2章

第8話


 私が魔法少女になってしまったあの日から、同じことを繰り返している。馬鹿みたいに反芻して、馬鹿みたいだって自嘲する。具体的に言うと、全部夢だったことにして忘れようとするんだけど、ウガツとかいう薄汚い天使のせいで、これは現実なんだと強烈に叩きつけられている。もう何度も。あぁあれは夢だったのかも、と思えてきたところで、あいつは話しかけてくる。何かに似てるなって思ってたんだけど、気付いちゃったんだよね。映画で見た拷問だ。あいつの存在は、痛みで意識を飛ばしたときにぶっ掛けられる水。

 今だって、授業中だというのに、魔法か何かの力を使って私だけに語りかけた。「ねぇリカ、これはなぁに?」とシャーペンや消しゴムをぎゅっと抱いて見せてくるのだ。妙にぶりっこな声なのが余計癇に障る。何がなぁに? だ。

 私が素っ気なく「知らない」と返すと、「そこは「これはね、勉強に使う道具なんだよ」でしょ!」と怒られた。知ってるなら聞くな。うっかり窓から地面に叩きつけるように投げたくなる。


 授業が終わると、多くのクラスメートは明日の予定について話し合っていた。明日、この高校に通う生徒にとっては普通の日ではないのだ。体育祭とかいう、市立体育館を借りての年間行事が待っている。

 私はどうしてもやる気が起きなかったけど、ちょこちょこ話すグループの子達がバレーボールをやりたいと言うのでそれにした。つもりだったんだけど、人手が足りなくてバスケットに回された。多分なんとなく、背が高いから。バレーの方が活躍できると主張できる何かがあれば残ることは出来ただろうけど、そんな自信も実績もなかった。

 チームが決まったのはもう二、三週間くらい前のことだけど、学校をあげてのイベントなので記憶から抹消されようがない。戦犯になるとそれなりにめんどくさそうだから、明日は憂鬱でしかなかった。


「明日、リカちゃんには極力ボール回さないようにするから……!」

「あ、あぁ、うん」


 いじめか? と一瞬思ったけど、きっとそういうことではない。私があまり乗り気でないことを知っているから、気を遣って言ってくれているはず。私はアンニュイな表情で曖昧な返事をする。誰かと仲が悪くもなれば、良くもない。クラスの誰とも喋ることのできる中立の立場は、便利な立ち位置だと思ってきた。だけど、よく考えると、ほんの少しだけ寂しい存在なのかもしれないと思う。こうなったことをたまに不思議に感じるけど、私にそういう素養があって、その他の条件もたまたま重なったと結論付けている。

 ここが共学なら、みんなもう少し恥じらいを持ってイベントに臨むのかもしれないけど、男性なんて教師くらいしかいない。そのせいか、かなり気合が入っていた。バスケのチームメイト達が、私を抜きにして練習していたことも知っている。私は、初日の練習を家の用事で断ってから誘われなくなった。向こうも仲間外れにする意図は無いというアピールのために声をかけただけだろうし、それを私が断ったのは都合が良かったろうと思う。とにかく、私が要らないくらい上達してくれているなら言うことなしだ。ずっとベンチでも構わない。


「あ、で、でも、何かあったら……」

「もちろん。私じゃあまり力になれないかもしれないけど、明日は頑張ろうね」

「う、うん!」


 彼女は可愛らしい笑みを浮かべると、自分のグループへと戻っていった。私に気を遣ってくれているのは分かるけど、ここまで部外者のように気を遣われると、こちらもあまりボールに触らない方がいいのかな、という気を遣いそうになる。いつもその答えが分からなくて曖昧な対応をして、その匙加減が部外者として絶妙なものになっている気がするけど、十六年間やってきたやり方を急に変えることなんて出来ない。

 ウガツは「やっちゃいなさいよー!」とか「魔法少女の力を使えば最強じゃない!?」なんて一人で盛り上がっている。みんなが体操着を着てゼッケンを付けてる中で、軍服のような格好をして参加するなんて正気の沙汰じゃないから。私は「はいはい」と言いたいのを堪えて、ため息をついた。


***


「忘れ物は無いー?」

「うぅん、多分」

「もー。せっかくの体育祭なんだから、もっと張り切りなさいよー」

「あぁ、うん。そだね。それじゃ、行ってきます」


 体育祭については、私なんかよりも母の方が張り切っていた。私は母に似ないでスポーツが好きでも得意でも無いのだ。苦手でもないけど、本当に普通。

 足が勝手に学校に向かいそうになって、慌てて引き返す。今日は市立体育館に直接向かい、そこで点呼を取るのだ。だから、一応私も、今日を特別な日だと感じてはいる。平日に学校に行かないって、それだけでなんだか変な感じがするから。ただ、楽しみにしてないってだけ。

 いつもの倍くらいの道のりを歩いて、やっと市民体育館に着いた。スポーツ系の部活をやっている子ならそれなりに馴染みのある場所なんだろうけど、私にとっては年に一度訪れるだけの場所だ。事前に渡されたプリントで集合場所を確認する。観客席の一部の区画が私達のクラスに割り当てられていた。適当な席に座って足元に鞄を置く。目が合ったウガツがウィンクをしてきたので、踵で鞄を蹴る。これで完璧だ。


「よーし、みんな揃ってるかなー?」

「せんせー、ケーコがまだトイレから戻ってきてませーん」

「えー?」


 場所が違うとはいえ、基本的には学校と同じように進行される。要するに、朝のホームルームの時間なんかは変わらない。結局ケーコが戻らないまま先生は話し始めた。後で伝えといて、と他の生徒に告げて。

 適当に先生の話を聞き流したあと、すぐに開会式が始まった。滞りなく進む式の中、選手宣誓を他人事のような気持ちで見つめる。正々堂々とか言ってるけど、卑怯なことをして自分の手を汚すほど熱心になれない私は、それ以下の存在なんじゃないか、という気もした。

 前座のイベントが終わると、みんながそれぞれの持ち場へと散っていく。私も周りに倣ってなんとなしに立ち上がる。基本的に、指定された時間と場所に集合できればどこにいようが問われない。たまに得点表をめくったり、そういう雑用をこなす必要があるけど、私はしばらくどの予定も無い。


「で? あちきはどこにいればいい? 肩とか?」

「乗ったら殺す」


 やはりというべきか、鞄から移動してきたウガツは、私が直前まで座っていた椅子の上に立っていた。またぶりっこの声を出して、しかも首を傾げている。そのまま折れろ。


「照れてるんだ?」

「噴っ」


 あろうことかウガツが頭に乗ろうとしてきたので、全力で叩き落としてしまった。傍から見れば今の私は完全に不審者だ。あえて似たような動きを何度か繰り返し、バレーのアタックの練習しているということにして事無きを得た。得ることができた、ということにしたい。私をバスケに回した人が見たら申し訳なく思うだろうな。あ、そんなバレーやりたかったんだ、って。


「よく分かんないけど、マジカルな力で姿を消したまま飛んでついてくることができないの?」

「ちょっと、それは難しいかも……」

「じゃあ今日は一日鞄でストラップやってて」

「やれやれ」


 ゴミストラップでいることを命ぜられたウガツは、姿を消して私の隣にふよふよと浮かんでいるようだ。要求完璧にこなせんじゃん、最初からやれよ。

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