第3話


 「昨日はごめん!」


 翌日、昨日誘ってくれた人達に謝りに行く。

 「全然いいよー」「定期見つかった?」「また行こー」と言ってくれるみんな。

 表情は明るいし。本当に気にしていないように見える。それもそのはず。


 だってクラス内では別の話題で持ちきりだったから。


 「玲央れおの靴箱に手紙が入ってたって!」


 180センチ近くある身長。芸能人レベルの容姿。いつもはクールで落ち着いているけど、話してみると意外と優しくて。

 風邪ひいた時にのど飴を貰った、なんて話も聞いた事がある。


 そんな顔もよく、スタイルも良く、性格もいい玲央こと水無月玲央みなずき れおくん。彼が告白されるのは珍しいことじゃない。

 けど、まさか新学期2日目で起こるなんて思いもしなかった。


 「玲央、差出人不明だって?」

 「なんて書いてあった?」


 まだ朝なのに水無月くんの席の周りを友達が囲む。もちろん出席番号的に水無月の前である私の席にも人が座っていて、戻るに戻れない状況になっていた。


 謝るために昨日の誘ってくれた人たちの輪に入り、話を聞く私。もう少しこの愛想笑いを続けないといけないみたいだ。


 「ってかさー」


 私は自分の席を見ていただけ。それが水無月くんを見ているように思ったんだろう。

 近くにいた吊り目の子が、これまでの話の流れを無視して、私に向かって話しかけてくる。


 「すずちゃんって昨日の放課後、学校にいたんだよね?」


 ちょっと大きめの声量。表情も声色も明るい。けれども、隠しきれない悪意がそこにはあった。


 クラスの空気が固まり、一斉に溝口 鈴へと視線が集まる。


 「え? お前が手紙書いたの?」

 「馬鹿、分かりきったこと聞くなよ」

 「でも新学期2日目って。焦りすぎでしょ」


 間違った事実が真実としてヒソヒソと周囲に伝わっていく。

 否定する暇なんてなかった。

 『遊びを断ってまで告白した奴』として認識されるのも時間の問題。

 でも今、否定しても誤魔化しにしか聞こえない。


 どちらを選んでも同じ。

 きっかけを作った吊り目の女子も、「えー? マジで?」とわざとらしく驚いたフリをするだけ。


 誘いを断ったのは私が悪い。それは認める。でも、ここまで責められることなのかな……


 背中がジワリと汗ばむ。これは気温のせいじゃない。


 「


 優しい声が響く。

 一斉に動いたみんなの視線の先。そこにはよく知った姿があった。

 私より頭一つ高い身長。少し癖のある髪。中性的な顔。


 声の正体は未緒くんだった。


 「だって昨日溝口さんと会ったけど、昇降口には僕が先にいたし。その後も途中まで一緒だったから」


 彼の席は水無月くんの席の2つ前。きっと自分の席の周りで騒ぐ男子たちを落ち着かせるために言っただけなんだろう。


 ただ、みんなの視線は未緒くんに集まる。

 多分私なら緊張して何も言えなくなるんだろう。けど未緒くんは落ち着いた口調で続けた。


 「多分それ、他クラスの人だよ。同じクラスなら、これから仲良くなる機会はあるし。焦って『今』告白する必要ないでしょ」

 「……確かに、祥太郎しょうたろうの言う通りだ」

 「他クラスか。玲央、一緒に探そ!」


 「可哀想だから無理」


 男子たちからの誘いを断る水無月くんと、差出人を気遣う彼に盛り上がる女子。


 そんな中、未緒くんと目があった。

 ありがとうは言えなくて、代わりに会釈で気持ちを伝える。恩人に対して、誠意の足りない行動。それでも未緒くんは笑ってくれた。


 みんないるけど、誰も気付かない。まるで2人だけの秘密みたいな。


 そんな少し特別な笑顔に胸がときめいた。

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