第9話

「大きな声は出さないでね」


「その猫、あなたのですか?」


「そうだよ。だから大きな声は出さないで」




面倒事を避ける理由――…もちろん僕自身の性格もあったが、一番の理由がこの猫だった。入居時の規約を読む限り、ペットの飼育は禁止されている。規約を破って猫を飼ってる時点で面倒を抱えてる自覚はあったが、それでも雨の中で死にそうになっている猫を放っておくことは出来なかった。


特別猫が好きなわけでもない。


猫を飼っていたわけでもない。


消えそうな灯を守ろうと使命感が働いたわけでもない。


気まぐれと言えば気まぐれだった。紫陽花の青々とした葉が梅雨の匂いに濡れる頃、勤める会社では四半期の決算を迎えていた。


その日も日々の業務に加え、日付が変わる深夜まで数字と睨めっこしていた僕は相当疲れていたのだと思う。タクシーさえ捕まらずに寝静まった住宅街を歩いていた僕は、ふと公園の脇を通り過ぎようとしたところで細く千切れそうな声を聞いた――…気がした。


聞いた気がしたのは、その声があまりに弱々しくか細いものだったからだ。確信はない。だけど確かにシトシトと夜闇を濡らす雨音を縫った気がして。気づいたら僕の足は公園の中へと向いていた。

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