異世界転生しようとするとどうなるのか?
「あーあ、何かの間違いで異世界に転生したりしないかなー」
メリヤと対面しているときに、ナオカはそう屈託のない声で呟きながら少し上を見ている。
「何を急に言っているんですか、ナオカさん……」
「いや、だってさ。異世界ってめちゃくちゃ楽しそうじゃん。私行ってみたいんだよね、異世界。それで冒険したり魔王を倒したりとかしたい」
ナオカがあまりにも突拍子ないことを表情ひとつ変えずに言うので、流石のメリヤも少し引き気味になる。
口元は笑ったままだったが、目からそれとなく焦っていることがわかる。
「でもそんなことしたら、こっちの世界にいるナオカさんは死んじゃいますよ?それに、このアパートの人たちとも2度と会えなくなっちゃうんですよ?それでもいいんですか?」
「いい。アパートのみんなと会えなくなるのは置いといても、私は死ぬのが怖くない」
メリヤはそれに対してしばらく沈黙した後、ナオカに念押しする作戦で行く。
「あ、くれぐれもナオカさん。トラックが走ってる時に赤信号で飛び出したりはしないでくださいね?」
「わかってる。ルールを守らないといけないってことと死ぬのが怖い怖くないって言う私の感情は別問題だから。たまたまトラックが飛び出してきたら私は避けないってだけ」
(それでもどうかと思いますけど……まあナオカさんが可愛いので今のところはなんでもいいですが)
そうしてメリヤはナオカの部屋を後にし、レイの部屋に戻った。
「レイさん、ひとつ相談したいことがあるので言っていいですか?」
「相談したいことってなんだ、メリヤ?」
「ナオカさんが異世界転生に憧れてました。具体的には目の前にトラックが迫ってきたら死を受け入れて異世界に転生したいそうです」
急なメリヤの発言にレイは動転し、床に頭をぶつけてしまった。幸い打ちどころが悪いわけでもかなり強く打ったわけでもなかったので、痛くはあるがすぐ立ち上がることができた。
「うわ、急になんてこと言い出すんだよナオカ……まさか二本足の魔獣でも読んで影響されたのか?」
「やめてくださいレイさん。同じ作者だからといって引用するのはどうかと思いますよ」
「メタいなおい」
一連のメタ発言によって話が一瞬逸れ、同時に二人の間に沈黙が生じる。しかし、すぐにレイが話を戻して対応する。
「で、異世界転生したいっていってたな。具体的にはなんていってたんだ?」
「冒険したり魔王を倒したりとかしたい……って言ってましたね」
「なるほどな。まあ冒険するだけだったら最悪この世界でもできるし、俺も魔王はいると思ってる。何せ俺自身が勇者なんだからな」
レイはそう言って自分の勇者の剣を見せる。そしてそれを床に置いた。
「まぁ、ナオカならそんなことぐらいわかってると思うけどな……」
「で、でもナオカさんだって踏みとどまってくれるはずです。いくらなんでも自分が死んだらみんな悲しむことぐらい知っているはずです!それにいざとなったらナオカさんも踏みとどまって——」
メリヤがアワアワした態度でそういうが、言い切る前にレイの顔はどんどん険しくなっていく。最後にはとても鋭い目つきになって、彼女が言い切る前に口を挟んだ。
「甘いぞ、メリヤ」
「…………え?」
「確かに自分が死んだら俺たちが悲しむことをあいつが知ってるってことは認める。だがそれとあいつが死を受け入れずに足掻くかどうかってのは別だ。あいつは死ぬのが怖くない。だからその時がくれば潔く死を受け入れるんだよ」
「そ、そんな……メリヤはこのアパートにいる可愛い可愛いみなさんの死を受け入れることなんてできません!」
「まぁ、よほどのことがなければナオカがトラックに轢かれるなんて起こらないと思うけどな」
「まぁ、そうですよね」
メリヤがそう言ってレイの部屋から出ると、偶然ナオカがアパートの敷地を歩いているのを目撃した。
「ナオカさん?」
「あ、メリヤちゃん。ちょっと暇だったから散歩に行きたかったんだよね。一緒に散歩に行く?」
「はい!行かせていただきます!」
丁寧にお辞儀までして散歩に行こうとするメリヤ。ナオカはメリヤと手を繋ごうと右手を差し出した。
「手を繋いでくれるのは嬉しいですけど、ちょっときつくて痛いです…」
「ああ、ごめん。私力強いからさ。最初に言ったでしょ?超身体能力があるって」
「ああ、言いましたね……。超高速移動で置いていったりしないですよね?」
「やろうと思えばできるけど、そんなことしないって。だって散歩だよ?ランニングとは違う」
「まぁそうですよね」
メリヤがナオカとそのまま歩いていると、道端で重いものを運ぼうとして苦労しているお婆さんがいた。
「あ、大丈夫ですか、お婆さん?」
「ああ、大丈夫だよ」
「持ってあげるよ、おばあちゃん。どっちに行きたいの?」
「こっちに私の家があるんだ」
「それなら私たちが行きたい方向とも同じだ。だから持ってあげる」
「ありがとうねぇ」
そのままナオカはひょいとお婆さんの荷物を持つ。そしてお婆さんの家にこれを運んであげた。
「ありがとうねぇ、お嬢ちゃん。ほら、これはラムネ一袋だよ。いつでもいいから食べてね」
「わかった。ラムネありがとう」
そのままナオカはラムネの入った袋を持つ。しかし、お婆さんに挨拶している時でも無愛想な表情は変わらなかった。
(こんな時でも無愛想なナオカさんも、ちょっと可愛いですね……。もちろん笑顔の人間さんも可愛いですが、人間さんにはそれぞれの良さがあるので!)
(それと、人間さんってやっぱりみんないい人ですね……。妖精界もこんな感じだったらいいのに)
そのままナオカとメリヤは歩いていく。
「あ、猫がいる」
ナオカは猫を見つけると、近くに生えていた猫じゃらしをちぎって、それの茎の部分を持って振り回す。
「ほら、猫じゃらしだよー」
「にゃー、にゃー」
ナオカによって高速で振り回される猫じゃらしに、猫は荒ぶりながら反応する。それを見たメリヤは恍惚としていた。
「はわぁ〜……。猫と戯れている人間さんも可愛いです……」
(猫じゃらしに猫が戯れて、その猫に人間さんが戯れて、その人間さんにメリヤが戯れる。これが愛の食物連鎖……!)
だが犬と違って猫は気まぐれなものである。そのためしばらく戯れると猫はどこかにいってしまった。
「ああ、どこか行っちゃいましたね……」
「でも結構可愛かった」
「わかります。私もナオカさんを見てると可愛いって思いますし、ナオカさんも猫と戯れてる時に同じことを感じたんでしょうね」
「私が可愛いって言われるの、ちょっとなれないな……。シュウヤ君もあの時言ってたけど、かっこいいって言われる方が似合う人もいるんだよ」
「そうですか……。でもメリヤにとって人間さんは『可愛い』の対象なので!」
メリヤに可愛いと2度も言われて照れるナオカだった。
「それと、もう帰る?メリヤちゃん。もう4時になってるし。あのラムネも早く食べたいな」
「そうですね。帰りましょう」
そのままナオカとメリヤは駄弁りながら帰ることにする。その様子はとても微笑ましいものだった。
「来た道は覚えてますよ、ナオカさん。確かここが一番近い交差点でしたよね」
「そうだったね。あっ青になった」
ナオカはそう言って交差点を横切る。すぐ後にメリヤがついていく。しかし、そんなナオカの元にアクシデントが起こる。
メリヤとナオカの目前にトラックが現れた。それも見てわかるほどのかなりのスピード違反をしていて、今にでも交通事故を起こしそうなトラックである。
「危ない!」
なんとかメリヤは後ろにいたので当たらなかったが、前を歩いていたナオカはトラックに衝突してしまう。
ドゴォン!バァン!という音が聞こえたのでメリヤが恐る恐る振り返ると、ナオカの方は無事だったが、トラックの方が壊れかけていた。中の運転手も無事では済んでなさそうだった。
「ナオカさん、無事でよかったです!でもトラックの運転手さんの方は死んじゃうかもしれません。ナオカさん!119番通報してください!」
「わかった」
そのままナオカはその場を119番通報して立ち去り、メリヤとナオカは颯爽と家に帰った。
その日の夜、ナオカとトラックの衝突事故はニュースになっていた。
ただ女子大生が飲酒運転のトラックに轢かれたというだけでも割とニュースになり得るが、トラックの方が事故を起こしたことが決め手となっていたようだ。
『昨日、女子大生が飲酒運転をしていた運転手のトラックに衝突し、トラックの方が破壊されました。運転手の男性はそれにより片腕と片脚を負傷していましたが命に別状はないようです。この男性は入院による治療後適切な法的処罰を——』
「ナオカ、少なくとも能力はトラックに轢かれなくてもチートだよお前」
レイは夕食を食べながらそう呟いた。
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