第11話 インプットからアウトプットへ(後編)

 面談は続く。


 谷村総司。31歳。遊撃手。

 かつて、「5ツールプレイヤー」と呼ばれた、ドラフト1位の有望株。5ツールプレイヤーとは、メジャーリーグで使われ始めた言葉で、「ミート力」、「長打力」、「走力」、「守備力」、「送球力」に優れた選手を指す。

 それだけ将来的な期待値が高かった選手だ。

 特にアベレージヒッターとして、期待されていたが、彼もまた怪我によりシーズンを棒に振り、その後復活しても復調しなかった。

 だが、私は彼を3番バッターとして考えていた。

 昨年の成績は、率.258、5本塁打。18打点。


 谷村総司は、長身の男で、身長188センチ、体重85キロ。

 モデルのようにスラっとしていて、カッコいい男ではあったが、いかんせん表情は暗かった。


「谷村選手は、怪我から復帰してから、明らかに成績が下降しましたね」

 私がはっきりと告げると、さすがに彼は俯いた。


「……申し訳ありません」

 と。


「しかし、我がチームの打者の中では、一番いいセンスを持っていると、私は見てます」

 データから見ても、怪我による影響がない年は、打率.300以上、15本塁打以上を当たり前のようにマークしている。元々、潜在能力は非常に高い選手だ。


「谷村は、怪我の影響で打撃フォームが崩れてます。フォームが安定すれば復活すると思います」

「お願いします」

 彼に関しては、打撃コーチに任せることにした。


 真田将太、22歳。

 高卒4年目で、昨年の成績は、主に先発で防御率2.68、5勝5敗、0H。

 しかし、私は彼の昨年のWHIPの高さに注目していた。

 1.19。通常、WHIPでは1.20以下だとエース級と言われる。

 登板回数がそこそこあったのに5勝しかできなかったのが、不思議なくらいだった。

 鋭い眼光と全体的に四角に近いゴツい顔をした男で、身長182センチ、体重89キロ。


「真田は、コントロールが悪いので、四球が多いのが残念ですが、それを減らせば活躍が出来るかと」

 投手コーチが告げていた。


 私は、事前にデータや彼の投球映像を見ていたが、確かに与四死球の数が多かった。だが、少なくともストレートには勢いがあるし、ノビも感じられた。球種は他に縦のスライダーとシュート。私は個人的に思っていたことを投手コーチに告げる。


「私は、彼は先発より抑えがいいと思います」

 と。


 驚いていたのは、真田本人だった。

「抑え、ですか? やったことないですけど」

 高校時代、プロを通してほとんどやったことがないという。


 投手コーチは考えて込んでいたが、やがて、

「面白いかもですね。元々、スタミナも制球も難があるので、短いイニングの方がいいかもです」

 こうして、真田が先発から抑えに配置転換となる。


 そもそも、我がチームの抑えは、昨年まで外国人投手が担当していたが、その選手が帰国して、ポジションが空いていたのもあった。

 速球は持っているので、抑えには向くだろうという、私なりの期待もあった。


 続いて、トレード組だ。


 柏木俊太郎。30歳。

 トレードで、私が大坂ドリームスから獲得した選手だ。

 身長180センチ、体重85キロ。

 プロ野球選手としては、割と標準的な体型で、スポーツ刈りの短髪が目立つ、どこにでもいるプロ野球選手に見える。

 眠そうに見える一重瞼と、精悍な体つきが特徴的な男だった。

 昨年は、わずか打率.182、2本塁打。


「柏木選手は、出塁率の高さに期待しています」

「ありがとうございます」


 私が告げ、彼が答える。

 データは打撃コーチにも共有していた。

 

 しかし、その打撃コーチは、どうにも浮かない表情をしていた。

「……」

 彼は何も言わず、データを見つめていた。


 その様子は、まるで、

(微妙だ)

 とでも言いたげに、私には見えた。


 続いて、同じく福岡パイレーツから私がトレードで獲得した、蒲生虎太郎。34歳。昨年の成績は、打率.248、5本塁打。正直、微妙な成績だが、かと言って極端に悪いわけでもなかった。

 身長186センチ、体重88キロ。

 がっしりとした筋肉質な男の割には、長打より巧打タイプで、柏木同様、出塁率の数値が高かったことから、私が獲得を決めた。


「蒲生選手にも、出塁率に期待します」

 先程の、柏木の時とほとんど同じことを私が告げると、やはり、


「ありがとうございます」

 蒲生は礼を述べていたが、打撃コーチは、無言で、データを睨んでいた。


 そして、最後に、ブライアン・ロペス。

 同じく私が獲得した選手で、一昨年に東京ビッグボーイズに所属していたが、成績不振から6月には解雇され、その後、メジャーリーグに戻るも、メジャーとマイナーを行き来していた。結局、ロースター枠に入れず、私が獲得に動く。

 年俸3000万円で獲得。年齢は30歳。


 そもそも彼は、守備に難があるという問題があり、一応、一塁と外野は守れるらしいが、肩は弱いし、守備自体が下手だった。その意味では、「DH」制度がない中央リーグより、「DH」がある、この太平洋リーグの方がまだマシだと思われた。


 アメリカ人ということで、今回のみ、通訳として棚町愛華を連れて行き、打撃コーチも同様に連れて行った。


 陽気なアメリカンかと思いきや、礼儀正しく、ヘルメットを脱いで、頭を下げてきた。

 身長195センチ、体重108キロ。

 さすがに白人のアメリカ人ということもあり、まず腕が太い。あんな太い腕で殴られたら、ひとたまりもない、とすら思えた。

 それに195センチと、チームで一番の身長を持ち、私のような一般的な日本人女性から見れば、見上げるほどの長身だった。

 そして、短く刈った頭髪と、綺麗なブロンドヘアーが目立つが、筋肉質な体が、どこか軍人的にも見える。

 フレンドリーというよりも、真面目な「求道者」に見える、少し不思議な印象の男だった。


 通訳の愛華を通して会話する。

「ロペス選手は、変化球が苦手と聞きましたが」

 ズバリ、いきなり相手の弱点というか、欠点を聞いてみると。


「はい。その代わり、直球に強いのと、当てればホームランに出来ます」

(当てれば、ね)

 その一言で、私は察していた。


 彼はそもそも三振が多い、典型的なホームランバッタータイプのスラッガーだが、アメリカのメジャーリーグでは、日本ほど変化球を使わない。正確には使うが、縦の変化より横の微妙な出し入れが多い。


 だからこそ、メジャーリーグの外国人選手は、日本の野球に対応できない選手が多いという。ベースボールと野球は明確に違う物になっているのだ。


 しかし、私は彼の真面目そうで、一見、アメリカ人らしくない性格に注目した。

「日本の野球について、どう思いますか?」

 そのため、あえてまったく関係ない話題を振ってみた。


「いいと思います。私はこの日本で、活躍してみたいです。つまり、アメリカンドリームではなく、ジャパニーズドリームを実現させたいです」

 その答えで、何となくだが、わかった。


 彼はとても真摯に野球に向き合って、真面目なのだ。そういう選手は、時間をかければ日本の野球に上手く対応して、いずれ結果を残すだろう。

 つまり、東京ビッグボーイズは、彼をじっくり育てず、早々に見切りをつけたが、私は彼は「伸びる」と期待を持った。


 最後に彼は、私を見て面白いことを口にした。

「あなたのような革新的な人は、日本では非常に珍しいですね。アメリカは実力社会なので、年齢も経験も性別も関係ないですが、日本はそうじゃない。その意味で、私はあなたのようなGMに会えて、幸運です」

「ありがとうございます」

 逆に私が礼を述べると、わずかながら彼は微笑んだ。


 こうして、一通り、問題になりそう、というよりこれから戦力になりそうな選手と面談を交わす。


 そして、あっという間に春季キャンプが終わる。

 いよいよ3月、オープン戦の開始となる。

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