第11話 再戦
捕食霊と桜の大樹はグラウンドの中心まで移動していた。未だ、盛り花びらを振りまいている。
巖咲の幽霊はそれを取り囲むように位置している。
そして捕食霊の正面はエタとエタにしがみつくスミレが位置している。
「お前俺に本当に憑りつけねえのか?」
「だって、やり方知らないですし……」
幽霊は恨みや執着をもって人や物に憑りつくことが多い。一度憑りつけば原則、幽霊側から離さない限り生涯その相手に付き纏うことができる。この作戦はスミレの位置取りが重要だから、憑依が可能ならば位置取りがだいぶ楽になるのだが……。やはりこいつは幽霊じゃないのか?
「ですからこういう風にくっついているんです。憑りついているわけじゃないですが、結構吸着率は高いと思います」
真っ裸のエタの背面から首に腕を、脇腹に脚を回してしがみついている。いわばおんぶの形である。
「俺から離れネエなら何でもいい」
「ところで、全員おむすびと
「ああ。お前の作戦だと米を食わせることができても、あの幽霊たちが捕食霊に殺されちまう。かといって俺がおとりだと米を食わせらんねえ。だからあいつらにはモノだけ持って逃げに徹してもらう」
「エタが捕食霊に近づくときに幽霊から受け取っておむすびを食べさせるんですよね」
「奴は消化スピードがやべえから、一瞬で勝負をつけっぞ。最初の飯を食わせてからのリミットは10分、600秒だ」
「
「基本は使わねえ。自衛とアドリブだ。最後に、俺たちの目的は?」
「私をエタに殺してもらうことです」
「そっちじゃねえ!」
「捕食霊にお腹いっぱいおむすびを食べてもらうことです」
「よし。作戦開始だ!」
エタが天地にそう叫ぶと、巖咲の幽霊は各々声を張り上げる。校内は血気盛んな大音声で、捕食霊の奇声さえも飲み込まれる。
――本来、
「ッしゃ、行くぜ!!」
スミレが自身に引っ付いていることを確認したエタは、地面にめり込むほど張り詰めた両脚を獲物めがけて滑らせる。風を切り、音を去り、光すら追い抜きそうな速度で捕食霊めがけて突っ込む。
捕食霊は周りの雑兵に目もくれず、エタとスミレに狙いを絞って攻撃する。鋭く枝分かれした黒い樹枝が雨のように襲い掛かる。
エタはそれらの間隙を縫うように走り抜ける。スミレは何とか目を凝らして、付近の幽霊からおむすびを受け取れそうな個体を探す。前方右、片目が潰れた五十路の霊――。
「寄こせッ!!」
エタの声と同時にスミレは五十路の霊とすれ違いざまにおむすびを奪い去る。正面から迎え撃とうとする捕食霊の掌、人の口を模した器官がよだれを垂らしている。
加速度的に接近していった口もどきはスミレを咬みちぎることができなかった。代わりに口の中には、白く輝く真心が込められたおむすびが入っていた。スミレが咬まれる寸前にエタがきりもみ回転で躱したのだった。
躱された掌は、エタを追跡せんと旋回しかけたが90度回った時点で動きが止まった。辺りを見回したかと思うと、ストンとその場で力なく落ちてしまった。
一本
捕食霊の腕は全部で五十本。ここからが勝負だ。
五本の腕が食い倒れて、捕食霊は狙いをスミレから周りに散らばる幽霊に変更する。ここまでの被害はほぼゼロ。最初のおむすびを食べさせてから60秒。悪くない時間配分だ。
将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。ただ狂っているように見える捕食霊も考える脳はあるようだ。
捕食霊が枝を伸ばして攻撃を再開する。エタのすぐ近くの女性の幽霊と、対角にいる痩せた男の霊、さらに待機させているおむすび班がターゲットにされる。想像より攻撃範囲が広い。
位置的に守ることが可能なのは1カ所のみ。最優先は炊飯の大釜。
「スミレ、
「了解です!」
スミレが親指と中指を輪の形にし、指笛を鳴らす。笛音に反応した巖咲の幽霊は、おむすびとは別にスミレから持たされた
バギン! と金属が砕ける音が
大釜のほうに先回りをする。挟撃する口をいなし、交差した置き土産におむすびを放る。
2本同時にダウン。決まった。
――捕食霊の狙いは極上の
ついでに3本の手におむすびを放ったところで、雑魚狩りを諦めた捕食霊の狙いは再びスミレに戻った。残り480秒。
赤土に横たわる腕が全体の半分を超えた27本目、エタは死闘の愉悦に浸っていた。
エタと名付けられた男は死に場所を求めていた。それまでの記憶の一切をなくし、悠久の世界である今に生き続けている。大戦の真相を探るべく、幾千もの死を経験してこの地で彷徨い続けている。孤独の窮みに精神が壊れ、命を媒介にする戦いのみに喜びを享受する修羅になり果ててしまった。
腕が捥がれようとも。足が折られようとも。頭が潰され、首が斬られ、背中が剥がれ、肩が咬まれ、手が断たれ、胸が貫かれ、腹が抉られ、腰が壊され、膝が砕かれ、指が千切られようとも。目が飛び、耳が削がれ、鼻が裂け、口が爆ぜ、肌が焼かれ、肉が滅し、繊維が破られ、骨が割れ、内臓が嬲られようとも……。
そのたびに男は死から蘇りすべてを壊してきた。
その男が笑いながら哭いている。
「……俺はもう……幸せだ」
「大丈夫ですか」
肩越しに見えるスミレの表情に曇りが見える。思っていたことが、独り言のように口から出てしまっていたようだ。
「ああ……お前のおかげだ」
「それはよかったです」
自然と捕食霊の攻撃が止む。といっても、力尽きたわけでもなさそうだ。
倒した腕のカウントは30本。残り時間220秒では少々足りない。
20本の腕が桜の方に集まり始める。一本一本の腕が捩りあって、一つの大きな幹のように太く長く集っていく。
「なんだ……?」
時間が足りない上に籠城されると作戦が失敗する確率が高い。
エタたちは静かに注意深く捕食霊の変貌過程を見張った。
やつれかけた樹幹は腕が集まるたびに黒ばむ輝きを取り戻し、薄紅の花弁は赤みを増して爛漫と咲き誇る。半透明の腕は固まって靄がかかったように濃い灰色に変色している。巨大な縄のように腕が撚りあい、一つのおぞましい口を作り出す。捕食者然とした
「ボス戦は第二ラウンドが相場ですよね」
「……何の話だ」
しばらく悲鳴だけだった奴の口から怒号のような咆哮が鳴り響く。空気のしびれだけでなく、衝撃波によって大地すら震わせる。
激情とともに飛び散ったのは捕食霊のよだれであった。
恐るべき姿へ変貌した捕食霊を睨み二人は確信する。
「これは、チャンスだな」
「チャンスですね」
残り180秒。
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