第17話 司 対 右大臣 

「司の宮様にお会いしたいのだが~」


 右大臣は腹心のリネットと牢番の二人を伴って、別塔の中に在る司の執務室に現れた。

 サドが対応に当たった。


「これは右大臣さま、わざわざ起こしとは如何なる用件で御座いましょうか?」

「それは、宮様にお会いしてから~」

「と、申されても~」

「ほう、もしかして、宮様はここに居られぬのか?」

「そ、それが宮様は取り込み中で~」

「右大臣のワシが直(じか)に来ておるのだぞ。幾ら宮様でも、こっちを優先すべきでは~」


 察しの通り、司は未だ別塔に戻り着いては居なかった。

 サドは頭を悩ましている。

 彼にしても司の現在地を知り得て居ないのだから~。

 宮殿に向っているのは確かなのだが。


「そう言えば、宮さまの取り巻きも目にしておらぬが~」

「あ、はい」


 右大臣は有無を言わさず、ぬけぬけとテーブルの椅子に腰かけた。

 梃子(てこ)でも動かぬつもりらしい。


と、そこへ、

「事前の連絡も無く、幾ら右大臣でも些か無礼では有りませんか?」


 司がぽつねんと一人で現れた。


「これは、宮様、失礼を致しました。何処ぞにお出かけでしたか?」

「そなたに、一々、私の行動を伝える義務はないかと~」

「これは手厳しい。未だ公(おおやけ)にはして居りませんが、宮殿の地下で騒ぎが在りまして、宮様が何事がご存じでないかと思いまかり越しました」


『やはり、怪しい。何らかの意図があって話を長引かそうとしているな』

とは、右大臣の腹の中で思案である。


『まだかしら~』

とは、司の胸の内である。

 キラリたちは着替えをしていた。

 司は既にカヤ族の屋敷に残して置いた服を居ていたが、キラリたちは黒装束のままであった。

 そのままでここに出て来れば、

『私たちが牢を破りました』

と、言うに等しくなる。


「宮様、どうかしましたか? 心、ここに非ずとお見受けしますが?」

「いえ、何も有りません」


とそこへ、

「宮様、何か不都合な事でも?」


と、言いながら衣服を改めたキラリが入って来た。


 すると、右大臣に伴って来ていた牢番がこぞって、

「こいつです」

「そうだ、確かにこいつが牢破りの中に~」


 右大臣はニンマリとして司に詰め寄った。

「だそうですよ。

 昨夜、宮殿の地下で騒ぎを起こした連中の一人がその女人だと申して居りますが、如何(いかが)致しましょうか。

 宮廷に上がったそうそう、その女人が騒ぎを起こしたとなれば、司の宮様にも何らかのお咎めが及ぶかもしれませんね。増してや、囚人を逃がしたとなると~」


「さぁ、どうでしょう。お前たち、確かにこの者が騒ぎを起こしたと言い切れるのですか?」


右大臣、

『往生際の悪い姫だこと』


牢番は、

「はい、間違いは有りません。なぁ~」

「そうとも、こいつは確かに居ました」


 司は毅然として、

「そうですか。地下の事はあまり良く知りませんが、ここの様な明るさだったのですか?」

「えっ、そりゃ~ここよりは暗かったですけど~」

「なら、少し暗くしてみますか。キラリ、カーテンを閉めて。サドは灯りをそれなりに暗くしてください」

「はい」

と応えたキラリはカーテンを閉めにかかったが、その際、カーテンの後ろ、部屋の死角に潜んで居たヒラリと入れ代わった。


「どうです、改めてこの者を見て、そうだと言い切れますか?」

「はい、確かに。なぁ~」

「うん」


「それは可笑しいですね。ヒラリ、カーテンを開けて、サドも灯りを元通りに~」


 カーテンが開けられ、部屋の灯りが元通りになると、

 キラリとヒラリが何喰わぬ顔で立ち並んでいた。


『えっ、これは一体?』

とは、右大臣たちの様子である。


 透かさず司は、

「先ほどは、右に居る者を騒ぎを起こした者と言ったばかりなのに、今度は左の者だと言う。どう云う事でしょうか?結局は、よく見えて居なかったのでは~」


 なるほど、司たちは宮殿に上がったばかりである。

 誰にせよ、司の顔はハッキリと知り得て居ても、キラリ、ヒラリと成れば見たとしてもチラッと、それもどちらか一方で在ったのだろう。

 まさか、うり二つの双子であったとは思いも及ばなかったに違いない。


 右大臣にすれば、確信を抱いて居たであろうが、ここは無理強いしても埒が明かないと見て取ったのか、


「さて、困ったことに成りましたな。証言とは厄介なモノで、先に言い切ってしまったからには、どうにもなりませんな。俄かに、その両名とは言えませんし・・・今日の所の軍配は司の宮様にお上げするしか無いようで」


「右大臣の言葉には棘が含まれて居るようですが、その様に引きさがって頂けるのなら、こちらとしては何も言う事は有りません」



 いつぞや、キラリが新に向って、

『見分けが付かない事で、幸いする事もある』

等と、言って居た事を思い出す。

 この場はそのお陰で、司に軍配が挙がった事に成る。



『うむ、とんだ失態を晒(さら)してしまった。次は首根っこを絞め付けてやるからな』

と計りながら、右大臣は部屋を後にした。



「奥様から聞いて居りましたが、ご無事で何よりです」

「サドにはとばっちりを掛けてしまいましたね」

「いいえ、奥さまの叱責には慣れて居りますので~」

「でなければ、務まりませんか?」


 キラリが口を挟んだ。

「さて、一先ずは落ち着きましたね。宮様」

「キラリ、ヒラリ。共に休んで下さい。昨夜からの疲れも有るでしょうから」

「新たちは大丈夫でしょうか?」

「餅は餅屋と言うでは有りませんか。それにしても、キラリが新を気遣うなど珍しい事ですね」

「えっ、私はただ~」

「もう良いですよ。このまま右大臣が引きさがるとは思えません。むしろ、これからが大変です。なにせ、戦線布告を露わにしたようなものですから」

「右大臣の後ろ盾となれば相応の人物の筈ですね」

「そう云う事に成ります。まさかとは思いますが~」


 司の脳裏に現皇帝が浮び上がって来た。

 現皇帝、司の叔父に当たる彼が右大臣と共謀して何かを計り、それを嗅ぎあげた新の父親の忠が投獄された。


 先ずは、前皇帝、司の父親の死因を突き止めなければ成らない。

『この国に不穏な動きが』となれば一番に覗われるのは皇帝の死去であろう。

 時期も重なって居る。


 皇帝が暗殺されたとなると、国家の一大事である。

 余程の証拠がない限り公には動けない。

 そこの所を把握して居るであろう人物と成れば一人しか居ない。

 忠と言葉を交わしていた宰相に事情を聞く事となる。

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