第31話 子供たちの為に

 新が娑婆世界に行っている間も、司は自分の志の為に活動していた。


 ミーティングルームに教育界の面々が集まっていた。

 学長、理事長などである。

 フォークが人脈を使って集めた様である。


「これだけの人をよくも集められましたね」

 司は彼をねぎらった。


 長年、教育関係の仕事に携わって来たフォークならではある。

 加えて、司の人となりを見知って置きたい好奇心が彼らをしてこの場に越させたと思われる。

 宮殿の外でも、突如現れた皇女たる彼女の噂が広まって居たに違いにない。


 司はフォークを従えて、しずしずと部屋に入って行った。




「お初にお目に掛かります。司です」


 居並ぶ面々は席を立ち首を垂れた。


「どうぞ、そう改まらすに楽にして下さい」


 司は軽く手を差し伸べて、着席を促した。

 彼女も席に着いた。


 長方形のテーブルの上座には司が、左右には面々が腰を据えている。

 司から見ればかなりの年配者ばかりだ。

 


「本来なら、私が皆さんの元に出向くべき所です。

 わざわざ足を運んで頂き申し訳なく思って居ます。

 そこでですが、

 本日は現状の教育に関する皆さんの率直な意見をお聞きしたく集まって貰いました」


 司は奥のプロジェクターの脇に控えていたトロットに目配せした。


 照明が落とされ、プロジェクターにトロットが集積したデーターが、間を置きながら次々に映し出されて行った。

 中には誰彼となく頷かせる項目も有った。



 不登校、虐めは言うに及ばず、教育制度自体の矛盾を匂わせる者から教師の不遇に関する事まで続いていた。


 一通りの映写が済むと、

 招かれた者の中から、この分野の重鎮を思わせる人物が司に向って口を開いた。


「司の宮様、これらの事を前にして、我々に何を強いるつもりですか?」

「その様な大層な事は考えて居りません。ただ、皆さんの中に歯がゆい思いをしている方が居られはしないかと~」

「ほう、歯がゆいとは意味深で在られる。率直に言わせて貰います」

「どうぞ」


 司は襟を正してその人物を凝視した。


「先ほどの諸課題を我々もしっかり認識しております。その上で、出来るかぎりの事を試行錯誤して参りました。ただ、その筋からの指導、ハッキリと申しますれば、圧力が掛り思う存分と云えないのが現状です」


 司は意を得たりと、

「そう、そこなんです。役人が現場の皆さんの手足を縛って居るのではありませんか。少なくとも、私はそう感じて居ます」

「無いとは言えませんが」

「この際、私が目指して事を告げて置きます。

 聞き慣れない言葉では有るでしょうが、四権分立、つまり、立法、司法、行政に加えて、どの役所、どの機関にも軽々に横やりを入れられない、干渉されない、教育における新たな組織を立ち上げようと考えて居ります」


 一同の間にざわめきが起きた。

 無理もない。

 これまで、長年に渡り、その役所に良い様にあしらわれて来て居たのである。

 教科書一つにしても、

『ここは削除、これはこう云う風に表現を改めて』

等、行政に都合の良いように仕向けられて来たのである。


 言って見れば、教育の現場は行政府の手足に成らざるを得なかったのだ。

 そこには、国家の繁栄と存続を頭とした趣が蔓延(はびこ)っていた。

 

 凡そ、児童生徒の幸福を重んじた教育政策は皆無に等しかった。

 全くもって、順序が逆で在ったのだ。

 その挙句が、現状の行き詰まりと化してしまっている。

 


 司はそれ等の事を熱を込めて伝えた。

 それぞれの顔に思いの程が覗われた。

 

『何を小生意気なことを~』

『どうせ、変わりはしない』

『お姫様の戯れだ』


 そんな反応が司の胸にひしひしと伝わって来ていた。


 そんな雰囲気の中、末席に居た一人の男性が声高に唱えた。


「面白い、挑戦するに値するのでは~。教育の根っこを政治の場から、広々とした世界に植え直すには今しか無いだろう。このままでは立ち枯れてしまうに違いない。後世に禍根を残すには忍びないし・・・と、私は思いますが~」


 司の眼にきらめきが現れた。

 初めは一人で良いのだ。

 やがて、一波が万波へと繋がって行くに違いない。

 いや、そうすべきなんだ。


「あなたは?」

「はい、アルファ学園の校長のチャーリーと申します」

「力強いお言葉を頂き、有難く思います」



 半ば重苦しい空気を漂わせたまま、今回の会合は幕を下ろした。


 立ち去ろうとしていたチャーリーに司は背後から声を掛けた。


「あの~、先ほどはどうも。日を改めてお会いしたいのですが、いかがでしょうか?」

「はい。今の所、司の宮の見方は私一人の様ですし、都合の良い時に連絡をして下さい。思う所を存分に話し合おうでは有りませんか」


 大した人物である。

 自分より遥か年下の、しかも、お嬢様という形容がふさわしい司に対して同じ目線で話をしている。

 末席に身を置いて居ても、いざとなれば口を惜しまない。

 誠の教育者とはこの様な人間を言うのであろうか。

 

 司は笑みを浮かべて、

「はい、是非、そのように~」


 司にしてみれば、小舟でもって大海原に漕ぎ出したようなものであった。

 




 





 

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