第34話
目が合ったまま静止して数秒。スーッと彼の顔が近づいてくる気配がして咄嗟に距離を取ろうと指先で壁を押した。——……その瞬間。
「……わっ、」
「っ、」
大きく電車が揺れ、彼の方に体が倒れた。生憎壁から離れていた手は自分の体重を支えきれず、響の胸にダイブする羽目になる。
——……ちゅ、
何かがおでこを掠めた。柔らかい……何か。
多分、位置的にこれはきっと……これだけ長年一緒にいても触れたことのない場所。
「……っ、」
後ろからの波に押され、彼の胸元に埋めた顔が熱い。
彼の鼓動が聞こえる距離で、彼の熱が伝わる距離で、先ほどおでこに触れた微かな感触を思い出して。
おでこに。事故で。唇が当たっただけ。
言葉にすればあまりにもくだらなくて、今時幼稚園生でも照れたりしないような事案なのに……
「涼?」
「な、なな……何?」
「いや、大丈夫かなと思って」
「だっ……大丈夫」
……なわけない。ドキドキしすぎて、死にそうだよ。ばかやろう。
爆音で鳴る鼓動はどうか電車の走行音にかき消されますように。
耳の赤さはクーラーの効ききらない鮨詰めの車内のせいになりますように。
どうかどうか、響に“好き”が伝わりませんように。
私の胸に乙女が住む。こんな見た目で、今日初めてスカートを履いたような男女が……身の程知らずの恋をしている。
「ごめん、すぐ……退けるね?」
「……」
鼻腔いっぱいに広がる彼のフェロモンに意味もなく泣きそうになる。悲しくもないのに、胸が甘い苦しみに襲われてしまうんだ。
早く離れなければ、と折れた肘を再度伸ばそうと試みる。
後ろからの圧を押し退けて、響だけでも窮屈な車内から解放されるように腕を伸ばしたその刹那。
「……っ、」
後ろから受ける圧力が不可抗力によるものではないことに気がついた。
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