41話

 

「ねぇ慎之介。約束、覚えてる?」


 風光明媚で、どこか神聖さを感じる湖の畔。目の前で、黒髪を高く結い上げた女性が儂に背を向けて立っている。


 その服装は儂が居た世界で、月の女神の巫女が着る、白い上着に赤い履物の正装を身に着けている。


(ここは、どこだろうか?儂は黒竜ゼルガンドと戦っていたはず。なぜ、儂が青年のころの姿でここに…?)


 キョロキョロと周りを見渡すが、儂が知る、月の女神の聖地と全く同じだ。


 湖の中央に屹立する女神像。この穏やかな風。森の匂い。すべてが懐かしい。


(今までの出来事は夢だったのか?それとも、今、この場いること自体が夢なのか?それに…)


 目の前にいる女性。その声は…まさか…。


「あ~!また上の空!いつもそうなんだから!」


 くるりと振り返った女性は、前の世界で早逝した妻、静香だった。


「…もぅ。大事な話なんだから、ちゃんと聞いてくれないと困るよ?」


 静香はその細く美しい指を儂の胸元に突きつけ、体を前に屈めてぐいぐいと儂に圧力をかけてくる。


「す…すまない…」


 ふふっと、静香は笑みをこぼし、再び振り返ると湖の畔を歩きだす。


 儂はそのまま、ゆっくりと後をついてく。


 彼女がいろんな話をしながら湖の畔を歩き、儂はそれを聞きながらゆっくりとついていく。


 これが儂と彼女の間で、とても大切な時間だった。


 しかし、今の彼女は何も喋らない。


「儂は、死んだのか…?ここは黄泉の世界か?」


 静香に問いかけてみるが、答えはない。


(やれやれ…。何かと不思議な現象に遭遇するが…。きちんと答えてくれた者はいない…か)


 禍つ神との戦いの後、謎の声にも返事をもらえなかったことを思い出して少し苦笑いをしてしまう。


 しばらく無言で畔を歩き続けると、ふと彼女の足が止まる。そしてくるりと振り返る。


「ね、約束、覚えてる?」


 再び同じ問いかけをしてくる静香。


 彼女との約束…。それは一緒に世界を旅しよう、というものだった。


「ふふっ。それも覚えてくれてるんだ?…嬉しいなぁ」


 彼女は手を組み、うーんと体を伸ばすと、ふっと力を抜く。その顔は少し拗ねたような表情だ。


「もう…。もっと大切な約束だよ」


 もっと大切な?…思い出せない。


 儂はその場で腕を組み、何とか思い出そうと頭をひねる。


 その様子を静香は面白そうな、仕方なさそうな表情で見ていたが、ジジッと音を立ててその姿が少し歪んだ気がした。


 静香は一度、空を見上げると、こちらへ顔を向ける。その顔は少し悲しそうだった。


「…そんな、こんなに早…じ…んが無…」


 彼女の優しく爽やかな声は妙な雑音が混じり、うまく聞き取れない。


「なんだ?うまく聞こえない!」


 つい、大声を上げてしまった。彼女との距離はわずか数歩。そんなに離れていない。


 その様子を見ていた静香は、何やら魔法の術式のようなものを描くと、真剣な表情をこちらに向け、寂しそうな笑顔になった。


「私を…ちゃんと…殺してね?」


 彼女の言葉は、今度はしっかりと聞こえた。


(なんだって…?静香を、殺す…?)


 馬鹿な、そんな事できるわけがない。


 儂は彼女に手を伸ばすが、透明な壁のようなものがあり、僅か数歩の距離を阻む。


「ふざけるな!!何を言ってるんだ!!理由を言え!!!」


 静香との間を阻む壁を何度も叩くが、消えることはなかった。


(せっかくお前と会えたのに!話したいことが沢山あるんだ!!)


 すぐに手が届きそうな場所に、静香がいるのに手が届かない。


 いつのまにか、儂のいる場所は真っ暗になり、彼女がいる場所、そして彼女自身の体は砂のように崩れていった。


 最後は、いつも見ていた優しい笑顔を浮かべて…消えた。


「静香!!」


 儂の意識はすぐに闇に引き込まれた―――



 ◇◇◇



「静香!!!」


「おわぁ!!」


 気づくと、儂は大声を出しながら飛び起きていた。


「…こ…ここは?」


 少し呼吸を整え、部屋を見渡すと、どことなく見覚えがある。


 大きな叫び声が聞こえたほうを見ると、そこにはヴァリが、儂の声に驚いて目を見開いていた。


 儂のベッドから、1つ、空いたベッドを挟んだ場所で横になっていた。


「お~シノ、やっと起きたのさ~」


 向かい側のベッドには、レオが布団にもぐってこっちを見ていた。


 儂のベッドは部屋の奥まった所にあって、若干、隔離されているようにも見える。


「いや~、まじびっくりしたけど、目覚めてよかったぜ」


「ほんとさ~。こんなに寝続ける人なんて初めて見たさ~」


 レオとヴァリがそれぞれベッドの上で気楽な様子で話をしている。


「寝続けるって…どのくらいだ?」


「そうだな~。俺も目覚めたのが3日前だから…何日だ?」


 ヴァリはいまいち分からないといった風でレオを見る。


「大体5日さ~。さすがに寝すぎなのさ」


 布団に包まり、しっぽを振り振りしながらレオが答えた。


「5日…か。想定よりは短かったが、やっぱり反動は大きかったか…」


 体は重たく、寝ていたことで少々固くなっている部分はあるが、筋力などはそのままだ。手を握ったり開いたり、首を動かしたりとベッドの上で確かめる。


「おいおい…寝込むのを想定済みかよ?前の世界でも似たようなことが?」


 ヴァリは信じられないといった表情で儂を見ている。


「あぁ。儂が初めてあの技を使った時は、1ヶ月は目覚めなかった」


「いやいや、どんだけ負担が大きい技使ってるのさ~」


 レオも儂の話を聞いてドン引きといた表情だ。解せない。


「そういえば、さっきスゲー声で叫んでたけどさ、夢でも見てたのか?シズカって言ってたけど…」


 ヴァリが不思議そうな顔で儂を見る。


「…あぁ…、前の世界に住んでた時の儂の…妻だ」



「それにしても、レオとヴァリもこうして生きている…ということは、悪魔は無事倒せたんだな?」


 儂はメルフィアズとの戦いについて聞くと、想定を超えた返事が返ってきた。


「…いや、俺は死んだ」


「え!?」


 ヴァリの言葉に儂は思わず目が点になる。死んだ、と言っているのに、今、彼は生きている。


「あの悪魔はやっぱり強かったのさ。闘技場のやつも強かったけど…格が違うっていう感じだった」


 レオはがばっと布団から飛び出し、儂に思いっきり顔を近づけてくる。近い近い。少し落ち着いてと、彼女をなだめる。


「ヴァリはね、戦闘中にナディアを庇って、心臓ぶち抜かれちゃったのさ!」


 メルフィアズとは、エリオスを中心にタリムのゴーレム、ガルラの盾など組み合わせ防衛線を築き、他の悪魔に対処しながらもうまく戦えていたようだ。


 特にナディアの働きが秀逸で、メルフィアズや、他の悪魔の配置など見ながら的確に指示しつつ、一気に成長した支援魔法で悪魔との力の差をうまく縮めていたらしい。


 戦いも終盤に差し掛かったころ、メルフィアズがナディアを狙ってきて、それに気付いたヴァリが彼女を庇ったという事だ。

 実際、その瞬間をヴァリは覚えていないというが、彼が目覚めた時は既に戦いが終わり、目の前に焔獅子えんじしの神官、セリナが座り込んで居たという。


 なんと、彼女の聖女としての加護による奇跡で、蘇生が叶ったということだ。


 ドラゴンに乗って飛来した謎の男を見て取り乱していたが、戦場に戻って支援を続けていったそうだ。


「本当、ヴァリって変なところで鼻が利くっていうか?ヴァリのおかげでナディアは助かったんだけど、それからも大変だったんだよ~」


 戦いの様子は後からエリオスとかに聞いてくれさ~!とレオは再び布団をかぶって潜った。


 メルフィアズは本当に強かったとしみじみ言っている。


 焔獅子えんじし『疾風と大地』かぜとだいち、そのほか冒険者やギレーの騎士団も果敢に戦ったが、少なくない犠牲が出たという。


 セリナの蘇生も必ずできるという事でもなく、むしろかなり確率の低いものらしい。


 戦場から逃げ出したことに責任を感じ、勇気を振り絞って戦場に戻ったとは、カリナ。


 なお、セリナはタリシアから逃れる為の仮名で、本当の名前はセリーヌということだ。


「…そうか。援護に行けなくて済まない」


「いやいや、何言ってんだよ。ゼルガンドのほうがやばかったと思うぜ。戦いの最中交代で休んでた時にちらっとお前達の戦い見たけど…あんなの1人で相手するなんて信じらんねぇ」


 ヴァリが大きな声で笑う。


「はは…。儂も皆と共に戦いたかったよ。正直、ギリギリだったから…。そういえば、エリオスさんや、他の戦ってた冒険者たちは?」


 この救護室は人気が少なく、時折前を通る使用人らしき人や、儂らのみしかいないことが少し気になった。


「あぁ、あの人達はすげぇよ。大怪我した人も居たんだけどな。回復魔法で治療を受けて、次の日にはピンピンして、すでにギルドに戻ってるよ。あれが最前線で戦ってる人たちなんだな…」


 今回の戦いに参加した者達はそれぞれ回復し、城壁の修復作業や、討伐依頼などに戻っているそうだ。冒険者が休むと困る人もいるからと。


 回復、治癒魔法も万能ではない。体の傷は塞ぐためには、魔法を受けるその人の体力を使う。


 軽い怪我程度であればたいした負担もないが、怪我の度合いが増すごとに回復時の負担は増えていく。


 儂もその話を聞いて驚いた。さすが、数々の修羅場を潜り抜けているだけあって、切り替えも早い。


 ヴァリ、レオ、まだ未成年の学園前衛組は体が成長しきっていないこともあり、ヴァリの蘇生後の経過観察の為にもこのまま1週間程度、缶詰と言われているらしい。


 レオは布団の中でずっとゴロゴロしていて、ヴァリはせっかくだから…と、目が覚めてからナディアに勧められた本を読んでいるそうだ。


「…でも、こうして 2人と無事に再会できてよかったよ。後はウル、ルーヴァル、タリム、ナディア…。皆の顔も見たいところだが…」


「~ノ~!!!」


 他のメンバーはどうしているかな?と思ったところで、入り口の向こうから聞きなれた声が聞こえてきた。


「シーノー!!!!起きたのだわ!?」


「シノさん!」


「シノ!」


「シノお兄様!!」


「ヴァウ!!!」


「ぶっ!!痛!!!」


 救護室の入り口からドドドッといつものメンバー入ってきた。ウルは儂の鳩尾にものすごい勢いで突っ込んでくる。


 ヴィクター王子や、ジョシュア、レグレイドにシェリダンも続けて救護室に入ってくる。


「バカバカバカ!!!あれ使ってこんなに長く寝込むなら先に言いなさいなのだわ!!死んだかと思ったのだわ!!!」


 ウルが恨みがましい目で儂の頭を叩く。


「あぁ~すまない。でも、皆無事でよかった」


 あの戦いから、時間的には数日しか経っていない。儂自身は寝ていたので、さっき起きたばかりだ。

 だが、とても長い時間、離れていたようにも感じる。


 ここに並ぶ面々が、激しい戦いを潜り抜けて、大きく成長しているように感じたことが、そういった錯覚を引き起こしたのかもしれない。


 皆であの戦いを乗り越えたことを喜びあった。



 ◇◇◇



 それから数か月。


 あの戦いに参加した身近な者達は、それぞれの道を歩んでいる。


 まず、焔獅子えんじしはパーティを解散した。


 メルフィアズとの戦いの中で最前線で戦い続けたガルラは、セリナ…改め聖女セリーヌの治癒魔法でも完治には至らぬほどの大怪我を受けて、冒険者の活動を引退することになった。


 聖女セリーヌは戦場に出たが、オープス平原に現れた謎の男に再会したことで、タリシア公国を追われた時の恐怖が蘇った。その影響で前線に出るのが難しくなり、カリナと共に前線を退く。

 セリーヌ自身、教会に戻ることは考えておらず、それならと、レグレイドからアイゼラの孤児院長を任されることになった。もちろん正体は隠して。


 怪我の影響はあるとはいえ、多少のならず者には負けることはないガルラと、カリナが護衛として彼女を支えている。



 多くのメンバーがチームから離脱したことで、焔獅子えんじしは2人だけのパーティとなった。



 オープス平原の戦いでメルフィアズを撃退したことで名が知られたエリオスとリーニャは多数のパーティからの勧誘があった。


 しかし、共にあの戦いを切り抜けた『疾風と大地』かぜとだいちのメンバーと共に新しいパーティを作った。


 その名は『蒼炎』。


 現在、メンバー全員がBランクに昇格し、王国内を回って今まで手付かずだった高難易度の依頼を次々と片付け、オーラリオン王国のみならず、他国にもその名が届き始めた。


 今、オーラリオンで最も勢いのあるパーティとして注目されている。






 そして、オープス平原の戦いの舞台となったギレー領。


 アイゼラの街は城壁の崩落、悪魔の襲撃等々、少なくないダメージを受けた。メルフィアズの合図に伴って、アイゼラの街内でも悪魔に変貌したもの達もいた。


 しかし、その損傷、被害自体はクレモスの比ではなく、100年前の大侵攻と呼ばれる災害を教訓としていることが十分に生かされていた。


 損傷は最低限に抑えられた…というべきだろう。既に城壁も元の形を取り戻している。



 この城壁周辺の戦いで大きな注目を浴びたのが、シャノンとサーシャの2人だった。


 シャノンは精霊の力を使い竜のブレスを防ぎ、ギレーとロヴァネの首脳を守った。


 サーシャは父、シェリダンとその執事共に悪魔に立ち向かい、大人顔負けの戦いを繰り広げていた。


 途中、魔力切れから回復したシャノンが合流した後は、悪魔達を次々と倒していった。


 その姿に、彼らの兄ジョシュアも大変驚いていた。


 彼らの実力に目を細めた父、シェリダンは、条件はあるものの、来年から冒険者として活動し、経験を積むように、と2人に伝えた。


 シャノンとサーシャは大喜びしていたそうだ。


 余談ではあるが、シャノンとサーシャの大立ち回りを見れなかったバルフォードは泣いて悔しがったそうだ。


 孫の雄姿をこの目に焼き付けたかった…と。






 一方、クレモス領は壊滅的な打撃を受けた。


 王族であるヴィクターは、第三王子カイルのについての報告と、戦いの結末を伝えるため、体の治療はほどほどに傷んだ体を押して、ジョシュアと共に王都へと戻る。


 その道中、クレモスの状況をを確認すると、それは惨憺たるものだった。


 クレモスの政治は空白状態となっており、僅か数日というのに治安機構が働いておらず、賊や質の悪い傭兵が好き放題にやっている状況が見て取れた。


 ヴィクターとジョシュアも道中幾度となく襲われたが、ギレー騎士団の護衛とともに何とか切り抜けた。


 この賊や傭兵は、グラニス・クレモスがギレーへの牽制のために、ギレーの小隊を襲われせるために雇っていたものだった。


 この状況を見過ごせるわけもないヴィクターは、王都に戻った後、王から兵を借り、クレモスの安定させるために動く。



 約一か月の時間がかかったものの、なんとかクレモス領内を鎮圧したヴィクターは、クレモス領を一時的な王都直轄領とすることを王より指示され、その運営を任される。


 まだ学生である彼には大きな負担になるのでは、と危惧されたが、目覚めたナディアの母、ステラを旗印として、友人のジョシュアと共にクレモスの政治を安定させることに尽力していた。


 オープス平原戦いに参加していた貴族は、クレモス領内の9割近くに上っていた。


 そのうちの7割が悪魔へと変貌し、生きてクレモスに戻ったものはごくわずか…という惨状だったそうだ。





 さて、儂らは…というと。


 学園の授業を受けながら、イレーネの研究室で精霊の力について議論したり、冒険者の活動を続けていた。


 あの戦いの後、それまでの慌ただしさが嘘のような穏やかな日々が続いていた。


 タリシア公国の工作が明らかになったことで王国内からタリシアの商人は消えた。


 現在、国として抗議をしているが、タリシアからの回答は無いという。


 まもなく、かの国に対して詰問の為の使節団が派遣されるという噂だ。





「いや~、Cランクの魔獣は手ごわいのが多いさ~!!楽しいさ~!!」


 レオが依頼の帰りに満面の笑みを浮かべている。しかし、見た目はボロボロだ。


 ヴァリ、レオ、タリム、ナディアはアイゼラでの悪魔討伐の実績を元に、特例としてC級まで冒険者ランクが昇格した。


 そのため、Cランクの依頼を受けることができるようになったのだが…。


 Cランクからは一筋縄ではいかない魔物、魔獣も増え、レオが1人で倒すのに苦労するケースも増えた。


「ふふ。シノ様に触発されるのはいいですが、レオはもっと防御の技術を磨かないといけませんね」


 儂がゼルガンドと戦っていたところがかなり刺激になったのか、1人で挑戦することにこだわっているのだが、生傷が絶えない。


 リセリアが仕方ないと笑いながらレオに回復魔法をかけている。


「でもさ~、シノは1人Bランクさ?早くしないとあっという間に差がついちゃうのさ!」


「シノさんはなんていうか…すごい人ですよね」


「そうだよなぁ~。もう驚きすぎて驚かねぇよ」


 そう。儂は1人、Bランクに引き上げられた。これはアイゼラのギルド長の判断という事だ。


 世界に7体しかいない知性をもった竜の1体を退けた実力者を低位ランクにしておけるわけがないとのことだった。


 儂としては、皆と一緒に進みたかったのだが…。


 あれだけ多くの人に見られていたらその実績に沿った評価をしないと、冒険者ギルドとしても困ってしまうとのことで、しぶしぶ受け入れた。


「この方は最初からぶっ飛んでましたもの。シノの秘密を聞いた時には開いた口が塞がりませんでしたが…」


 ナディアが諦念を含む表情で肩を竦めている。


「最近、皆の儂の扱いが軽くなっていないか?」


 儂は苦笑いする。オープス平原の戦いを経て、お互いの距離が縮まった証拠だろうと納得する。


 前を歩く皆を見ながら、儂は隣を歩くルーヴァルの頭をなでる。


「…あの竜にも会いに行かないといけないな」


「むしろあいつが会いに来いって言ってやりたいのだわ!散々迷惑をかけてきたのだから!」


「ワウ!」


 ウルが当時を思い出したのかカリカリしている。


 黒竜ゼルガンドは、ウルが開発した浄化の魔法をかけることで正常な意識を取り戻した。


 その感謝として、彼の巣に立ち寄ってほしいと招待されている。





 黒竜ゼルガンドはウルの見立て通り、瘴気を媒介にした何らかの術で無理やり狂化されていたようだ。


 逆鱗に突き刺さっていた魔石が起点となっていたようだが、どういった術かは分からないという。


 本来、ただの魔法であればゼルガンドにはほとんど効かない。


 それこそ、シノが精霊憑依の全力を叩きこみ、その身に纏う魔力の壁をはぎ取り、意識を失わせた時と同じようにして初めて、魔法の成功率があがるかどうか…といったところだ。


「適切な判断ができない、獣のような狂化状態であの強さ…。そして、正常な状態のゼルガンドを組み伏せ、強引に狂化させ従えた謎の男…いや、タリシア公国の王子レオニス…か」


 戦場に現れた謎の男の正体はセリーヌが知っていた。戦いから数日。儂が目覚めたこともあって、改めて、皆の前で話てくれた。


 タリシア公国の上級貴族の養子として忽然と現れ、あっと言う間に公国の王子としての地位に納まった少年だった…という。


 その少年はなぜか、突如セリーヌが生活していた教会を悪魔と共に襲撃したという。


 ゼルガンドによると、世界の周遊を終え、自身の巣に戻った所、レオニスが目の前に現れ、抵抗するまもなくあっという間に組み伏せられたという。


 そして、逆鱗に怪しげな気配を持つ魔石を埋め込まれた…ということだった。


「…あの男は得体が知れないのだわ。シノに似てる感じもするけど、正反対な感じもするのだわ…」


「あれから彼の姿を見ていない。次出会ったときは…戦うことになるかもしれないな」


 正直、彼の強さの底が見えなかった。それこそ、今の儂の命を全て使ったとしても、勝てる気がしない。


 あれだけ苦労したゼルガンドを簡単に組み伏せたというのだから、生半可な力では届かないだろう。


「腕を磨かないとな」


 儂は手を握りながら、改めて心に決める。


「わたしも、シノが満足いく力を出せるように色々と考えてみるのだわ!」




 ◇◇◇



 さらに数か月の時間が経過し、学園の生活がまもなく2年目を迎えようとしていた頃。


「おおおおーい!!!みんなー!!!!大変大変大変!!!どうしたらいいんだろう!!!!ねぇ!


 レオが慌てた様子で教室に駆け込んできた。大きく上げる手には封書があった。


「どうしたの?レオ。そんなに慌てて。まずは落ち着きなさい」


 ナディアがレオに落ち着くように促す。


 レオはゆっくりと深呼吸をすると少し落ち着いたのか、ふぅ、と一息つく。


「わ…私の…故郷に…だ…だ…」


「だ?」


 ヴァリがレオの言葉に首をかしげる。


迷宮ダンジョンができたみたいなのさ!!!」


 レオが叫ぶと、教室に一瞬の沈黙が満ち、そして。


「「「「「ええええ!!!?」」」」」


 教室にいたすべての生徒が、驚きの声を上げた。


 オーラリオンに存在しないと言われてた『迷宮ダンジョン』と呼ばれる場所が発見されたという。


 それも、レオの故郷の近くに。


 彼女が持つ手紙には、迷宮ダンジョンから魔物が増えて対処に困っているという、住民の切実な思い。


 そして、この事態に対処するために対応ができる人を連れてきてほしいとの願いが書かれていた。


「…みんなに…力を貸してほしいさ…」


 レオの種族はもともと戦闘な得意な種族だ。だが、貧しい村だから、短期ならまだしも、長期間戦い続けるのは難しい。


 この手紙が届くまでにかなり時間もたっているはずだから、すぐにでも行きたいとレオは言う。


「あ…あの…僕、行きます」


「俺もだ。是非手伝わせてくれ」


「もちろんわたくしもですわ。ヴィクター王子を通じて王宮にも知らせておきましょう」


 3人はすぐさまレオに応える。儂の返事も1つだ。


「もちろん、儂らも行く」


「当たり前なのだわっ!」


「ヴァウ!!」


 返事を聞いたレオの瞳にじわっと涙が浮かぶ。


「ありがとう…みんな」


 ナディアはレオを優しく抱きしめた。


(オーラリオンに存在しなかった迷宮が突然現れた…か)


儂は窓から真っ青な空を見上げる。そこには、白い月と、月であったものの残骸の白い影が見える。


なんとなく、何かに導かれるように、大きく運命が動いている予感を感じた。





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ここで一旦2章は終了です。

なろうで先行して更新してたのですが、家族の事情により休載しています。

2月をめどに再開と考えていましたが、まだ気持ちの整理がつかないので、しばらく更新をお休みします。


ここで打ち切ることも考えましたが、まだ書きたいことがあるので、良いタイミングで再開できればと思います。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

必ず、再開します。


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神斬りの大英雄 ニロクギア @26gear

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