帰り道

第8話

うちの中学の近くにはテニスコートを併設した公園があって、テニス部はたまにそのコートを借りて部活練習を行なっている。


ソフトテニス部の練習を何度か覗き見に行っていた私は、マネージャー代わりに差し入れをすることもたまにあった。


そのおかげで今でもソフトテニス部の部員から声をかけられることがよくある。


今日も帰り道テニスコートを覗いていた。


矢崎くんは既に引退していたけれど、受験の息抜きに、たまにテニス部に顔を出していると聞いて、もしかしたらテニスをする姿が見られるかもしれないって思って。


矢崎くんはソフトテニス部の副キャプテンで、試合成績こそあまり良くはなかったみたいだけど、後輩からは結構慕われていた。


面倒見の良い彼を知ることができたのは、部活を覗き見てだ。



「春山先輩!」



人懐っこい声音に振り返れば、矢崎くんを慕って纏わり付く姿をよく見かけた後輩の和田 蓮(わだ れん)くん。


子犬みたいな尻尾を振る様が容易に想像できる男子。



「蓮くん、こんにちは」



笑顔で返せば、フル回転の尻尾が見える。


こんな風に寄ってくる子がいたら、邪険にはできないよね。


普段そっけない態度の矢崎くんも、彼が近寄ってきた時だけは微妙に口元が緩む。



「今、矢崎先輩コート出てるっすよ」


なにっ?


嬉しい情報に、彼に促されるままコートに向かう。


パコーン、とボールを叩く音が響いて、それに視線を向ければ、まさに彼がラケットを振り下ろしたところだった。


学ランを脱いで、捲ったシャツから伸びる腕にはしなやかな筋肉がついている。


力強くラケットを振り下ろす様は、もう何度も見惚れてきた姿だ。


コートの外、並ぶベンチの1つに腰掛けて彼の姿を追う。


大きな彼が動くコートは狭く見えて、前後左右と走り回る彼を追うのはなかなか忙しい。


寒さを忘れる……とまでは言わないけれど、見ていることは苦痛ではないのだ。


寧ろ、幸せ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る