2・もえ、放火魔を追う

第2話

きららをいじめっ子から救い、一ヶ月が経った。

「はあ……」

 デスクの上に山のように積んである書類を見て、ため息をついた。

「なんであれから大きな事件がないの? 私は刑事よ? 刑事は覆面パトカーに乗って、拳銃をバンバン打ち鳴らす犯人を追うのよ? そして、海岸まで追い詰めた時、言うのよ」

 立ち上がり、言った。

「もういいだろ……てね!」

 振り向くと、警部が立っていた。

「なにをしとるんだ?」

「いえなにも!」

 サッと席に着いた。

「君はもう大人なんだから、いつまでも子どもみたいなことをしているんじゃないぞ?」

 と言って、警部は去った。

「ふん、なによ? 親でもないのに説教しないで!」

 小声で文句を放った。

「あ、山波さん。手伝おうか?」

 隣にいるイケメン刑事が話しかけてきた。

「あ、ありがとうございます……」

 もえは照れた。

(そういえば、まだこの人の名前聞いてなかった)

 まだ名前が不明のままだった。

「あ、あの先輩! そろそろ名前を……」

 彼を見ると、超速スピードで書類整理を行っていた。

「ええ?」

 呆然とした。山積みの書類に押印を頼まれていたが、一枚ずつ機械のようにあっという間におえてしまう。

「な、なんなんだこの人! 名前も年齢も不明、なにもかもわからない人だあ!」

 もえはなにがなんだかわからなくなって、頭を抱えた。

「あ、そうだ。山波さん、僕の名前は……」

 超速の押印をしながら、彼が答えようとすると。

「事件発生だ! みんな、会議室に集まれ!」

 警視庁捜査一課長が事務室にやってきた。


 会議室。

「近頃、ある住宅街で放火事件が絶えず起きている。事故で起きたのではない、誰かが故意にやったとしか思えない。これは、悪質な放火魔事件として、判断すべきだろう」

 警部が説明した。

「君たちには、放火魔事件が起きた住宅街で、情報を探ってきてほしい。なんでもいい、明日の同じ時間、ここで共有しようじゃないか。それじゃ出動!」

 会議室にいた刑事たちが全員出動した。

 都内を走るパトカー数台。事件の起きた住宅街へと向かっていた。


 住宅街に着くと、パトカーを降りた刑事たちは、道行く人たちに事件について、なにか知っていることはないかなど質問に回った。しかし、なんの手がかりも掴めない。

 もえは、中学校の前に来ていた。

「わ、私こう見えて知らない人に声かけるの苦手なんですよ……」

 イケメン刑事……先輩に言った。

「そうなの? 簡単だよ」

 先輩はさっそく校門へ向かった。

「あ、すいません。少しいいですか?」

 女子中学生グループに話しかけた。彼女たちは長身のイケメンに声をかけられて、キャーキャー騒いだ。

「だじゃれを言うのは”だれじゃ”?」

 女子中学生たちともえ、唖然。

「おっと。これは冗談で、これ”ドイツ”んだ? ”オランダ”よって……」

 ひそひそとしだす女子中学生たち。

「ひ、ひえ~!」

 電柱につかまり、悲鳴を上げるもえ。

「おっとこれも冗談で、実は君たちに聞きたいのは……」

「もういいです!!」

 女子中学生たちは、怒って去ってしまった。

「あれえ?」

 先輩は首を傾げた。

「あれえ、じゃないですよ! なーにだじゃれかましてくれてるんですか!」 

 もえはツッコんだ。

「いや、質問は場を和ませることが大切だって教えられたからさ、だじゃれで笑かしてやろうと思って……」

「この人、ほんとはバカ?」

 呆れているもえ。

「しかたない。私が行きますから、先輩はどこかで見張っててください」

「見張るって……。こんな感じ?」

 ギョロ目を見せた。もえは怯えた。

 もえは、偶然校門のそばを歩いていた女子中学生に声をかけた。

「ちょっとそこの君。あの、少しの間でいいんだけど、質問聞いてくれるかな?」

「すいません。今忙しいので」

(当然、断るよねえ。でも、このくらいでへこたれるもえじゃない!)

 もえは、再度アタックした。

「そこをなんとか! 実は、この辺で放火事件が起きていまして、なにか知ってることがあれば、なんでもいいので、お聞かせいただきたいんですよ」

「……」

「あ、わ、私こういう者です!」

 もえは、出し忘れていた警察手帳を取り出した。

「私なにも知りません! 帰っていいですか? これから塾に行かないといけないので」

「あ、はい……」

 もえは、振り向き様に見せた女子中学生の圧に負けて、帰してしまった。

「あれー? 山波さんも大概だよ?」

 先輩が罵ってきた。

「だじゃれよりマシです!」

 ムッとした。


 翌日、警視庁捜査一課の会議室。刑事たちが共有する意見の中に、夜の十九時頃に放火が起きる、放火が起きる場所は同じ住宅街の近辺だが、毎日違う家が被害に遭うという情報があった。警部が二つの情報をもとに、しばらくの間、十八時から十九時まで、事件が起きた住宅街に張り込みをすることに決定した。

 その業務には、もえと先輩も任命された。


 十八時。もえと先輩は、覆面パトカーの中で、配置場所で張り込みを行っていた。

「ふわあ~あ……」

 先輩があくびをした。

「先輩! あくびなんてしないでください」

 もえが注意した。

「ただこうしてじっとしてるのもねむいだろう?」

「まあ、それもそうですけど……。でもお仕事ですよ? それに、やっと今、刑事らしいことをしているじゃないですか!」

 もえは目を輝かせた。

「ねたくてもねられやしないよ。だってさ、僕ら警察が見張っているところには、電柱にすべて監視カメラが設置されてるからな。みつかったら、警部に大目玉くらうぜ?」

 近隣住民には許可を得て、刑事が張り込む場所には、監視カメラの設置をしていた。

「まあ、警部の大目玉は怖いよねえ」

 もえが納得した。

「今のところ、あやしそうな人物は見当たりませんね」

 あたりを見渡した。

「あ、でも待てよ……。山波さん、僕のまぶたに目を描いて?」 

「は? な、なんで?」

「まぶたに目を描けば、寝ててもバレないでしょ」

「い、いやいや市民の味方がそんな中学生が居眠りバレたくない的な方法やってどうするんですか! やりませんからね?」

「じゃあ自分でやるよ」

 自分でまぶたに目を描こうとする。

「いけませ~ん!」

 ペンを持つ手を必死で掴んだ。そこへ。

 誰かが窓をノックした。もえは、まさか警部ではと、焦った。

「は、はい!」

 窓を開けた。しかしそこにいたのは、昨日声をかけた、女子中学生だった。

「なにしてるんですか?」

「あ、き、君は……」

「もしかして、昨日の刑事さん? もしかして、今お楽しみ中だったとか……」

 ニヤリとする女子中学生。

「そそ、そんなんじゃないから!!」

 あわてるもえ。

「うふふ!」

 笑った。

「い、今本官は事件発生を阻止するため、張り込み中であります!」

 もえは車から出て、ビシッと敬礼した。

「ビシッ!」

 再度ビシッと敬礼した。

「二回もしなくていいですから……」

 女子中学生が呆れた。

「も、もしかして。なにか知ってることでもあった?」

「ううん。塾に向かう途中、覆面パトカーがあったので、もしかしてかなーってさ」

「覆面パトカー? ああ、サイレン乗せたままにしてるからわかったんだね」

「あと三十分ほどで例の放火魔が現れますね。よくはわかりませんけど、気を付けてくださいね」

「はい!」

 もえは、女子中学生に敬礼した。

「君も塾がんばってね?」

 もえの一声になにも答えず、女子中学生は行ってしまった。

「あの子、昨日君が質問しそびれた子だよね」

 車内から出てきた先輩が、言った。

 一時間が経過した。放火事件は起きなかった。延長して三十分張り込んだが、放火魔は、一向に姿を現さなかった。


 翌日も、そのまた翌日、またまた翌日も、張り込みが行われた。しかし、一向に犯人は姿を見せなかった。

「あれ? 犯人が現れない。犯人がバッと登場して、華麗に刑事である私が登場して、観念しろーって、立ち向かうはずなのに……」

 もえは張り込みをしている覆面パトカーの中で、がく然としていた。

「これはこれでいいんじゃない?」

 と、先輩。

「そ、そうですけど~! 私の警察人生が、ただのサラリーマンみたいになったら、なんのために空手と柔道を習い、なんのために拳銃を習い、なんのために教官にきつい言葉を放たれたのか、わかんなくなるじゃないですか!!」

「山波さん。警察はね、人々の安全を保つのも仕事なんだよ。重要なのは、守るんじゃない。保つことさ」

「保つ……」

「ねねえ。出前頼もうと思うんだけどさ、ピザとすし、どっちにしたほうがいい?」

 もえはため息をつき、答えた。

「知りません……」

「おい……」

 突然辛辣な声を上げる先輩。びっくりして彼に顔を向けるもえ。

「あれを見ろ!」

 彼が見やる先は、オレンジ色に光っていた。

「ま、まさか!」

「発車するぞ?」

 先輩は覆面パトカーのサイレンを鳴らし、発車した。

 オレンジ色に光っていた先は、火事の現場だった。一軒の家が燃えている。現場を見に来た野次馬たちと、消防隊員、そして、張り込み回っていた刑事たちで、騒然としていた。

 もえたちを乗せた覆面パトカーもやってきた。

「うわあ……」

 車内から降りたもえと先輩は、燃え盛る家を見上げた。

「あっ!」

 もえは、燃え盛る家に向かって、走った。

「お、おい?」

 当惑する先輩。

「火の中に子どもが!」

 玄関のあたりだろうか。燃え盛る火の中で、子どもが泣きながら座り込んでいた。

「熱い!」

 家の目の前に来て、火の熱さにためらった。

「でも、命を守るのを刑事の仕事!」

 思い切って、向かった。

「お、おい! 誰か一人家に向かっていったぞ!」

 消防隊員たちが、騒然とした。先輩も、もえが無事に戻ってこれるか、ハラハラした。

 しかし、数秒後、すぐにもえは子どもを抱えて戻ってきた。

「大丈夫か!!」

 消防隊員がかけつけてきた。

「私は大丈夫です。この子を……」

 気を失っている子どもを、消防隊員に授けた。もえも子どもも無傷だったが、服や髪が少し焦げてしまっていた。

「よかった……」

 先輩は安堵した。


 放火が起きた場所は、監視カメラの設置されていない場所だった。

「犯人は我々が張り込みをしている場所を事前にマークしていたはずだ。誰か、ここ最近で不審な人物を見かけなかったか!」

 警部が聞くが、誰も答えない。みんなざわざわとするだけだった。

「はい静粛に!」

 と、声を上げる者が。その人物は、所長だった。御年七十の、高齢者だ。

「警察たるもの、いかなる時でも冷静に対処しなければならん。いいか貴君たち、犯人はあからさまに現れるのではない。何気ないところからひょっこりと現れるのだ!」

 年寄りらしいゆっくり口調とは裏腹に、飛び抜けたことを言う。

「あ、それから警部君」

「はい、なんでございましょう?」

「コーヒーが飲みたいんだけど、どこに粉あったっけ?」

「もう~所長! いつも言ってるでしょ? 一番上の棚ですって!」

「ああそうだったそうだった」

 刑事たちは、唖然とした。

「おほん! 市民の安全がかかっている。心して取りかかれ!」

 警部の一言に刑事たちは、「はい!」と敬礼して見せた。


 しかし、犯人は一向に見つからないままだ。張り込みと監視カメラの設置をしても、放火は起きるばかりだ。場所は決まって、張り込みと監視カメラのない場所で起きた。犯人は、事前に警察のいる場所をマークしていると見た。そのため、どうしても監視カメラと張り込みはしてほしくないという住民以外のそばには、警察を配置されることになった。

 ただ、そういった場所にも魔の手が襲ってくる危険性があるため、どうすればいいか、頭を悩ませていた。

「うーん……。でも、住民の意向も聞いてあげなくちゃだよね」

 覆面パトカーの車内から張り込み中に、もえは考えていた。

「自分たちは放火されていいのかって話だよなあ」

「もう、先輩ったら……」

 もえが呆れた。

「昔、最寄りの本屋に私服警官を張り込ませているとこがあったの思い出したな」

 先輩が言うと、

「それだ!!」

 もえは大声を上げた。


 夜の十九時を回った住宅街。真っ黒なパーカー、ズボンに身を包んだ人物が、電柱に隠れながら、道を行き来していた。電灯の明かりを見つけると、明かりのない場所を探し、向かった。

「!」

 驚いた。しかし、目の前に見えたのは、腰の曲がったおばあさんだった。真っ黒な格好をした人物は、ホッと胸を撫で下ろした。

 そして、一軒の家に辿り着いた。一階に明かりが付いており、にぎやかそうに声がする。

 真っ黒な格好の人物は、懐から真っ黒な水筒を取り出し、透明ななにかを庭に流した。そして、同じく懐からマッチ棒を取り出し、火を付けた。

「そこまでよ!」

 誰かに腕を掴まれた。不意に、マッチ棒を足元に落としてしまった。

「あなたが犯人ね?」

 もえは、犯人の真っ黒いパーカーを外した。

「え!」

 呆然とした。犯人の正体は、偶然声をかけた、まじめそうな女子中学生だったからである。

「ど、どうして君が……」

「毎日毎日うんざりなのよ。親は勉強熱心な人で、私には学力を上げてもらうことしか考えてない。クラスのみんなも成績が一番なのをいいことに、テスト前の予習の相手か、宿題写しの相手としか思っていない……。なのに、どうして、ここにいる人たちは、楽しそうにしているの? なんで私だけが、こんなつらい思いをしなくちゃいけなの?」

「……」

「どうしてわかったの?」

「君は、あの時私がいる覆面パトカーに声をかけた。あのあと、張り込みや監視カメラのない場所で次々と放火が起きた。もしかして、君は警察の居所を掴むために、私にあえて声をかけたんじゃないの?」

「そうよ? だって、やみくもにやったって、すぐにバレるでしょ」

「そうだよね。だからこそ、腰の曲がったおばあさんの変装をして、私は君を特定したのよ」

「なぜそんな方法を?」

「いっしょに張り込みをしていた先輩の、何気ない一言を聞いてね。私服警官って知ってる? 刑事の格好するよりも、腰の曲がったおばあさんを演じれば、君はのこのこと現れると打ったのよ」

「そう……。不覚だったわね」

 女子中学生は、うつむいた。

「その、なんて言うのかな?」

 もえは言った。

「まだ他の刑事には報告してないの。すぐそこに公園があるから、お話しない?」

「え?」

 二人は公園に向かった。

 女子中学生は現在三年生の十四歳。名前はめい。勉強熱心な両親を持ち、幼い頃からほとんど勉強付けの毎日だったという。クラスでも一番成績がよく、学級委員に任命されたり、慕われてきた。が、しかし、仲良しと呼べる人はいなかった。学校では、テスト前の予習の手伝いや、宿題写しにしか思われていなかった。そんな自分に、いつしか違和感を覚えるようになった。しかし、両親からは勉強でいい成績を収めろの一点張り。どうすることもできなかった結果、塾の帰りに、不意に放火を思い立ってしまったという。

「刑事さん……」

 公園のベンチにうつむいて座るめいが、隣で座るもえを呼ぶ。

「なに?」

「もう私、これからどうなるの? いけないことだとわかっていたのに、どうしてこんなことになってしまったの……」

 ぎゅっと目を閉じた。

 もえは答えた。

「大丈夫。君はまだ中学生なんだから、いくらでも立ち上がれるよ」

「でも……」

「顔を上げて?」

 めいは、顔を上げた。

「私たちが全力でめいちゃんを助けるから!」

 拳を胸に添え、宣言した。めいは涙目のまま、ほほ笑んだ。

 公園の入り口から二人の様子を覗いていた先輩。

「出前はすしかなあ。たらふく食えるしな」

 出前はすしに決めた。

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