第45話 講習一日目

 まずは浅瀬の浜へボートで異動する。


 龍輝も船舶免許を持っていて、操縦している姿がかっこよかった。


「凄い。ボートも動かせるんだね」

「うん、まあね。俺、博士課程まで含めて大学九年間通っていたんだけどさ、実際はバイトして海潜ってた時間が多いんだよね。その合間に勉強していたって感じ」

 朗らかに笑う。


「そうそう、水島君、年中こっちに来ていて、勉強大丈夫なのかと心配だったさぁ。ちゃんと卒業出来て良かったよ」


 知り合いのインストラクターの新城さんは、このショップの専属インストラクター。

 龍輝よりも七歳年上の大先輩だ。浅黒い肌に潮と日で焼けた茶色い髪。引き締まってきびきびとした身のこなしは、正に海の男だった。

 でも穏やかな相貌に癒される。


「そのままここに居座るかと思っていたら、東京で就職しちゃって寂しかったさぁ」

「すみません。新城さん。俺もここでインストラクターもいいなって思っていたんですけどね。今の会社が面白そうだなって思って」

「海に関係している会社って聞いたよ」

「はい」

「ま、相変わらず海中心なのは変ってないんだねぇ」


 陽気に笑った新城さん。

 その語りぶりから、ここでも龍輝は可愛がられていたんだろうなと一華は微笑ましく思った。


 

 まずは、足の着くところで基本的な操作の実習を行う。透明な海の中で、マスク越しとはいえ龍輝の目が良く見えた。

 いつも色々なことを語り掛けてくる瞳が、今日は一段と頼もしく感じる。


 ついついっと指差した先には、白く透き通った小魚の群れ。水の上からでは波の間に紛れて良く見えない生き物たちが、すぐ目の前を横切っていく。


 可愛い! 楽しい!

 

 一華の瞳が、アッと言う間に好奇心いっぱいになった。キラキラと輝かせて魅入っている。


 それを見つめる龍輝は、予想通りの一華の反応にニヤリ。

 

 好奇心に忠実な龍輝。今までは一人でも一直線に進んでいけたし、十分楽しかった。

 でも、これからは一華と一緒に楽しめる、分かち合えると思うと嬉しくて仕方ない。


 いや、友人として一緒に潜った仲間はたくさんいたし、インストラクター同士も仲が良かった。

 だから今までだって、実際に一人だったわけでは無い。


 それなのに、一華さんだけ特別に感じるのはなぜだろう?


 龍輝は一華の体を支えながら考える。


 俺の気持ちの問題か……これが、かどうかの差なんだろうな。


 初めて知った『恋心』は、温かくて、楽しくて、甘くて。

 刺激的―――

 

 もう、手放せない。

 だから、一華さんにはずっと俺を刺激し続けて欲しい。

 

 そんな事を願ってしまう自分は、我儘な男だとわかっている。


 俺の好奇心を満足させてくれなんて、何様のつもりだろう。


 でも、一華さんなら……笑って『任せて!』と言ってくれる気がする。


 そう思ったら、ふっと心が楽になった。



 浅瀬での実習の後は、美しい白浜でお弁当タイム。

 ゴーヤチャンプルーとラフテーのお弁当はとても美味しくて、一華は感動しながら食べている。


「ゴーヤが苦くないし、ラフテーが柔らかい」

 濡れて張り付いた髪を指で払いながら、もぐもぐと幸せそうに食べている姿は、隙の無い美女と言うよりも、無邪気で可愛らしい姿。

 

 龍輝は唐突に頭を撫でたくなって、一華の頭をした。


「え!」


 口の動きを止めて目をまん丸くする一華。

 ご満悦の龍輝。


「な、なに、急に……」

「撫でたくなったから」


「二人とも仲いいさぁ」

 一緒に食べている新城が冷やかす。


「いやー、良かったよ。水島君、海と結婚するとかいい出すんじゃないかと心配になるくらい、海海海だったからさぁ」


 その言葉に、龍輝が照れた。


「まあ、今も海好きですよ。わからないこと、知らないことがまだまだたくさんあって、追いかけても追いかけても足りないくらい」

「そうかぁ。彼女もそんな女性ひとなんだね」


 新城が合点がいったように頷くと、「はい」と龍輝が迷いなく頷く。


 一華の顔が火を噴いた。一気に全身を血流が巡る。


 追いかけても追いかけても足りないくらい―――


 追われるような恋、それは誰でも一度は憧れるような恋だろう。

 でもそれは、恋に発展する前の段階の話。

 相手が必死にアプローチするも、こちらは逃げて焦らす。

『好き』と答えてしまったら終わりになってしまうから、そうならないように駆け引きを楽しむ恋。


 でも龍輝が言っている『追いかける』とは、好きとか、愛しているとかのもっと先。

 一華自身をと言う意味。

 見つめ続けてくれる慈しみ深い眼差しを感じた。


 こんな風に追いかけられることは、女冥利に尽きる。

 しかも、好きな男から。 


 どうしよう! 嬉し過ぎるわ!


 赤い顔を誤魔化そうと、パタパタと手で仰ぐ。チラリと横の龍輝を見れば、何食わぬ顔で新城さんと話し続けていた。


 もう、どこまで無自覚たらしなのよ!

 なんだか私だけドキドキして馬鹿みたい。


 でも……うふふ。そんなに私の事好き?

 もう、しょうがないなぁ。


 龍輝の前ではの呪縛から解放された一華。

 無自覚に一人百面相を始めた。


 そんな一華に気づいた龍輝。

 笑いそうになって慌てて表情を引き締めた。

 でも、その瞳は貼り付いたように一華を捉え続ける。

 

 やっぱり。一華さんは見ていて飽きないよ。

 ずっと見ていたい。


 そんな二人の世界には頓着無く、新城の声が浜に響いた。


「さあ、もう一本行きますよ」

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