3限目 理想郷
先輩方が歓迎会を開いてくれた。
だが、そんな楽しい時間に、寮の門限が迫る。
この学校は全寮制だ。門限までに個人の識別タグを持って寮のゲートを通過しなくてはならない。無断外泊なんてもっての
「みんな、タグを
「おう、偽装よろ」
「悪いね。よろしく」
二人とも慣れた手つきでICタグをカナ先輩に渡した。
「シロエ~、クロエ~、おいで~!」
カナ先輩は窓の外に向かって叫んだ。すると「ナ~ン」と猫の声が聞こえてきた。尻尾をピンと立てた黒猫と白猫が窓から部室に入ってくる。猫達は喉を鳴らし嬉しそうにカナ先輩に甘えた。
「この子達にタグを付けて、寮のゲートを通過してもらうの。朝は逆にこの子達が学校のゲートを通って登校。可愛いでしょ?」
可愛い手段だけど、本当に出来るのだろうか。彼女は慣れた手つきで黒猫の首輪に男性陣のタグを付けた。
「じゃぁ綾ちゃんも!」
私は慌てて腕時計型のケースに
「慣れてるんですね。あの子達」
「そう、先輩たちの代からやってたから。問題ないよ」
クラスメイトと鉢合わせする寮に帰るのが嫌だったので、私はほっとした。
◆
その後、ひとしきり騒いでシャワーを浴び、カナ先輩が寝床にしている教室に行き就寝することになった。布団にくるまり目を
私は独り、夜の廊下を歩く。すると部室に明かりがついていた。静かに扉を開けて覗くと、神木先輩が黙々と絵を描いている。
段々と完成に近づく絵と、真剣に描く彼は綺麗だった。
吸い込まれるように教室の中に入り彼に近づく。音楽を聴きながら描いている彼は、私が近づいたことに気付いていなかった。
ひと筆づつキャンバスに色を置いて行く度に、その世界には花が咲き動物達の表情からも平穏を感じ取れた。彼の世界はこんなにも美しく優しい……
「綺麗。いいな、私もこんな場所に行ってみたい」
思わず感想を零してしまった。彼は驚くどころか、知っていたかのように穏やかに答える。
「ありがとう。楽園をテーマに描いているんだ。どうしたの眠れない?」
「はい、悪い事ばかり考えちゃって」
先輩はそんな私の為にお茶を淹れてくれた。
「カモミールティー。落ち着くよ。……ここはどう? 気に入った?」
一口含むと優しい香りが気持ちを
「はい、私にとってここは楽園です。先輩達に出会えて良かった……私、先輩の絵の完成が楽しみです」
「良かった。綾香ちゃんには楽園を見せてあげる。完成には時間がかかるけど必ず。……綾香ちゃんの小説が完成したら、僕を1人目の読者にしてほしい」
彼は微笑んだ。私の小説は誰かに読んでもらおうと思って書いたものでは無い。妄想や欲望が赤裸々に詰まっている。でも、彼になら……。
「ぜひ……よろしくお願いします」
自分の為でなく、彼にも楽しんでもらいたい。私の創作活動に目標ができた。
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