NEET of せいゔぁー

九重土生

第1話 A reclusive woman

 カチ、カチ、カチ。

 時計の針が進む音とコントローラーのボタンを押し込む音。


 反転、射撃。

 回避、射撃、射撃。


 光が走り、幾重にも弾ける火の光。

 

「このっ、このっ……私が何年このゲームやり込んでると思ってるのよ墜ちなさい!!」


 ガンメタルブラックの装甲に三対6枚の可変翼、あちこち尖った悪魔みたいな機体。


 その名もそのまま色欲の悪魔アスモデウス、魔神の名を冠する機体は宙を翔け、その威容を顕して安っぽい中世のバケツみたいな頭をした同じデザイン、武装を並べて迫り来る有象無象に敵意を向ける。


 画面に映る敵機の動きを先読みしてその動線に、背後から腰部に回された飛翼型可変兵装バリアブルブラスターユニットの一対からビームマグナムを撃ち込む。



 最後の一機は今までに無く派手に爆発して星の海に大輪の華を咲かせた。

 よし、取り巻きの親衛隊機全撃破。


「後は貴方だけよ七燭天第三位……レーヴェ!」


 私の独り言に答えたわけでもないだろうけれど、画面のテキストボックスに羅列された敵パイロットからの言葉はこうだ。


『私を相手にこうまで粘り、あまつさえ親衛隊機を全て墜としたか……面白い、辺境惑星の猿だと侮った事は撤回しよう──貴様を私の敵として認めてやろう、さあ死ね!!』


 なんというテンプレな台詞。

 だがソレが良い。


『レフトブラスター!!』


 来た、名前から分かる通りの左腕に内臓された熱線兵器での速射攻撃。


「それは前のアプデでっ、見た!!」


 熱線を回避しながらアスモデウスの可変翼に内蔵された双剣の一つを抜き放ち接近戦を挑む。


「硬直するのも変わらない、ならこの、ままぁ!?」


 柄から伸びた光刃を振りかぶりレーヴェの右脇腹を狙う。


『ふははは、貴様のその動きは前回見切った!』


 確実に当てたと思った私の攻撃は見事に片側だけブースターを噴射した運動慣性によりひらりと回避される。


 は? いや確かにストーリー上もリベンジマッチだったけどそんなのあり!?



※※※※※


 待機状態で暗くなった画面に映り込む、浮腫むくんで膨らんだ丸い顔と手足。 何年か前までは美少女と呼んで差し支えなかった顔も今は昔、引きこもりの干物女なんかこんなものかと少し悲しくなる。


 だが今はそれよりも私の心を占めるのは悔しさだ。 あれから10分、私は画面と睨めっこしたまま半泣きだった。


「なんでよぅ、今回のアプデ鬼畜すぎるんじゃない? パターンどんだけ変わって……しかも難易度爆上がりしすぎでしょ!?」


 そう、あの後私はあっさり負けていた。


 このゲーム「ルートオブセイヴァー」は実に17年前に発売されたゲームでありながら未だに運営されているネットワークアクションロボットゲームであり、敵とのラブロマンスなストーリーモードまである傑作だ。


 なお、半年に一回の頻度でロボットアクション面も敵パイロットとのラブロマンスもいろいろ更新してくるから飽きたりしないのが凄い。


 予算とかどこから出てるのかと疑うレベルなのだけど不思議と今までクオリティが落ちたことすら無い。


 悔しさを噛み締めているとぐぅ、とお腹が鳴った。


「悔しさの前にご飯を噛み締めよう」


 見れば時刻は20時を回っていた、お腹が空くはずだ。


 身長150センチ、体重70kgオーバーの重い体を引きずるように階段を降りてリビングへと向かう。


 そこには父がソファで今時珍しい紙の本を読みながらチビチビと晩酌のビールを飲んでいた。


 向かい側にあるカウンターを挟んで洗い物をしていた母が振り返る。


「あらこんばんわ、朝昼とご飯食べなかったみたいだからお腹すいたでしょうカレーあるわよ食べる?」


 問いかけには私の口、ではなくお腹が答えていた、ぐぅう〜っと音が鳴る。


 少し赤面しながらカウンターテーブル前の椅子に腰掛けた途端、手早くカレー皿が差し出された。


「いつの間に……」


「ん、かなちゃんが2階から降りてくる足音がしたから準備してたの〜」


 今呼ばれた「かな」とは愛称。

 姫島ひめじまかなで29歳、アラサー……、なんの取り柄もないただのゲーマーで、絶賛無職でNEET。


 けれど、わたしは両親には恵まれたからかろうじて生きていられる。


「ごめんね、パパ、ママ」


「なぁに、急に〜?」


「そうだぞ奏、なんで謝ったりするんだ」


 ああ、世の中は嫌なことばかりだけど二人とゲームだけはわたしを裏切らない。


 が一瞬汚泥のような記憶の中から浮かび上がり、記憶の水底みなぞこに再び沈んでゆく。


 カレーを食べながらちょっと泣いた、美味しい、でも自分が情け無い。


 今日は食べたら二人にちょっとだけ甘えてから眠ろう、何もできず、未来もわからないこんな私だけど。 せめて二人はこうして私を甘やかしてくれるから。


「ご馳走様!」


 ──でも、その前にレーヴェだけは墜とそう。


 と、よくわからない方向に私の熱意を燃やして2階の自室へとドタバタと駆け上がる。


 部屋へとなだれ込み腰掛けるとギシギシとベッドが軋みを上げたがどうでもいい。


「今度こそ倒すわよレーヴェ!!」


 ゲームの起動を待たずしてコントローラーのボタンを擦るように触りながら操作スティックを揺らして構える。


 起動後はセーブポイントとなる場面から始まり、レーヴェが口上を述べるシーンをスキップして再び戦闘を再開する。


『ふははは、貴様のその動きは前回見切った!』


 先程同様片側だけ噴射したブースターで攻撃を回避しようと半回転したレーヴェ。


 私は左から抜き放った光剣だけでは無く、右からも同時に抜き放ち右手を振り抜いた勢いを利用して反転。


 レーヴェが逃げた更に後ろへとスラスターを噴かし、回り込むようにして斬りつけた。


「私だってその動きはさっき見た、よ!!」


『な、なにぃぃ!?』


 驚きに目を見開いたレーヴェの顔アイコンを見て私はニタ、と我ながら不恰好に微笑んだ。


「終わり、よぅ!!」


 左右の光剣の柄尻を合わせて繋ぐ。


『……オーヴァーメサイア・クロスドライヴ!!』


 決め台詞をテキストボックス内に垂れ流し、私の分身たるプレイヤーキャラクター「ミリアリア」が叫んだ。


 そう、このゲーム撃破時に撃破した場面をクローズアップしてわざわざ武器に応じて決め台詞を吐き散らすのだ。


「……うわー何回見ても恥ずい」


 自己投影された偶像プレイヤーキャラクターに半眼を向けながらも口元が緩む。


「しかし、ふ、ふひひっ♪」


 時計の日付と時間を見ると最新アップデートから3日と20時間が経過していた。


「4日でミッションクリアァァァァァ!」


 3徹したわけでは無いがそれに近い時間をかけた脳はアドレナリンをドバドバ出して身体に雄叫びを上げさせていた。


 パタリと私が大の字に倒れ込んだその直後、ベッドの……いや、家の真下からまるで怪獣が地団駄を踏んだみたいな強烈な振動が襲って来た。


「え、ちょ、ちょちょっ、地震!?」


 慌ててベッドの下に身を隠そうと床を這うが……頭しか入らなかった。


「えぐ、は、入れない……」


 そこに再び襲いくる強烈な縦揺れ。


 焦って立ち上がったら強かに頭をぶつけた、痛い。


「奏ちゃん、無事!? 無事なら降りて来てちょうだい奏ちゃん!!」


「ふぁっ……大丈夫生きてる!」


 母の叫びにドタンバタンと再びリビングに入った私の目に映ったのは日本政府……首相官邸からの緊急放送だった。


『皆さま、よく聞いてください……今日、この星は終わります──』



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2025年12月26日 11:00

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