第2話
駅前の騒動は激化する一方だ。私がこれを薄汚い呼ばわりした直後、駅でまた爆発が起こっている。私がマスコットと淡々と話をしているのはそのせいだ。
悲鳴や怒号や爆発音、そして逃げる人間らが発生させる様々な騒音が無ければ、薄汚い天使のマスコットと会話なんてしない。そんなことしてたら、どう考えてもヤバいヤツだと思われる。駅前には同じ高校の生徒達も大勢いるだろうから、本当にその疑惑だけは避けたい。というか避けなきゃダメだ。あと半分以上ある学校生活がとんでもないことになる。
「リカ。どこへ行くの」
「どこへって。アンタを捨ててから帰るけど」
「行こうって言ったの、聞こえなかったのかしら?」
「さぁ。私には関係ないし」
「え、ちょっと待って、今、あちしを捨ててから帰るって言った?」
「ワンテンポ遅いな」
捨てていくに決まってる。というか、マスコットが喋るとしか認知できない今の私は、相当にキテる。頭をぶつけた記憶はないけど、もしかしたら何かあったのかもしれないと疑うほどに。今日は体育も無かったし、朝もお昼もちゃんと食べた。朝からの行動を思い返して一つずつ心当たりを潰していると、マスコットは言った。
「さっき、ベンチに置いてったでしょ、あちしのこと」
「……まぁ」
「あちしは何度でもリカの元に戻るのよ。それが運命なの」
「なにそれキモい」
これからの将来、私の人生にこれが付きまとうと考えたら、すごく辛い気持ちになってきた。なんで千円も払って、この先の将来にデバフを掛けなきゃいけないんだろう。デバフのコスパが良過ぎる。
マスコットが喋っていると認識してしまうことについての心当たりを辿った直後に、私なんか悪いことした? と再び最近の行いを思い返していく作業は特に堪える。
そんな私の気持ちをよそに、そいつは手をバタバタさせながら言った。全然可愛くないから今すぐやめてほしい。マスコット的なぶりっこをするなんて、自己評価が高過ぎる。
「リカ、説明はあと。今は行くしかないの」
「私が行ったところで何も変わらない」
「それは間違ってる。むしろその逆よ!」
「は……?」
「リカが行かないと何も変わらない。あの建物は崩壊するまで暴れ続けるだけ」
「……駅が崩壊って、シャレにならないくらいヤバいと思うけど」
どこかの駅が全焼したというニュースはこれまでに一度くらい聞いたことがあるけど、爆発を繰り返して崩壊するなんて、現代のニュースとは到底思えない。私が現場の様子を知らない離れた地域に住む人だったら、きっと実際の映像を見ないと信じられないような光景だろう。海外ならまだしも、日本でそんな……。
でも、そうなんだ。本当に、絶対に有り得ないと断言出来てしまう程の何かが、目の前で起こっている。
「リカが本気で関わりたくないのは分かったけど、あちしと会話ができる時点でもう逃れようがないのよ」
「どういうこと?」
「あのゲームであちしをゲットした子に課せられる使命。それは」
「それは……?」
ただの布と綿の集合体だと言うのに、表情が険しく、荘厳な感じになった気がする。何をもったいぶっているんだろう。頭の隅っこで、「マジで取らなきゃ良かった」と後悔しながら、言葉を待つ。
「魔法少女」
「まっ……」
まっ……。
……はい。
「帰らなきゃ。早急に」
「ちょっと待ちなさいよ!」
何、この幻覚。怖い。魔法少女なんて、子供の頃ですら憧れて来なかったというのに、なんで今になって。いや、もしかすると、本当は小さい頃に魔法少女ごっこをしたかった、という願望が私の中にあって……? いやいや、したかったらすればいいじゃん。私の親はそんなことを我慢させたりしないから、無自覚な抑圧された自分がいるとは思えない。というか、自分を客観視してみると、抑圧された自分が居たとしてもこんな風に発散させたりしない気がする。だけど、そんな何かがあるとしか思えないような、この突拍子もない設定はなんだろう。
ちらりと視線を落とす。すると、私の鞄にヤツはいた。革のバッグの、よりによって持ち手の金具のところに。紐を通して、外れないようにギュッと引っ張った感じになってる。こんなの、この一瞬で無意識にできるわけがない。
「ひっ……!!」
「だぁから言ったでしょ〜。あちしのこれは魔法」
「……!」
辛い。何が辛いかというと、私には幻覚を見ているという自覚が一切ないところ。もうこの騒動から遡って私の気のせいなんじゃないかって思えてきたけど、きっとそれはない。これは現実だ。多分。
「リカ、時間が無いよ! とうっ」
「何を……はぁ!?」
マスコットが手をかざしたのは私のスカートだ。学校の制服。何の変哲もないプリーツスカート。長さを調節する為に腰で少し巻いて履いているんだけど、そこが何故か回転している。ぐるぐるとゆっくりと、しかしペースを乱すことなく。じわじわと私を追いつめている。これじゃ、私が腰にごつめの布を巻いたパンツ丸見せヤバ女になるまでに三分とかからないだろう。パンツ丸見せもかなりヤバいけど、厚みがあるせいか、ナチュラルにお腹が苦しい。やっていいことと悪いことがあるだろ、こいつ。
「リカ、契約するって言うのよ!」
「くっ……! 私は……! 屈したくない……!」
「ちなみにこれを耐えたとしても、次はパンツが徐々に透ける魔法を掛けるつもりよ」
「契約します」
私がそう返事をすると、腰のスカートはピタッと止まった。さらに、逆回転して元の位置まで戻ってくれるという親切さだ。マスコットの呆れた視線が、横から突き刺さっているのを感じる。しかし、思春期に駅前で下半身を露出させながら一人で何かとぺちゃくちゃ喋る女子高生を見たら、みんなはどう思うだろう。そこまで来れば逆に心配してもらえるかもしれない。変態やヤバい人として避けられるのではなく、可哀想な人として。だけど、私はそんな風に扱われたくないのだ。
つまり、簡単に屈したように見えて、そうじゃないということ。誰だって食べ物の好き嫌いをしてる最中に、いきなり「食え」って銃口突きつけられたら食べるはず。そういうこと。
「なんでもいいわ。その現場に行けば、私の使命とやらは終わるの? だったら早く行かなきゃ」
「ダメよ! そんな格好で行っても死ぬだけだわ! せめて魔法少女コスチュームに着替えなきゃ……!」
「まさかと思うけど、私を社会的に抹殺するのが目的なの?」
人の流れに逆らって歩くだけでも変人扱いされそうな空気の中、さらに浮かれた格好をするとなれば、もう大道芸人の勢いだろう。いや、大道芸人ですらジャグリングの道具とか置いてさっさと逃げそう。
「リカ、一度しか言わないからよく聞いて。魔法少女は忍んで戦うものとされることも少なくないみたいだけど、君はそんなことしなくていいの。むしろその逆。魔法少女になるためには、トリガーとなる行動が一つだけある」
「な、なに……?」
「それは、リカが魔法少女だと知らない人に、魔法少女であると告げること」
「えっ」
……それって、つまり。ん? 絶対に誰にもバレないようにしろって言われる方がずっと楽だったんだけど。何を言ってるんだろう、こいつ。
「早く変身しなきゃ。もし十分以内に変身しなかったら、リカを惨い目に遭わせなきゃいけないことになっているのよ」
できることならしたくない。そう言うように、マスコットは沈痛な面持ちを見せた。マスコットのくせに、眉間に布でシワを寄せている。だけど、先ほどのスカートの一件を考えると、どうしたって無視はできない。
「まさか……死……?」
「ううん。お尻にペットボトルを入れて、お医者さんに「滑って転んでたまたま入りました」って苦し紛れな言い訳をする刑だよ」
「マジで惨くてビックリした」
下着はすけすけにされそうになるし、今だって一人遊び上級者にさせられそうだし、一応天使の見た目はしてるけど、やってることが完全に悪魔だ。だけど、分かった。今だけは言われた通りに行動をするしかない。
私は路地にさっと隠れた。そして、逃げていく人の死角から、誰かの腕を引き込んだ! もうやってることが完全に暴漢なんだけど、背に腹は代えられない。私が捕まえた子は、偶然にも私と同じ制服を着た子だった。顔は見えないけど、ちょっとギャルっぽい。髪も染めてるし。私は彼女の手を引いて、すぐに後ろを向かせて、口を塞いだ。これでこちらの姿は見えていないはずだ。
「ほよっ……!」
「大人しくして」
「あれ?
ねぇ。どうして知り合いを引き当てるの。こんなにたくさんの人がいるのに、適当に手首を引っ張って連れ込んだ子が、声だけで私だと判別できるほどの間柄の子って、どれくらいの確率なの?
向こうは私のことを知っていて……だけど私は、申し訳ないけど、声だけじゃ全然ピンとこない。背格好は私よりも小柄だけど、大体の女の子が私にとってはそんな感じだし。誰か分かると恥ずかしさや気まずさで、これから告げようとしていることが言えなくなるかもしれない。
鞄から妙なオーラを発しているマスコットを意識して、学校の知人を後ろから抱く。失敗したくないから結構強めに。身長差が結構あるので、少し屈んで、耳元に口を寄せて、はっきりと言った。
「私、魔法少女なんだ」
しにてー。どっかに墓穴無いかな。ダイブして早急に全てを終わらせられるタイプの手っ取り早いやつ。
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