切なく、繋がる



 よく隣の席になる彼。

だいたいみんな、席は定位置になっていくから、それで隣になるんだろう。

 でも、話してみたい。

いつもイヤホンをしているワケを聞いてみたい

マッシュヘアにしたワケも聞いてみたい

たまに寝かけてるワケも聞いてみたい

カバンについてる猫のストラップの買ったところを聞いてみたい

よく海里の花屋を眺めてる訳を聞いてみたい

 そう思って、話しかけてみたら


「えー、と。冴島晴夏、です」

「イヤホンじゃなくて、補聴器。」

「………補聴器?」


 とんでもない勘違いをしていことがわかりました。

 そんなこんなで話すようになって、もう1ヶ月が経っている。


「晴夏ー、子ども心理の講義とってるー?」

「うん、とってるよ」

「一緒に行こ!」

「いこ」


 講義が被るときは、よく一緒に移動するようになった。

彼は、結構子ども関連の講義を取っているから、多分教師になりたいのかな?


「晴夏って子ども関連の心理よくとるよねー」

「教師になりたいの?」

「うん、俺は心理カウンセラーになりたい」

「カウンセラー?」

「うん、心理カウンセラー。できれば学校系の」


 晴夏に聞くところによると、スクールカウンセラーという心理カウンセラーの仕事になりたいらしい。

 昔、補聴器をしてることからイジメられていて、そのときに相談に乗ってもらって悩みがなくなってからは、ずっと目指し続けてるんだとか。


「すごいねー晴夏!ちゃんと将来の夢決まってるんだ!」

「舞は、決まってないの?」

「まだ全然!」

「じゃあ、俺と心理カウンセラーとか目指してみる?結構大変だけど」

「うーんそーだなー、調べてみる!」

「うん、そうしな」


 それから、私は大学で少し残って調べてみた。

公認心理師・臨床心理士・スクールカウンセラー・産業カウンセラー…など、結構な種類があるらしい。

 その中でも気になったのは、やっぱりスクールカウンセラーだった。

悩みを抱える少年少女たちの心を心理学を使って少しでも楽になるように導く、そんなシゴト。

 それに、私は心を掴まれてしまったみたいだ。

大学でその日はずっと、心理カウンセラーについて調べまくった。

なりたい。

この仕事に、なりたい。

晴夏と一緒に目指したい。

 そんな熱い思いを胸に、私は大学から出ていった。


 晴夏に、私も目指すこと、言ってみよう。

きっと、応援してくれるだろうから。


明日の講義が、とても楽しみになっていた。



◯◯◯



 英単語帳を読む横顔が、とてもかっこよくみえる。

一定期間で読む参考書が変わることから、受験生だとわかった。


 それで、電車が揺れて

俺、冴島晴夏の持ってる大学の教科書が手から滑り落ちる。

 床に落ち、彼女の視線が足元にいく。

それから、拾われて、その目が見開かれた。


「ごめんなさい。俺のです」

「あ、すみません。どうぞ」


手渡される。

そして、躊躇いがちに、口が開かれた。


「もしかして、唄片瀬大学の人ですか?」

「はい、そうですけど…」

「あの、私、唄片瀬大学目指してて…」

「よれけば、色々教えてもらえませんか?」


そうして

通学の30分間、この浅伊野琴葉と話すようになった。



◯◯◯



「ひええー、テスト難しそう」


 今前回のテストの問題を見せている。

心理学部だからといって、決して簡単なわけではない。

分析やら実験やら科学的なものもあるから。


「琴葉は、なに目指してるんだっけ」

「社会福祉士!心理学部でもなれるって聞いて目指してる!」

「社会福祉士か、大変そう」

「でもお母さんもしてて憧れてるから、絶対になるよ!」

「そっか、がんばれ」

「もちろん!」


力強い笑顔を見せる琴葉。

 ここ2週間で、結構タメ口で喋るようになった。

人と仲良くなるのは、やっぱり大変だし、心理カウンセラーになるためのコミュニケーションの練習にもなるから

琴葉と出会えてよかったと思う。

元気だからパワーももらえるし。


「あ、そうだ!これ!」


 そう言って、カバンから何か取り出した琴葉。


「手、だして?」


そう言われて、素直に手を出すと

手の上に、ジト目黒猫のストラップが置かれた。


「これあげる!」

「…なに?これ」

「昨日ガチャガチャで見つけて、晴夏さんに合うなーって思ってさ!」

「だからあげる!」

「…こんなに可愛くないけどな」

「……え?かわいい…?」


かわいい…可愛いか?この猫…と、なにやら迷っているが

気にせず、下ろしたリュックにつけた。

それを見せる。


「これでいいかな」

「おーいいね!」

「ありがとう」

「じゃあ、かわりにこれあげる」


そう言って取り出したのは、いつも乗る駅の近くにある花屋で買った、青いバラのキーホルダー。


「え、いいの?」

「うん、受験生だし。プレゼント。」

「つけてみるね!」


少し後ろを向いて、いそいそとつける。

それから、付けたカバンを見せてきた。


「どう!」

「かっこいいと思う」

「よし、これで頑張るよ!」

「うん」


 それから、琴葉の降りる駅につく。

琴葉が立ち上がり、扉の前に立った。


「またね!」

「うん、またね」


電車が止まり、扉が開くと同時に出ていくのを見送り

ストラップのついたチャックを開けて教科書を出し、あともう少し先の駅に着くまで読むことにした。


それからも、通学の30分間は楽しみな時間となっている。


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