2限目 遊戯

 扉の先は旧美術室。壁には制作途中の大きなキャンバスが立てかけられ、視界いっぱいに広がる色鮮やかな絵に心を奪われてしまった。


「誰?」


 神木先輩以外の声。

 声の主は部屋の隅のソファに座る鋭い目をした男子生徒だ。


「昼休みにクロッキーを拾ってくれた子。そう言えば、自己紹介がまだだね。僕は神木かみき龍巳たつみ。あそこに座ってるのは……」


「三年、川瀬かわせあおい


 私も彼らにならい名乗った。直後、扉が急に開いて登場人物が増える。


「おっす~♪ 電気ついて良かったね。さっき1年男子が逃げてったけど……あれっ? 誰?」


 神木先輩や川瀬先輩とは対称的な明るい女子生徒だ。長い金髪をなびかせた美人で、制服のリボンは三年生のものだ。先輩達は迷うことなく彼女の疑問に答える。


「「綾香ちゃん」」

「ほう、綾香ちゃん! 私案件かな? こっちおいで」


 美女は私の手を引き、更に奥の部屋へと連れて扉を閉ざす。


「あの、あなたは?」

「私は二階堂にかいどうかなで。カナって呼んで」


「カナ先輩? 何を!」

「綾ちゃん、着替えようか? 私のジャージ貸したげる。洗うから脱いで?」


 私は吐瀉としゃ物で汚れた自身の制服を見て慌てる。


「そんな、悪いです! 自分で……」

「私の妄想であって欲しいのだけども……体、大丈夫? 変な事されてない?」


 カナ先輩は屈んで私に目線を合わせ、真剣な顔で尋ねる。

 私は教室での出来事を思い出し、涙がこみ上げた。そして、こくりと頷く。


「体はされてないです。けど……私、もう学校ここにいたくない……」


 ◆


 着替えながらカナ先輩は私の話を聞いてくれた。更に彼女は嫌な顔をせず私のブラウスを洗ってくれる。聖母みたいな人だ。

 彼女に話したことで状況を整理し、少し落ち着きを取り戻すことが出来た。


 着替え終わり先程の部屋に戻ると、紅茶の香りが漂う。


「良かった。二人共座って」


 神木先輩に従い私達はソファに座り紅茶を飲んだ。紅茶の温かさと香りで緊張がほぐれていく。川瀬先輩が膝の上でキーボードを弾く音だけが子気味良く響いた。


「助けてくださってありがとうございます。着替えやお茶まで」

「いいんだよ。君は僕のクロッキーを拾ってくれたからね。そのお礼」


 それにしては過剰だ。ただ拾っただけなのに。

 穏やかな二人をよそに川瀬先輩が暗い声でつぶやく。


「有坂綾香……ああ、か、一昨日おとといも端末直したよな?」

「なぜそれを?」

「葵はシステム課で端末管理の手伝いをしてるから♪ それにモニタリングとハッキングが趣味なんだよね?」

「人聞き悪いな……まったく、えっぐいことするな。日に2件とか終わってんな、お前のクラス」


 彼等にあの動画のことを知られてしまった。また涙がこぼれる。


「ちょっと! 葵!? このノンデリ!!」

「るっせーな! あんな胸糞悪いモンに興味はない。消すんだよ!」


 『消す』私は耳を疑った。こういったものはネット上に流出したら消せない筈なのに。


「消せそうかい? 僕からも頼むよ」

「やってみる。アップ直後から今も学内のネットは原因不明の切断。システム課の兄さん方がネット復旧させたら、適当な理由をつけてリモートで1年の端末を握る。いまどき配布端末以外持ってる奴いないし、学内Wi-Fiに依存してるからな。あのクラス1-2は面倒だから確認後に全員ストレージ全消し。噂をすれば」


「わぁ! よく分からないけど、葵かっこいい!」


 カナ先輩に褒められて川瀬先輩は赤くなった顔をPCで隠した。そんな事が本当に出来るのだろうか?……でも、出来てほしい。

 

「勝手に首を突っ込んでごめん。葵は似たような件で苦労したから放っておけないんだ」


 私の為に動いてくれるなんて、感謝以外何もない。

 私は彼らに素朴な疑問を投げかけた。


「あの……先輩達はここで何をしているんですか?」

禁忌きんきを愉しんでるってところかな?」


「禁忌?」


「そう、秘密の遊戯~♪」

「それは大げさだけど、創作活動を楽しむ部活だよ。僕は絵画、葵はゲーム、奏は音楽。ここは、人の目を気にすることなく創造することを許された場所なんだ」


 『創造が許された場所』それを聞いてとても羨ましかった。もしかして、ここなら……


「神木先輩。私、小説が好きで……書いてるんです。私もこの部活に入る事は出来ますか?」

勿論もちろん。好きなだけここを使って欲しい」


 世界が明るくなった気がした。同時に静かだった川瀬先輩が叫ぶ。


「うっしゃ! とりあえず例の動画は2つとも消した。綾っちのは拡散の形跡もない。ネットの不具合が起きてラッキーだったな。ざまぁ猿共」

「良かったね!綾ちゃん!!」


 奇跡だ。ポロポロと涙が溢れてきた。


「川瀬先輩、ありがとうございます!!どうお礼したらいいのか」

「いいんだよ、綾っちは俺等の後輩だ。それにクリエーター仲間が困ってたら助ける」

「よしよし……そうだ! 今日は寮には帰らないでみんなで合宿しよう! ね? 部長」

「そうだね。今日はみんなで校則を破ろうか」


 突如現れた天使のような先輩達。

 私は彼等と共に禁忌を犯すことを決めた。

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