


 でも、ずっと黙っている訳にはいかないから、流星にはそう返事をしたのだろう。

 だとすると、俺が言えるのは、言いたいのは……


「流星、何があっても、俺たち四人は友達だ。これからもよろしくな」


「……ああ、もちろんだ。これからもよろしくな、礼司」


 イケメンの爽やかな笑顔と、凡夫キャラの不器用な笑い顔とが交錯する冬の午後。

 雲間に滲む太陽は、もう西の空に顔を隠しつつあった。


 流星とは別れて教室に戻ると、そこにはまだ菜摘と真友がいた。


「あ、礼司。どこに行ってたの?」


 真友が丸い目を向けて、明るい声をくれる。


「流星と二人で話していたんだよ。あいつももう帰るって」


「そっか。今日は部活はないのかな?」


「ああ、そうみたいだよ。今教室に戻って行ったよ」


「そんなんだ……じゃあ菜摘、私もう行くね?」


「うん。また明日ね」


 さっと鞄を抱えて、そそくさとこの場を立ち去る真友。

 きっとこれから、流星の後を追うのだろう。

 こういうところは、彼女だって分かりやすい。


「私たちも、帰ろうか……?」


「うん、そうしよう」


 黄昏時の校庭を、冷たい北風が渡っていく。

 黒くて小さな鳥の群れが、大空を駆けていく。


「菜摘はさ、スノボは経験がないんだよね?」


「う、うん……だから、できるかどうか不安でさ」


「大丈夫。いざとなったら、転がりながら降りればいいから」


「何よそれ? そんなの楽しくないじゃん!?」


「いや、それはそれで楽しいよ。俺だって最初は雪まみれになって、滅茶苦茶時間をかけて滑っていたんだ。俺が一緒に付き添うからさ。白銀の景色は爽快だし、スキー場ってなぜか、カレーが滅茶苦茶美味しんだよ」


「あの、えっと、その前にさ……」


「ん?」


 なんだろ?

 恥ずかしそうに、両手の指をもにゅもにゅとさせている。


「あ、あのね……」


「うん、何?」


「クリスマスって、礼司は空いてる?」


 冬の空気は、冷たくて肌に痛い。

 でも俺の心の中は、どこまでもどこまでも熱くなって、ちょっぴり恥ずかしかった。



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(作者より、御礼とご挨拶です)


拙作をここまでお読み頂き誠にありがとうございました。

みなさまのお陰をもちまして、ここまで書き進めることができました。

このお話しは、一旦ここで区切りとさせて頂きます(これからどうするかは、他の新作等とも一緒に考えていこうかとは思いますが、未定です)。


礼司と菜摘には、これからも同じ時間が待っています。

作者としても、二人の幸せや、他の登場人物の行く末を祈っています。


ここまで本当にありがとうございました。

またどこかでお会いできれば、嬉しく存じます。



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打ち上げ花火の夜に、クラスで一番気になる君と仲良くなった まさ @katsunoi

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