第60話

意識が戻ったのは、いつの間にか乗せられたタクシーが自宅にたどり着いた時。


「涼、降りるぞ」と響に抱えられて、飲み会の後より幾分いうことを聞くようになった足でなんとかマンションの階段を登る。


不機嫌丸出しの声で「鍵」と呟かれたが、反応の鈍い私に舌打ちをして、お尻のポケットから鍵を抜き取った。


部屋に着くと、そのままベッドに寝かされて、響はキッチンの方へと消えていく。


玄関の灯りだけの薄暗い部屋。近くで物音がしたので薄目を開ければ、ミネラルウォーターを持った響が私を見下ろしていた。



「ありがと、ひびき、」


「……」



酔っ払いのために持ってきてくれた水だと疑わず、手を差し出せば、響はその手を掴んで枕元に押さえ込む。



「……お前、どういうつもり」


「へ……、っん」



口内に冷えた水が流れ込んだ。しかし、唇に触れるのは私がよく知る無機質なプラスチックの凸凹ではない。



「んっ、んん!」


「あいつに飲まされた酒なんてさっさと薄めろ」


「ひび、き……、」


「簡単に口説かれやがって……ムカつくんだよ」


「……っ」



ふにゅっと柔らかい感触。口内を蹂躙する熱い舌は水の冷たさと対照的で頭がおかしくなりそうだ。


これがキスだと認識するのに数秒の時間を要した。その数秒の間にどんどん酔いが醒めていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る