清く、繋がる
誰も気づかなかった。
誰も分からなかった。
誰も知らなかった。
○○○
「丸沢、卒業式まで10秒前か」
「ごめんなさーい!」
「蒼、懲りないなー」
「きみたちが早すぎるんだよ」
卒業式の教壇の横に飾られた
「伊丘」と書かれた花屋の看板。
その下に、アヤメやオミナエシ、ガーベラ、スイートピーなどで彩られた花束。
カードには
【優しい記憶を忘れず、希望に満ちて、常に前進し、素晴らしい門出を。】
とても彼らしいな。
もう会うことはなくなってしまうけれど、
最後まで、卒業まで、見守ってくれている気がした。
「蒼ー、撮るよ!」
「はーい」
「はい、チーズ!」
○○○
「すみません、今日のおすすめの花はなんですかー?」
若い女の人の声が聞こえる。
今日も、毎日幸せの匂いを感じる。
「今日はやっぱり、オミナエシですよ」
「わあ、綺麗。花言葉は?」
「"親切""約束を守る"儚い恋"って感じです」
「さすが、詳しいですね〜」
「花屋ですから。」
優しい雰囲気の中、笑い声が少し響く。
やっぱり、花屋始めて良かった。
人の幸せな瞬間に立ち会えるんだから。
「じゃあ、オミナエシ5本ほどください」
「はい、少々お待ちください。」
今頃、卒業式かな。
送った花、みんな気に入ってくれるだろうか。
素敵な卒業式にしてほしい。
そう思っているうちに、プルル、と電話がなる。
手を止めて、受話器を握った。
「海里ー、お花ください!」
店内に響きそうな元気な声に、思わず微笑む。
「ちょっと待ってね、今日は?」
「生徒の子に送る花!次で最後なの!」
「じゃあ、スイートピーかな」
「それで!」
もうほとんど会うことは無いけれど
お互いの幸せを願って、こーやって話す。
「また、送るね」
「うん!ありがと!」
○○○
「この子、学校に行けるようになったんです」
「先生、ありがとう!」
人生で、いちばん嬉しい瞬間だった。
精神的な体調不良による不登校。
病院に通院する形での相談で、最初は心を開いてくれなかったけど、熱心に話を聞いて、話してしてたお陰で、なんと1人登校できるようになった!
本当に嬉しい。
私が力になれたなんて…。
「私じゃなくて、頑張ったのはこの子です!」
「お母さん、うんっと褒めてあげてください!」
幸せそうに笑う2人に、こっちまで笑顔になる。
そうだ、花束を送ろう。
海里ならきっと、一番似合う花を選んでくれる。
そして、晴夏にも報告しよう。
きっと、自分の事のように喜んでくれるから。
「またね!」
「次もお願いします!」
「またねー!」
○○○
「すごいな、舞」
ついに1人、完全に復活させられたらしい。
まだカウンセラーになって1年くらいなのに、本当に早い。
人の心をつかむのが上手いのかな。
「センセー、ここわかんないー」
目の前にいる2人の生徒。
不登校ではないけど、悩みを抱えている生徒だ。
「はーい、どこ?」
「先生、僕もここ…」
「あー2人とも一緒だ、ここはね…」
保健室の隣にあるカウンセリングルームで、クラスに行きたくない2人の勉強を見ている。
保健室は体調不良の人が基本いくようにしているから、ここが保健室登校のための部屋みたいなものだ。
「!」
「センセー!解けた!」
「えっ、はや」
「すごいな、よくできたね」
「センセー教えるの上手いもん〜」
「そう?」
「うん、誰かに教えてた?」
「あー、教えてたよ」
「その子が高3の時に」
「え、じゃあ今は…大学2年生?」
「かな」
「もう会ってないの?」
「うん、大学生の時に一瞬会ったけど、それっきり」
まあ、あの子のことだ。
元気にしてるだろうな。
「唄片瀬大学だよね?お姉ちゃん行ってるよ」
「たしか、大学2年生で心理だから知ってるかも!」
「へぇ、そうなんだ」
「聞いとこうか?」
「ううん、いいよ」
「センセー、会いたくないの?」
「うん、いいんだよ」
「ほら、国語」
「出会いは別れの始まり?」
「うん、ほら国語苦手でしょ」
「うっ、」
元気ならいい。
それだけで、十分。
ネコのストラップが、少しだけ揺れた気がした。
「次はココね」
○○○
「浅伊野さん、実習研究まとめてくれない?」
「はい!」
忙しくて、騒がしい毎日。
でも、楽しい。
この仕事になれて、本当に良かった。
「佐藤さん、こっち来てください」
「あ、あの、あ、」
「?」
「ほ、ほ、あ、」
「佐藤さん?」
あれ、補聴器付けてない。
落としたのかな。
直ぐに手話で「補聴器拾う」と伝えて
床を探し始めた。
ない、ない……。
どこ……?
キラッ。
何かが光った。
その先に目を向けると
「あっ、あった」
青いバラのキーホルダーの横に、無造作に落ちている補聴器があった。
よかった……。
「佐藤さん、これ」
そう言って手渡すと、佐藤さんの不安げな表情から、笑顔が生まれた。
そして直ぐにつけ、「ありがとう」と手話された。
この瞬間が、とても誇らしい。
「ありがとね、キーホルダー」
光に反射したキーホルダーが
とても頼もしい。
もう会うことは無いけれど、思い出となって私をまだ支えてくれる。
さて、また春に報告しようかな。
「浅伊野さーん」
「今行きます!」
○○○
「おー、頑張ってんな」
琴葉から来たメッセージを見ながら、片手のバスケットボールを磨く。
去年から東京の大学に行きながら、大学生のバスケチームで活動している。
結構でかい大会でも優勝するほどの強豪だ。
「【俺も次の大会出るからみんなと見ててくれよ】っと」
地元と上京組で別れた元向源高校バスケ部は、今でも交流を続けている。
琴葉もその1人。
「あ、春次風呂ー」
「おー、あ、なあうちのバスケ部あるじゃん?」
「おう」
「そーいえば今度唄片瀬大学と練習試合するらしいぜ」
「お!いいじゃん。どこ情報?」
「ん?後輩〜、つってももう卒業だろうけど」
「そーいえば卒業シーズンだもんな」
「…ってことは、地元?」
「そー、元気してっかな」
○○○
「おーい姉貴、向源高校の過去問どこ?」
「あー、そこの黄色い箱に入れてるよ」
「姉貴ー、遊ぼーぜ」
「姉貴はこの前卒業したばっかなんですが」
「いいじゃん!バスケしたい!」
「えー、いいけど……あ、」
「?」
「そーいえば、今度、2年前によく遊んでくれてた照山春がテレビの試合に出るらしいよ」
「まじで!みる!」
すっかり影響されちゃって。
にしても凄いなぁ、私も頑張らないと。
「今年から私も唄片瀬大学心理学部だし」
「小説家目指して頑張ろ!」
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