第7話
私も帰ることにした。せめて一緒に帰ろうと声を掛ければ良かったかもしれないなんて、さなの足音がすっかり遠のいてから気が付く。
校舎を出るまでに誰ともすれ違わなかったから、駅が今どうなっているのかを知る事はできない。「軍服風の格好をした妙な女がちらちらと見えていたけど、何をしていたんだろう」なんて言われていたらと考えると、心臓が押し潰されそうになる。私は不安を誤魔化すように、胸ポケットに入れたウガツを取り出した。
「ところで、駅って今どうなってるの?」
「ふふ。気になるなら見に行ったら?」
「……それもそうか」
特に予定も無かった私は暗くなりつつある道を歩いて、再び駅へと向かった。一日に何回同じルートで駅行くねんと思わなくはなかったけど、こればっかりはしょうがないし。
街灯が何度か明滅して、舗装された道を照らし始めた。いくら用事がないとはいえ、親が心配するから早めに帰った方がいいだろう。
急ぎ足で駅前に向かうと、そこには驚くべき光景が広がっていた。
「なっ……!」
「ビックリした?」
「うん……嘘でしょ……」
街は元通りだった。さっきまでの騒動なんてなかったかのように。昨日と同じような日暮れを迎えていますって顔で、仕事終わりのサラリーマンや、部活帰りの学生が往来している。そして、その光景の中で駅だけが、やけにすっきりとした雰囲気でそこに佇んでいた。ちょっとだけデザインが変わってる、ように見える。
「これ、どういうこと……?」
「あちしが喋ったらマズいみたいだから、説明はリカの家でさせてもらうとして、まぁ、こうなるのよ」
「そう……」
さっきまでのあれは何だったのか。今日の夕飯は本当にカレーなのか。気になることは山ほどある。だから早足で家に向かった。
鍵を開けて玄関で靴を脱ぎながら、少し声を張って母に帰宅を知らせる。
「ただいまー」
「おかりなさい、遅かったわね。今日はとんかつよ」
「そう。部屋にいるね」
「はぁい」
私は母にそう告げると、二階にある自室へと向かった。カレーじゃなかったみたい。
机の上には、地下道で瓦礫の下敷きになったはずの鞄が置かれている。そういえば、手ぶらで帰ってきたな、私。夢の続きを見ているような感覚の中、ぴゅんと飛んで行って机の上で胡坐をかくウガツの姿が、これは悪夢のような現実だと突きつけてくる。自分がくつろぐ姿に絶望する女に気付くことなく、ウガツは説明を始めた。
「じゃあ説明するわね! 魔法少女は基本的に悪となんて戦わない! これが大前提! オッケー?」
「……オッケー」
制服を脱いで部屋着に着替えながら、多くの魔法少女ファンがガッカリしそうな大前提を聞き流す。こいつに肌着を見られる嫌悪はない。最初から嫌悪してるから判別ができない。どうでもいい。
「だけど、魔法少女は救いの手を差し伸べる! オッケー!?」
「……はいはい、オッケー」
落ち着いた格好に着替えると、勉強机とは別に置いてあるちゃぶ台の前に座った。小型冷蔵庫からお茶を取り出し、コップに注いで、やっと返事をする。ウガツは熱心な様子で私を指差していた。
「じゃあ何を救うのか! はい、リカさん!」
「わかりませーん」
「ふふ。答えはね、建物」
「人じゃないんだ」
「人なんてほっといても人が救うもの。他人や自分がどうにかする。そうでしょ?」
「……そういうものかな」
「そうよ! さっき言ったでしょ。ハートという感情に冒された建物は「本当はもっとこうなりたかったなぁ」っていう願望を、時には怒りを暴走させてしまうの」
要するに、感傷のようなものだろうか。建物に感情があるなんて考えた事がなかったけど……。言われてみれば、一度家が建てば、その家屋は何十年も使われる。その後だって、リノベーションとかなんとか言って、嫌な見方をすれば延命治療のようなことをされたり。
物にすら魂が宿ると言われているんだ。八百万ってやつ。そう考えると、理解できなくもない。建物の暴走を目の当たりにしたからこそ頷ける話ではあるけど。
「それで、あの駅はどうなりたかったっていうの?」
「ハートを抱える建物は、もっと大切に使われたいと考えているパターンが多いわね! あとは、もっと大きくなりたかったとか、大きい部屋を持ちたかった、とか」
「……三階のあの構造が、気に食わなかったのかなぁ」
「可能性はあるけど、そんなに気になるなら見に行けばいいわよ。なりたかった姿に、今はもうなってるはずだから」
「なるほど……で、私が今もこうしてウガツと話せている理由は?」
「分からない? リカはこれから、そんな建物達を救うのよ!」
分からない訳じゃなかったけど、本音を言えば分かりたくないっていうか。やっぱりそういう話になるんだ。
落胆した私を見たウガツは、色々な言葉を掛けてくれたけど、そのどれもが何の意味も成さなかった。ウガツが本気で慌てているようだ。他にも大勢の子を魔法少女にしてきたようだけど、こんなに落ち込む子って、本当にレアなんだろうな。
「えーと、そう! 恋をすれば魔法少女はお役御免になるよ!」
「それ、本当?」
「本当よ! 魔法少女っていうのは大人には務まらないの!」
「じゃあ、恋、してる」
「じゃあで恋をする子がいるか!」
「だって、うち、女子高だし……」
そう、つまり、普通に学園生活を送っていれば、異性と知り合う機会なんて得られない。
励ますつもりだったウガツの言葉は、私をさらに追い詰めていた。机に突っ伏してだらしない姿勢のまま、あーとかうーとか声を出してみても、現状は何も変わらない。だけど、そうせざるを得なかった。
「恋をするって、好きだなって思った瞬間? ぱっと魔法が使えなくなったりするの?」
「うっ……その話はもう止めない?」
「駄目。気になる」
「えっと……」
「言って」
「エッチしたら、その、使えなくなる……」
「エッチ」
異性と知り合うくらいならなんとかできるかもしれないと思ったけど、エッチが目標だとしたら、もう絶対に無理だ。大体、初体験をしたがる理由が魔法少女を止めたいからってどう思う? どう考えても頭がおかしい。つまり、私はしばらく魔法少女とやらを続けなければいけない、ということだ。
「っはぁー……」
「大丈夫! リカには才能があるから!」
「あそう……」
「なんで!? 嬉しくないの!?」
「叩いて壊すことを褒められても普通の女子は喜ばないよ」
さなだったら、へらへら笑ってありがとーって言いそうだけど、あれはまた別格だから。
そこで私はふと思い出した。ウガツが自分に付けられた名前を猛々しいと思っていることを。あの時はあまり考えずにスルーしてしまったけど、おそらくは穿つから来てると思っているのだろう。そんな、雨垂れ石を穿つみたいなカッコいい由来なワケないのに。できれば私がお前を穿ちたいよ。実際は
とにもかくにも、私はこうして魔法少女になった。というか、なってしまった。
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