第14話 古い友人 - Part 2
目が合った方の人は驚くなり勢いよくドアを閉める。勢いがあまりにあり過ぎて、閉じ込められたかと勘違いしそうになった。いや、実際閉じ込められているのかも。今の一瞬で突入の準備を整えている可能性だってある。
それは冗談として、本当は一体誰なんだろう? 兄弟姉妹がいるとは聞いていないし、同じ年齢に見えたから、親戚の子供っていう線も無い。
「えーっと、私は姫宮さんの友達なんですけど……?」
対話を試みても返事が返ってくる様子はない。おかしい。兄弟でもなく親戚でもないって考えると……まさか侵入者的なアレ?
この部屋に入ろうとしたのも、まさか留守を狙って姫宮さんを連れ去ろうと……いや違う違う。でも他に思い当たることが無い。私以外にも誘った人がいるならとっくに知らされているはずだし。
入口に注視していると、徐々にドアが開いていることに気が付いた。やがて全開とも半開きとも言えない、私のことだけが外側から確実に見える隙間が出来ると、ドアは止まった。
「……ふふっ」
2つの顔がこちらを覗く。本来なら怖がるところを、なんだかその光景が面白くてつい笑ってしまった。上手く隠れているつもりの猫みたい。
それでも知らない誰かと見つめ合う勇気は持ってなくて、適当に目線を逸らした。……すごい。逸らしても視線がこんなに強く刺さる。
とにかく、対話が通じないなら残された策は姫宮さんを待つことだけ。この2人が不法侵入してる訳じゃないなら、なんとかしてくれる。
願いが通じたのか、予想より早くこの膠着は終わりを迎えた。
「もー、あなたたち何してるの? 何回もわたしの部屋来てるでしょ」
「違う姫宮。中に誰かいたんだ」
「はぁ。お互い挨拶ぐらい済ませてるのかなって来てみれば……」
器用に紙パックと人数分のグラスを片手に抱えた姫宮さんは、後ろの2人の入室を促す。
「いきなりごめんね、碧月さん。サプライズのつもりだったけど……これだったら、先に言った方が良かったね」
それぞれがそれぞれの場所に座った後、自分自身の事を紹介する流れになった。こうして実際に近くに来てみると……キャラが際立っているというか、姿だけでも個性が分かるというか。
「ってことでまず
一ノ瀬と呼ばれた彼女はその外見から、ドアで一瞬鉢合わせたとき声を聞くまで男子だと思っていた。よく見れば体格で分かるのに。分かりやすく言えば凛々しい威圧感がある? みたいな。可愛いよりもかっこいいが似合う女子って印象。
「こいつらと同じ2組。それだけ」
それだけ!?
「おーけー。じゃ次
突っ込まないんだ……まぁとりあえず今は、名字だけでも覚えておこう。
「
雨夜さん……詩織って言うのを許されるなら、詩織はその神秘的な雰囲気に漏れず、年齢にそぐわない冷やかで艶美な口調と声色をしていた。顔の輪郭を隠す髪型と丸メガネのせいで大人しい印象を受けるけど、多分違う。
しかも更に、姫宮さんとは中学からの仲ときた。あとで、それか今度、昔の姫宮さんについて色々聞いてみようかな。
「よしっ。じゃ最後、どうぞ!」
やけに張り切っている姫宮さんを横目に、いつかのクラスでの自己紹介を思い起こしながら話す。
「1組の碧月 霞です。えっと、その……よろしく?」
先の2つの紹介にならって、限界までシンプルにした。得られる情報なんてあって無いようなもの。
だけど言い切った途端、何故か場の空気が沈黙してしまった。
伝えたのは組と名前だけ。どっちも引っかかる要素は無いはず、だけど……
救いは沈黙もそう長くは続かなかった事。皆が硬直を崩すのと同時に、一ノ瀬さんが破ってくれた。
「ハハ……碧月。碧月か。なるほどな、姫宮?」
「なーに? 何か言いたいことでもあるの?」
「いや。別に?」
急に私の名前を振られた姫宮さんは明らかに、これまでにないタイプの感情を出していた。表情は至って朗らかに見えるから余計怖い。
「霞。貴方とは完全な初対面……でしょう?」
「『霞』!?」
早速下の名前で呼んでくれた雨夜さん――詩織に対して、まず姫宮さんが反応した。うん。まぁ気持ちは分からなくもない。下の名前単体で呼ぶまでには、普通ある程度段階があるものだから。それを飛ばした詩織は全部の意味ですごい。
「ま、まぁ。何回かすれ違ったりしてるなら別だけど」
「恐らくそうね。けれど互いに意識していた訳ではないから、今この場所この瞬間に限れば初対面と名付けられる」
笑顔と言い切るのは的外れな、なんだか表現に困る微笑を見せつけられた。どことなく妖しく、憐れみさえ受け取れるような、そんな微笑。
想像してみると――2人はどこかのタイミングまで私のことを知っていたのかもしれない。あるいは以前、案外近くにいたとか。
結局、意味深な単語の羅列を理解することは叶わなかった。それでも一ノ瀬さんと詩織はどうやら、友達とみなしてくれたらしい。
姫宮さんも私を彼女たちと引き合わせることに満足したのか、机に向かってペンを手に取っている。『残りの課題やるのを見ててほしい』。誘った理由をちゃんと覚えていたことに感心した。
「誘っておいてなんだけど……わたし残りの課題やるから。あ、別に気にしなくていいからね。本当にあと少しだけだし」
残された私たちは皆思い思いに返事する。初対面の彼女たちと場を繋がられるか不安で仕方なかったけど、次に投げかけられた一言でその不安も無用な物となった。
「それで、碧月。あんたの事をもっと教えてくれ。姫宮はともかく、あたしとこいつはほとんど知らないからな?」
親指の先は詩織を向いている。一瞥すると、レンズの向こうに興味の満ちる瞳。
「……同感。貴方が何を語るか、ほんの少しだけ興味あるもの」
一ノ瀬さんは片膝を立てつつ、詩織は頬杖をつきながら、2人とも私を見つめている。いや、『睨みつけている』が正しいかも。
そこに数分前のドアの隙間から覗いていたときの可愛らしさは欠片も無く、ただ詰問への威圧だけが残っていた。彼女たちの前では自分がひどく小さな存在になったようで、何を聞かれても答えてしまいそうな予感がする。
……でも放たれる威圧感からは察せないほど、彼女たちは私の話に興味を持ってくれていた。お互い絆された空気の中、色んな出来事だったり考えを喋るのに時間を費やした。
中でも衝撃だったのが、一ノ瀬さんと詩織は……その……入学してから、何回も告白されたことがあるらしい。それも男女問わず。例外なく全部断っていると言っていたし、もはや驚きもしないとも言っていた。
確かにこの2人が醸すオーラは他大勢とは確実に違っている。だから一度魅了されれば異性はもちろん、たとえ同性だとしても告白にまで踏み切ってしまうのだろう。
それからというもの、姫宮さんが「課題終わった!」と声高に宣言するまで、ずっと頭の中は衝撃と邪な気持ちで沢山だった。
一ノ瀬さんも詩織も、誰かと付き合っているところを想像出来ない。
もしお互いがそうなるんだとしたら?
いや、いやいや……私には早すぎるかも。
邪な気持ちが膨れ上がって――みんなの顔をまともに見られなくなった頃、今日はお開きにしよう、と姫宮さんがちょうど提案した。人生史上1番目か2番目のナイスタイミング。
帰り道が逆方向の一ノ瀬さんと詩織には、早々にじゃあねと別れを告げた。自然と2人に続いて姫宮さんの部屋を出ることとなる。
2学期が始まってからも、今日みたいに時々会話するような関係になれるといいな。もっと知りたいこともたくさんあるんだし。
彗依先輩、香月さん、一ノ瀬さんと詩織。特に香月さんを含めた3人はこの夏休み、偶然とも言える形に広がった縁で、その偶然は期末テスト以前の私にはきっと巡り合えなかっただろうから。
彗依先輩に関しても、まだ表面しか分かっていない。水族館でのことを通じて理解できた感情――相手の全てを知りたい――は先輩に対しても例外ではない。
……なんて内容を漠然と考えていた。夏の終わり、というには気候的な意味でまだ早すぎるけど、夏休みが終わるという事実に相違はない。
隙あらば感傷に酔う自分へ苦笑を贈り、ドアを開け部屋を後にする……
「待ってよ。碧月さん」
私は忘れていた。彗依先輩、香月さん、一ノ瀬さん、詩織。私が知りたいと思った相手は、彼女達4人だけではなかった。すぐ傍に、その思いを自覚するきっかけをくれた人がいたことを。
裾を引っ張られた。最初、撫でられるような感覚があったと思う。弱弱しくて、だけどかすかに感じられる感覚が。
「もう少し、2人だけで……話そうよ」
裾を掴む手はやがて私の手首に。そして彼女は、ドアの内鍵をかける。
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