第27話 新の思いやり

 新とヒラリは娑婆世界で活動を始めた。


「ヒラリ、司の宮さまの頼まれ事をする前に、一つ、用事が有るんだ。君をこの部屋で一人にして置けないし、一緒に来るよね」

「えっ、何をするのですか。わくわくする事でしょうか?それとも、お父様の所ですか?」

「父さんの所には全てを済ましてから。この次、いつこっちに戻って来れるか分からないから、どうしても済ませて置きたいんだ」

「よろしくてよ。あっ、何処に行くかは言わないでね。その方が楽しみが増すと云うものです」

「分ったよ。なら、出かけるか」

「はい。あぁ~いよいよですね。娑婆世界デビューですわ」



 新はベッドの裏側に張り付けて置いた封筒を取り出した。

 ヒラリはそれを目で追っていた。

 それには、司が持参した幻のダイヤモンドを『蝮の銀次』の店で売りさばいた金が入って居る。

 どうやら、それを何処かに届けるらしい。


「何ですの、それ?」

「うん。届け物。今から行く先へのね」




 新とヒラリは急斜面の道を歩いて居た。


「何処まで登って行くのですか?」

「疲れた?」

「なんのこれしき。ただ、ゴールが分からないとね」


 新は足を止め、ある建物を指差した。

「あそこだよ」

「学び舎のようだけど~」

「菊生学園と言ってね、身寄りのない子供たちなんかが共同で暮らして居るんだ」

「こちらにもその様な所が有るのですね」

「こちらにもって?」

「ええ。元々、私と姉のキラリはそのような所で暮らして居たのです。それを、奥様が引き取って下さって。ほんとはね、一人で良かったそうですけど、姉妹を引き離すの心許ないと思われて~」

「へぇ~、そんな事が有ったんだ」

「丁度、司の宮さまのお相手を務める人を、女の子を探していたそうよ」

「そう云う事か。なるほどね~」

「引き取られてから、色々と武芸を習わされました。宮様の警護を兼ねてのことだったから」

「ふ~ん。見た目では分からないもんだね。二人に、そんなことが有ったなんてね」



 新は改めて姉妹の事を思いやった。

 彼自身も恵まれた家庭で育っては居なかった。

 三才の時に父親の忠が亡くなってから(実際は金色世界で生きて居たのだが)の暫くは母一人子一人の侘しい生活が続いて居た。

 母親が気丈でなければ、彼自身がこの菊生学園で寝起きをしていたかも知れない。

 ヒラリ姉妹の境遇の詳細は分からないが、新は胸の中に共鳴する何かを感じ取って居た。



 菊生学園に着くと、新は園長室を訪ねた。


「ご無沙汰しています。また、来ちゃいました」

「いつでも、歓迎しますよ」


 腰が曲がり始めた年頃の女性は笑みを浮かべて答えた。

「その方は?」

「はい。ちょっとしたプロジェクトの仲間です」

「ヒラリと申します。何分、この世界は初めてなのでよろしくお願いします」

「???」


 園長は首を傾げた。

 ヒラリの言い様がまずかったのか、

「うっうん!」

 新が咳ばらいをして場を繕った。


『だって、ホントの事だもの』

と、ヒラリは眼で訴えた。



 徐に園長が口を開いた。

「さて、もう直ぐ昼食ですけど、園児と一緒にどうですか?」

「わぁ~、楽しそう。こちらではどのような食事が出るのでしょう?」


とのヒラリの言葉を遮るように新は封筒を園長に差し出した。


「これを渡したら帰りますから~」

「又、ですか。気持ちは有難いんですけど~」

「これは後ろめたい物では有りませんから、どうか、受け取ってください」

「ダメだと言っても、どうせ、その辺に隠して行くのでしょう。・・・あっ、そうだ。珍しく、タケルくんも来ていますよ。あなたの仲間のね」

「違いますよ。僕たちは仲間では在りません。この前も言ったでしょ、情報を交換して居るだけだって」

「同じことですよ。食事は大勢の方が楽しいものです。是非、ヒラリさんもご一緒に、ねっ」


 ヒラリは新の顔色を窺った。

 タケルからその後の事も聞きたかった新は、それならと頷いて見せた。



 食堂には幼児と低学年の児童たちが居た。

 年かさの園児はまだ学校に居るのだろう。

 ここではタケルは人気者だ。

 彼も又、新と同じ様にここを訪れる度に園児たちの好む者を持参して居た。

 


 新とタケルは同学年で有ったので幾度か同じクラスに成った事があった。

 生い立ち、性格は違って居ても二人には一つの共通点があった。

 互いが身に着けて居る者の殆どが貰い物であったのだ。

 学園には寄付と称して様々の物が送られて来る。

 衣服もそうである。

 方や、新も身に付けている物は母親が親しくしていた人たちから貰い受けた物ばかりであった。


 二人は妙に鼻が効いたようだ。

 相手の衣服が買い求めた物で無い事を直ぐに嗅ぎ分けた。

 少しひねくれた仲間意識を感じ出し、やがて、義賊に成ろうと口にし出した。

 月日が経って見ると二人は格下のコソ泥に成って居た。



 新とヒラリは並んで、その反対側に守タケル座っている。

 園児たちは職員と少し離れたテーブルで、時折、新たちをチラ見しては居たが差ほど気に掛けてはいないようだ。

 ただ、賑やかさは新たちにも伝わっ来ていた。


 新は箸を進めながらタケルに問いかけた。


「どうだ、銀次の動きは?」

「相変わらず、お前のアパートを見張って居るようだ。気付かなかったか?」

「うん。ヒラリ、可笑しな連中を見かけてないよね」

「えっ、人を笑わせる者の事ですか?」

「そっちじゃなくて、行動不審の輩(やから)の事だよ」

「さぁ、どうでしょう。これと言って~」

「だってよ」


 タケルの視線が時折ヒラリに注がれている。

 彼は思い切って、

「それで、その子は何処の誰?この前の子は何処かのお姫様みたいなことを言ってたけど~」

「あれっ、言ってなかったっけ?」

「聞いて無いな」


 ヒラリは興味津々で運んでいた箸を止めた。

 自分の事が囁かれ始めたからだろう。

 口もとの動きもたどたどしく成って来た。


「この子は、と言っても僕らより年上だけど・・・」


 ヒラリに睨まれた新は言葉を詰まらせた。

 彼女は自分から話し出した。


「私は司の宮さまに仕えているヒラリです。お分かり?」

「司のって、この前の人だよね。てことは、この子・・・この人もあっちの人なんだ」

「そう云う事だ」

「おい、おい、大丈夫なのか。頻繁に連れて来て。今まで、こんな事はなかっただろ」

「うん。事情があってな」

「どんな事情か知らないが、あっちとこっちを行き来するのにはリスクが伴うって言ってなかったか」

「しぃ~」


 新は守の話を遮った。

 ヒラリに聞かれたくなかったからだ。

 尤も、彼女が気にする気配はなかった。


 

 昼食を終えると、タケルとヒラリは園児たちと中庭で戯れ始めた。

 新は園長と向かい合って何やら話し始めた。


「園長は昔は先生をしてたんですよね?」

「ええ、小学校のね」

「なら、聞きたい事が有るんでけど~」

「なんなりと、応えられる範囲でなら~」

「当時も虐めや不登校が有ったでしょ?」

「今ほどでも無いけどね」


「そんな時はどうしてましたか?」

「変な質問ですね。あなたが教育に興味を持って居たとは思えませんが~」

「さっきも、チラッと言ったプロジェクトが教育に関する事なんです」

「まぁ、あなたがその様な事に携わっているとは思いも寄りませんでした。陽の当たる場所でのお仕事は成りよりですね」

「回りくどい言い方をしなくても~。まぁ、そんな事に成ってしまった訳です」


 園長は一呼吸すると、自身の思う所を話し始めた。

「虐めであれ、不登校であれ、必ず原因が在る筈です。

 まず、虐めには加害者と被害者がいる訳で、大抵はその間に誤解や差別意識が生まれて居ます。誤解は紐解けば案外、なんだ~で片付くけど、差別は根が深く簡単には解消されません。

 では、どうすれば良いでしょうか?」

「えっ、僕に聞かれても~」


「新、あなたも差別されて来たでしょう。タケルくんから聞いてますよ」

「僕の場合は僕自身が偏見を持って居ただけで、取り越し苦労みたいなもんでした」

「そうでしたか。なんにせよ、誰もに違いは有ります。その違いを受け入れる事が出来ず、やがて、それが火種となって虐めへと向かって行くように思えます。


 ここで大切な事は、違いを認識しそれを受け入れられる程の心の素養が育まれているかどうかという事です。

 尤も、それを育てるのは親や教育者の務めですけどね。・・・」


 園長は少し間を置いて、

「実のところは大人の社会が互いの尊厳を認めあい、思いやりに満ちて居れば子供たちもその様に成長する筈です。子供の世界は大人のそれの縮図なのですから~。


 その根本的な課題をなおざりにして、言わば、傷口が裂け血が噴き出しているのに、絆創膏を何枚も張り付けて居るのが現状の教育だと私は思います。

 そして何よりも、社会の為の教育では無く、子供の幸せの為の教育を目指すべきです。

 横一列に成って『ようい、ドン!』と子供たちを走らせてたとして、どうしても早い子、遅い子がいる訳で、同じようにそれぞれの個性に合わせて成長を育んで行くべきです。・・・」


 園長は長々と話した後、

「そうだ。確かその頃の日記が有った筈です。なんなら、貸してあげましょうか?」

「良いんですか?」

「構いません。次に来た時に戻して貰えれば。それに、殆どの事は頭の中に仕舞って有りますから~」


 園長は新を伴い自室に向かった。

 中庭からヒラリやタケル、加えて園児たちの声が入り混じって聞こえて来ている。



「どうぞ、これです」

「良いんですか、預かっても」

「何かの役に立つのであれば、それに越したことは有りません」

「それにしても、随分ありますね」


 大学ノート10冊近くに時折々の記憶が刻まれている。

 その中には、当時の教育現場での様々な問題、そして、それにどの様に対処したかが書かれて在る。

 そのまま戸棚に眠らせて置くのは勿体ない事では有る。

 今、現実に児童生徒と向き合っている教員が目にすることによってこそ、その価値が功を生ずるのでは無いだろうか。



 新とヒラリは菊水学園を後にした。

 タケルはもう少し居るようだ。


 彼は別れ際に、

「後で部屋に寄るから~、暫くはこっちに居るんだろ?」


と何やら意味ありげな視線を新に投げかけた。

 彼の目論見も、やがて明らかに成るのだろう。

 



 



 

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