第16話 カヤ族の屋敷へ
カヤ族の屋敷の広間では使用人が腰を抜かして居た。
突然、司たちが現れたからだ。
彼らは肩を寄せ合って眠って居る。
「奥様~大変です!」
彼女の部屋に使用人が飛び込んで来た。
「何の騒ぎですか?」
「それが・・・司さまたちが広間に~」
その者は広間を指差したままで、後の言葉が出て来ない。
奥様はその一言である程度の憶測が出来たようだ。
「そう。新の仕業ね。参りましょう」
奥様が広間に来ると、まだ、眠気眼(ねむけまなこ)の司たちが思い思いに体を伸ばしていた。
「おはよう~で、良いのかしら?」
ヒラリが呟いた。
「多分ね」
キラリが応えた。
司はみなに目を配った。
やはり、新の父親の忠は肩で息をしている。
「お父様、大丈夫ですか?」
「なんの、これしき~」
広間に入りかけた奥様は耳にした司の言葉に不快感を覚えたようだ。
『お父様・・・?』
「宮殿で何か有ったのですか?」
司たちを前にして奥様が尋ねた。
「ええ、ほら、新のお父様が~」
奥様は見知らぬ忠に眼を細めている。
彼女は見かけで物事の判断はしないが、長らく地下牢に閉じ込めれていたが故に、忠の身なりは見るに堪えない者であった。
「一体、どう云う事ですか?」
「詳しい事は後で~。お分かりの事でしょうが、新のお父様は長らく宮殿の地下牢に閉じ込められて居たのです。少し、休ませてあげないと~」
「そうですか。なら、その様に~。司と新は私の部屋に。後の事は、キラリ、頼みますよ」
「はい、奥様」
司は地下牢での救出のあらましを奥様に伝えた。
「なんと、無謀な事を。サドからは何も聞いて居ませんよ」
「ごめんなさい。私が口止めしました」
「見たところ、誰も怪我をして居ないようですが、まかり間違えれば、どうなっていたことか~。新、あれほど言って置いたでは有りませんか。まぁ、気持ちは分からなくもないけど」
「すいません。居ても立っても居られなくて~」
「過ぎた事を荒立てるのも大人げないですね。今夜はゆるりとお父様と語り合えばよろしい。さがっても良いですよ」
「はい、ありがとうございます」
新は司を一瞥し部屋を去った。
気まずい雰囲気が叔母と姪の間に立ち込めた。
「さて、司、これからどうします。宮殿ではあなたの周りの者が右往左往して居る筈ですよ」
「明日、宮殿に戻ります」
「そうですか。その前に、私がサドから状況を聞いて置きます。・・・疲れたでしょう。詳しい話は明朝に聞く事にします」
「はい、叔母様」
司が部屋を出ると、キラリとヒラリが待ち構えて居た。
キラりが、
「奥様はお怒りに?」
「ええ、明日の朝はみんなして油を搾られる事でしょう」
「別に、悪い事はしてませんのにね」
「ヒラリ、あなたは口をつむっててね。話がややこしく成って仕舞うから~」
「お姉さま、随分ですね。まさか、手柄を独り占めにするつもりでは~」
キラリは今更ながらの呆れ顔で、
「あなたの、そのノー天気。一度でもいいから味わってみたいものだわ」
「?司の宮様、脳も晴れたり曇ったりするのものですか?」
『ぽか~ん』
さて、その頃、右大臣の屋敷では~。
「あれほど言って置いたのに、なんたる様(ざま)だ。
おいそれと囚人を逃がしよって!」
「申し訳ありません。おそらく、八葉蓮華の小太刀がモノを言ったようで」
「という事は、賊の一人はあの新と云う若造かも知れんな。他には~」
「はい。司の宮の配下の女人とおぼしき者が居たと言っております。後の者は黒ずくめで分かり兼ねるとの事です」
右大臣、ガボットは何やら思案を始めた。
「明日にでも、司の元に行く事にするか」
「はい」
「それでだ・・・、その女人を目にした者も連れて行くから、申し伝えて置け。分かったか」
「畏まりました」
夜が明けた。
カヤ族の屋敷の食堂では皆が顔を揃えていた。
慌ただしさもあってか、時刻は昼に近かった。
食事の前にと、新と忠の親子が席を立った。
忠が奥様に向って首を垂れ、新もそれに倣った。
忠が口を開いた。
「この度は、皆さまの力添えを頂き、この様に自由の身に成れました。心より、お礼を申します」
再び、親子は一同に向ってお辞儀をした。
奥様がそれに応じた。
「詳しい事は司から聞きました。なんにせよ、これまでのご苦労に敬服致します。縁もゆかりもとは言えませんが、この国の為にわざわざ危ない橋をお渡りに成ったのですね」
「その様に言って頂けると、これまでの苦汁が吹き飛んで行きます」
奥様は新を見やって、
「これで一つ、肩の荷が下りましたね」
「そう言って頂けると・・・でも、後先を考えずに司の宮さまたちを巻き込んでしまいました。お詫びします」
「ほう、何時から新はその様に神妙に成ったのですか。つい最近までは、巷(ちまた)のごろつきの様でしたけど~」
やはり、奥様の機嫌は良くない。
夕べから司の口調も気に掛かるらしい。
司は口添えをせずには居られないようだ。
「叔母さま、私、それにキラリもヒラリも自分の意志で新と行動を共にしたのです。新に辛(つら)く当たらないで下さい」
しばし場が静まった。
「さぁ、食事にしましょう。後始末が待っています」
午後過ぎにそれぞれの概ねの計画が整った。
言うに及ばず司は宮殿にキラリ、ヒラリをを伴って戻る事と成った。
新は一先ず父親の忠を娑婆世界へ送り届けるようだ。
忠は一人で大丈夫だと言い張ったが、新は頑として譲らなかった。
トンボ返りで有ろうが、一時は新と司が離れ離れになる。
元居た司の部屋で二人はしばしの別れを前にして、
「新、気を付けてね。あちらには『蝮(まむし)の銀次』が待ち構えて居るかも知れません」
「うん、司も気を付けて。右大臣はこの件を逆手に取って来るかも知れないよ」
「どう云う事なの?」
「先ずは、牢破りの詮索をする為に司の所に押しかけて来るだろう。右大臣も馬鹿じゃない。十数年間、何事もなかったのに、僕が現れて直ぐに牢が破られたのだからね」
「うん、そうよね」
「表ざたにはしないだろう、脛に傷が在るだろうから。でも、目をつぶってやる代わりにと何かを押し付けて来る可能性はあると思うよ」
「何かって?」
「さぁ、そこまでは分からないけど、あの狸っ腹(ぱら)に良からぬ事を抱えて居るに違いないから~」
「分かったわ」
「何であれ、即答は避けてお茶を濁すのが一番だ」
「新」
「なんだい?」
「そこまで気遣ってくれるのですね」
「そんな顔をするなよ。あっちに行き辛くなるから~」
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