異世界トラットリア~アラフォー料理人は最強になった愛犬と共に異世界を生きる~

おとら

第1話 料理人、愛犬と共に異世界へ

……はて、どうしたものか。


次に家賃滞納したら、おそらく出て行けと言われるだろう。


家の中で途方に暮れていると、愛犬であるレオが顔を舐めてくる。


「ククーン」


「おっと、心配するなって。きちんとお前が住める家を用意するから。もしくは、このままこの部屋で暮らすさ」


勤めていた飲食店が流行病によって潰れ、結果として俺は家賃を滞納してしまった。

アルバイトや日雇いをして何とか払ったものの、これ以上住むのには金がいる。

なので安い新しい部屋を探すか、割りのいい仕事に就く必要があった。


「ククーン……」


「お前の所為じゃないって……ほら、散歩でもするか?」


「ウォン!」


悲しそうにしているが、それでも尻尾を振って喜ぶ。

それを見てるだけで、俺の心も柔らかくなっていく。

色々考えるためにも、俺はレオを連れて外に行くことにした。

そして、道行く人たちの視線がレオに集まる。


「わぁ……白くて可愛い」


「アレって、サモエドだっけ?」


「ウォオン!」


自分が呼ばれたのに気づいたのか、レオが通行人によっていく。

そのまま撫でられご機嫌な様子。

あの日からしたら、凄い進歩である。


「わわ……!」


「大っきいから世話は大変そうですね」


「はは……でも可愛いですから」


そんな会話をしつつ、フリフリする尻尾を眺めながら街並みを歩く。

そう、レオは『サモエド』と呼ばれる犬種だ。

ロシア生まれの犬種で、全身が白くふわふわの毛で覆われ、愛嬌のある顔立ちと人懐こさが特徴だ。

暑さに弱いが、最近では日本でも見かけることが増えたような。

そしていつもの散歩コースである河原沿いにやってくる。


「ウォン?」


「ああ、いいぞ」


許可を出すと、嬉しそうに水の中に入っていく。

まるで言葉が通じているようで、相変わらず賢い子だ。

おそらく、人と密接に関わってきた歴史があるからだろう。


「さて、どうしたもんか。田舎に引っ込んで狭い一軒家を借りる? それとも、今より安いペット可の物件を探すか。それとも、割りのいい仕事に就くか」


どちらにしろ、年齢がネックだ。

35歳になり、借金をして定職についてないおっさんに信用などない。

俺一人ならどうにかなるかもしれないが、レオを連れてとなると難しい。


「無論、捨てるなどあり得ないが」


ただでさえ、この子は人の都合に振り回されている。

数年前、この子は汚れまみれでダンボールに入っていた。

おそらく、飼うのが大変になって捨てられたのだ。

同じく親に捨てられた俺はどうにも他人事とは思えず、すぐに拾うことを決意したっけ。


「……やはり、ここは夢を諦めるしかないか」


ずっと自分の料理で人を喜ばせたいと思って、18歳から頑張ってきた。

そしてようやく料理長になり、これからって時だったのに。

また一からやるのでは給料や待遇も違ってくる。


「いつかは自分の店を持ちたいと思ったが……この子の方が大事だな」


「ウォン!」


疲れたのか、レオが川から上がってくる。

ただその顔は実に満足気だ。

もう二度と、子供を悲しませてはいけない。


「レオ、楽しかったか?」


「ウォオン!」


「そっかそっか。んじゃ、いつも通りベンチで休憩するか」


自販機でジュースを買い、すぐ近くにあるベンチに座る。

まずは自分の分を一口飲み、持ってきた水筒でレオに水をあげる。

すると、レオが心配そうに見上げてきた。


「ウォオン」


「なんだ、まだ心配してるのか? 大丈夫、あの家で暮らせるさ」


よく考えてみたらレオは体長一メートルはある犬種、狭い家ではストレスがかかるだろう。

冷房も常時付けっ放しだし、稼げる肉体労働系にするか。

少なくとも、この子を看取るまでは頑張らねばな。


「ウォン……」


「そんな顔するなって……ふぁ……ちょっと眠いから昼寝するか」


「ウォン!」


そしてベンチに乗り、その白くふわふわの体を押し付けてくる。

気持ちいいが、体重が25キロくらいあるので中々に重たい。

だがそれが心地よくもあり、俺はレオを抱き枕にして目を閉じる。

そして気がつけば、辺りが暗くなってきた。


「……おっと、こんな時間か」


「ウォン?」


「ああ、一度帰るとしよう」


決意は固まったので、家に向かって歩いていく。

その途中で小さい鍋が古くなったことを思い出し、通り道にあるスーパーで手早く購入する。

ついでに調味料や夕飯の材料をいくつか見繕っておく。


「さて、今日の飯はどうするかね。何もないから、コメ炊いて納豆でも食うか」


「ウォオン!」


「ははっ、レオもお腹すいたか?」


その時、ふと視界が暗くなる。

顔を上げた瞬間——鉄骨が落ちてきたのが見えた。

同時に、レオを連れて避けるのは無理だと悟る。


「レオ!」


「ワフッ!?」


俺は咄嗟にレオを抱きしめ、目を閉じる。

しかし……何も起きないことに気づく。

違和感を覚えて目を開けると、そこには見知らぬ風景が広がっていた。


「ここはどこだ? 待て待て、落ち着け……こういう時はわかってることからだ」


俺は誰だ? ……佐々木風馬、年齢は三十五歳。

高校を卒業後に18歳で海外に行き、十年の修行を終えて帰国。

日本のイタリアンレストランで働いていたが、流行病で店を閉める事に。

ちなみに独身で、彼女は成人後は……そこはどうでもいいか。


「そこから非正規の仕事を転々としながら、どうにか料理人に戻れないかと模索して……」


それも全然上手くいなかった。

不況と流行病によって、飲食店は何処も厳しい状況だ。

ついには家賃を払えそうになく、レオと途方にくれて……その後、鉄骨が。


「……そうだ! どうして無事なんだ!? そもそもレオは!?」


一緒にいたはずの愛犬、レオを探そうと振り返ると……そこには知らない生物がいた。

白くもふもふした毛皮に二メートル近い体躯、凶悪な牙と人の頭くらいなら丸呑みできそうな口。

言うなれば、古代の図鑑で見た狼といったところか。


「うわぁ!?」


「ウォン!」


一瞬、驚いて腰が引けるが……良く見ると、その顔は愛嬌がある。

つぶらな瞳、舌を出して笑っているかのようだ。

そして、それには見覚えがあった。


「……もしかして、レオか?」


「ウオォーン!」


すると、『当たり前だよ!』とてもいうように吠える。

どうやら、俺の愛犬であるレオらしい。

確かに姿形はほぼ一緒……大きさ以外は。

サモエド犬とはいえ、牛くらいにはならない。


「……どうなっているんだ? どうしてここにいる? レオは何故か大きいし……だめだ、頭が痛くなってきた」


「ワフッ?」


レオンは首を傾げて『どうしたのー?』という顔だ。

それを見てると、可愛くて不安が少し和らぐ。


「そうだな、一人じゃない。レオがいてくれて良かったよ」


「ウォン!」


「よし。とりあえず……人を探すのが一番か。後は水とかある場所も欲しいな」


人がいたら事情がわかるかもしれないし、水は生きる上で必須だ。

そのどちらかでも、すぐに探した方がいい。

すると、レオが俺の服を引っ張る。


「ワフッ」


「ん? どうした?」


「ウォン!」


どうやら、視線を促しているようだ。

レオの視線の先を見るが、特に何も見えない。


「何も見えないが……あっちに、何かがあるんだな?」


「アオーン!」


「よし、わかった。じゃあ、案内をしてくれ」


俺の耳と目には何も感じないが、レオは何かしらの匂いを感じているのかもしれない。

俺が歩き出すと、目の前にレオがしゃがみ込んだ。


「……乗れってことか?」


「ワフッ!」


「まあ、今の大きさなら無理ではないが……どれ」


若干興味はあったので、その大きな背に抱きつくように乗る。

すると、ふわふわでモコモコの毛皮に体が包まれた。


「なんだこれ……気持ちいい」


「ウオォーン!」


「うぉぉぉ!?」


そう思ったのもつかの間、物凄い勢いでレオが駆け出す。


俺は落とされないように、必至にしがみつくのだった。




……しくじったな。


まさか、私がこんなミスをするなんて。


森の中を片腕を押さえながら、どうにか走り抜ける。


「いくらソロとはいえ、フレイムベアーに手こずるなんて」


万全の状態なら手こずることはない。

だが、その前に奴隷狩りの連中に襲われたのが不味かった。

希少な銀狼族の女である私を捕らえるため、奴らは手練れを用意していたのだ。

どうにか撃退はしたが、その血の匂いに誘われてフレイムベアーがきてしまった。


「この腕では刀を振るうことは難しい……くっ、しかも痺れ毒付きか」


私を殺さずにいたぶるか、売り渡すためだろう。

即死ではないのが、不幸中の幸いだが……このままでは結果は変わらない。

誰かに助けられたところで、何かしらの要求はされるに違いない。


「それで辱めを受けるくらいなら、いっそ戦って散るのも……いや、だめだ」


私がいなくなったら、あの二人が心配する。

例え辱めを受けようとも、生き残らなくてはいけない。

そうして逃げ回るうちに、木々の向こうに草原が見えてきた。

そのまま出口を目指して、どうにか森を抜ける。


「抜けたはいいが……ここは何処だ? おそらく、来た方向とは逆か」


「ゴァァァァ!」


「くっ!?」


後ろから炎が飛んでくるのを、飛び跳ねてどうにか避ける。


「しまった、開けた場所に来たのは悪手だったか……!」


ここだと避ける遮蔽物もないし、森の中じゃないので火を放つのに遠慮がない。

どうやら、精神的にも余裕がないらしい。


「ゴァァァ!」


「付近に人もいない……どうやら、覚悟を決める必要があるか」


肩から流れる血を見ながら決意する。

このまま逃げ回っても、いずれこちらの体力が尽きてしまう。

そう思い肩を押さえていた手を、腰にある鞘に添え——その瞬間、肩に激痛が走る。


「つぅ……!」


「ゴァァァァ!」


「しまっ——」


目の前には火の玉が迫り、もはや避けることは不可能。


何故か景色がゆっくりになり『あぁ、これが走馬灯か』と、どうでもいい事が頭を過る。


そうして覚悟をし目を閉じるが、その炎が私に当たることはなかった。


何故なら……いつのまにか、私の目の前に一人の男が立っていたからだ。

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