第13話

『お迎えに上がります。貴女さえよろしければ新しい滞在先もご用意致します。』


普段なら決して頷かない提案に乗った私。

警戒心が緩んだのは冷たい現実から逃れたかったからだと思う。


「まぁま、お出かけ?」


岬が首をかしげる。


「うん。お友達の話を聞きに行くのよ。」


別れた旦那には話してないけど、岬と言う名前は日向さんから取ったモノ。母親の実家の側に日向岬ってのがあったから。

それに便乗したのだ。

正義感強くて喧嘩も強い優しい男。そんな子に育って欲しかったから。

旦那は有名なアニメのキャラに岬君ってのがいたから特に何も言わなかったけど。

今思えば、たった1度しか会ったこと無い人にちなんだ名前を息子に付けるって…

どんだけ日向さんに惹かれてたんだか。

もしあの時旦那と付き合ってなければ、いや、結婚式が決まってなければ‥

なんて、考えても仕方ない『たら、れば』だ。

現に今の私には可愛い岬が居てくれる。


「岬もきっと仲良くなれるよ。」


日向さんは好い人だし。私は岬の頭を撫でて滞在先のホテルを引き払った。


「人目に付かないようにお早く。」


玄関先に横付けされた車に素早く乗り込むと助手席から振り向いた日向さんはにっこりと笑って


「お久しぶりです。」


優しく挨拶してくれた。沢山のパパラッチがいた筈なのに。もの問いたげな視線を向けたら


「少しの間だけ追い払いました。」


にこりと笑って話してくれる。


「日向さん、電話でも思ったけど…なんかよそ行き?」


言葉遣いが妙に丁寧。こんな喋り方だったっけ?5年経てば多少の違和感は仕方ないのかな。


「ふはっ。そっか、喋り方ね。うん。かもな。」


日向さんは一瞬黙りこんでけらけら笑いだして、笑いながら説明してくれた。


「なんてか、ずっと一緒に仕事してる上司みたいな人がやたら丁寧な話し方するから知らずに毒されたのかも。」


「ああ…デスネ。日向さん、天城さんの話し方に似てきましたよ。」


日向さんの話に運転手さんが合いの手を入れた。


「マジかよ。ちょっと意識して治さねえと性格まで似ちまいそうで怖いよな。」


前で話し込むふたり。


「もしかして悪魔みたいな上司さんの事ですか。」


5年前に日向さんから聞いた話を思い出した。


「「‥‥‥」」


「日向さん、初対面の女の子にそんな話してたんすか?」


「悪かったな。流れだよ。」


「悪魔な大魔人の話がですか!」


「うるさいよ。あん時は色気より何より

飯田の始末と安生さんの葬式でいっぱいいっぱいだったんだ。」


「…すいません。」


「あ~、悪い。忘れろ。」


謝る運転手さんに日向さんは苦笑いをこぼした。笑い顔は昔のまま。


「あの頃は私も結婚を控えてバタバタしてましたけど、日向さんもお忙しかったんですね。」


「まあ。仕事が変わってちょっと大変なときに大事な人が亡くなったし、うちの組は皆そうだったけどな。」


話ながら外を見れば車は高速にのっていた。


「え?何処に行くんですか。」


「東雲小学校跡地だけど。」


当然のように日向さんは答えた。

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