3章
第12話
最近の私は魔法少女についての理解を深めようとしていた。といっても主に子供向けのアニメを鑑賞するだけなんだけど。やっぱり魔法少女そのものに何か思うところはない。こうなってしまったのは、これまでの人生で関心を持ってこなかった私へ罰なんじゃないかってくらい、何も感じない。
何故そんなことをしているのかというと、私みたいに与えられた役割を心底嫌がっている仲間を見つけたかったから。そしてその子達はどうやって普段の生活を過ごしているのか、見てみたかった。フィクションの作品にそんなものを求めるのはおかしいかもしれないけど、魔法少女なんてフィクションの中でしかお目にかかれないから仕方がないだろう。
結論からいうと、何故かみんな前向きに自分の使命と向き合っていた。一人くらい嫌がっている子が居てもバチは当たらないんじゃないと言いたいところだけど、もしかして私が知らないだけでバチが当たるのかもしれないと思うくらいには存在していなかった。無関係の人々に正体を隠して魔法少女業に励む子が見つけられたくらいだ。
ここのところ毎晩夜ふかしして得た結論が「仲間はいない」という絶望だなんて認めたくはないけど、不毛な気もするからそろそろやめようと思う。
あくびを噛み殺して廊下を歩いていると、正面からさなが歩いてきた。体育祭の後から、さなとは会っていなかった。なんとなく私が避けてたのかもしれないけど、元々クラスも違うし、疎遠のまま過ごすことは難しくはない。前回は運命のようなものを感じるだなんて言ってたけど、あれからどうなったんだろう。気になるけど確認する勇気がなかったせいで、こんな土壇場でそれを確かめる機会を強制的に与えられてしまった。一回目よりも記憶が消えるよう強く願ったし、本当に完全に、私が魔法少女になる前のうっすい関係すら忘れてしまっているかもしれない。その可能性も考慮して、あえて黙って横を素通りしようとした。
「あっ! リカちゃん!」
「あ、あぁ、さな。えっと、おっす?」
普段絶対しない挨拶をしながら、私は自分のしでかしたことの重さを噛み締めた。左腕にさながぎゅっと絡みついてくる。苦笑いを浮かべて、動きが制限されていない方の右手をふよふよを動かした。あんまりこういうスキンシップって得意じゃないっていうか、私相手にこんなことしてくる猛者が人生で現れなかったから、全っ然慣れていない。どうしたらいいんだこれ。っていうかさな、前より悪化してる、どう考えても。
「あっ、ごめん。急に」
「いや、大丈夫」
「考えるより先に体が動いちゃったっていうか……えと、またね!」
「あー、うん」
さなはそう言うと、気まずそうに小走りで行ってしまった。急ぐ用事なんてないだろうに。もう全部私が悪い。
空き教室の近くまでスタスタと歩いて、周囲に人が居ないことを確認すると、私はスマホを取り出した。ディスプレイを表示させて、あたかも誰かと喋ってますって素振りで、こうなった元凶に語りかける。
「ウガツ」
「なぁに? というか何してるの?」
「誰かに見つかってもこれなら「あぁ通話してたんだ」って思われるでしょ」
「女子高生って面倒だわね、そんなこと気にしなきゃいけないなんて」
「言っとくけど、ブサイクなストラップに語りかけてると思われてマズいのは全人類共通だからな」
「誰がブサイクよ!」
お前だよ。視線でそう語ると、ウガツは私のスマホのすぐ下でクルクルと回り始めた。紐で繋がってるから、ジタバタしたらそりゃそうなるんだけど、何をやっても愛くるしくなくてガッカリする。
「いないの? 過去にさ。私と同じことした魔法少女」
「同じことって?」
「だから、記憶の削除っていうか、そういうこと」
「……いたわよ」
アニメ鑑賞なんてする前に、ウガツに質問すべきだったのは分かってた。でも、訊くのは避けていた。私が魔法少女を嫌がったとき、ウガツは本気で驚いていたから。なんとなく前例がなかったんだろうなって思ってた。でも、いるんかい。
「え」
「ハートで暴走した建物に取り残されて、震える女の子がいてね。怖い記憶を取り除くために、使った子がいたのよ」
「そう……」
だめだ、聞けば聞くほど、私が真っ当じゃないみたいになる。めっちゃ思いやりの気持ちで使ってた。立派すぎて私には真似できそうもない。
「リカみたいな使い方は、前にも言ったかもしれないけど、あちしは知らないわ。あちしから言えることはただ一つ、もうこうなっちゃったんだから割り切りなさいってコト!」
「どういうこと?」
「リカは魔法少女だって人に」
「待ってウガツ」
「何?」
「その単語は絶対に外で使うな」
誰かと電話しているという設定を信じ込ませることは容易だろうけど、魔法少女について話していただなんて思われたら恥ずかしすぎる。私はいちいち人の趣味に口出しする気はないけど、それにしたって、「魔法少女」なんて言葉を日常的に使っている知り合いはいない。私の視線が真剣なことに気付いたのか、ウガツはなんとか話を続けた。
「その、マであることを人に知られたくないんでしょ?」
「マ……まぁいいや。そう、それは譲れない」
「で、その結果、さながああなった」
「うん」
「仕方ないわよ。あちしとしてはハートの沈静化が最重要だし、それ以外は目を瞑ってあ・げ・る」
最後の三音で思わず床に叩きつけそうになったけど、私は自分の携帯端末のために踏みとどまった。危ない危ない。さすがにこれを壊したら両親に怒られるどころじゃ済まない気がする。
「ウガツのことだから、責任取ってやれとか、言うのかと思った」
「まさか。同情で一緒にいられるって、辛いものよ」
「成り行きで一緒にいられるのも相当辛いけどね」
「もしかしてあちしのこと言ってる!? あちし達は一蓮托生なんだから!」
何を言ってるんだ、という視線を送りながらも、ウガツの言うことには考えさせられた。そりゃ、そうだよね。しゃーなし一緒にいます、なんて。嬉しくないだろうし。ただ、それだけじゃないというか。私とさなって、出会い方が違ったら元々もっと仲良くなれてた気がするっていうか。この状況に歯痒さを感じるのはそのせいなのかもしれない。せめてもうちょっと自然に仲良くなれたら、なんて。
***
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