第10話

今まで自分がどれだけ幸せだったか思い知らされた。



こんな中で悠々と本を読んでいる人間がいたら、きっと腹立たしいことこの上ないだろうな。


あの時の男子高生もきっと、私の無神経な言葉に腹が立ったに違いない。



そう気持ちがへこんだ瞬間……、鞄の中に入れておいた本が人の波に掬われるように飛び出して床に落ちた。



あ!あれはお気に入りのやつ。


ブックカバーはしてあるけど踏まれたりして足跡が付くなんて死んでもやだ!



足元迄の距離はたいしてないはずなのに、体を自由に動かす事ができない今は異様に遠く感じる。



必死に屈んで一方は手すりを握り締め、もう一方の手を伸ばした指先に本が触れた。



途端、電車が大きく揺れた。



「きゃあっ!!」



強い力が掛かったことで手すりを握っていた私の手は離れて、体は宙に浮いた状態になってしまう。



思わず叫んだ私の手の上に、黒のローファーが見えた。



踏まれる?!

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