警視庁捜査一課の新人刑事 山波もえ
みまちよしお
1・もえ、きららを救う
第1話
東京都にある警視庁捜査一課に、新人がやってきた。
「き、今日から警視庁捜査一課に所属になりました、
もえは、背筋をピンと伸ばしながら、九十度の角度でお辞儀をした。
「というわけだから、みんなよろしく」
捜査一課長が言うと、刑事たちは、全員デスクに顔を向けて、仕事に戻った。
「え?」
キョトンとするもえ。
「じゃあ山波君、君は向こうの席で、書類作成をしてくれ」
「え? し、書類作成ですか?」
「ああそうだよ」
「い、いやでも……。刑事って、事件を解決したりとか、駐禁の取り締まりをしたりとか……」
「駐禁? そんなの交通課に任せればいいだろ。事件なんて巡査に任せればいいよ」
「ええ!?」
もえはがく然とした。
山波もえ、現在二十二歳。警察学校を卒業し、警視庁捜査一課に配属された。なぜ刑事を目指したかというと、サスペンスドラマに憧れたからだ。どんなに悪どい犯人も追い詰めるその正義感に心を奪われて、なりたい職業になっていた。
「いつか覆面パトカーに乗って、犯人の車を追跡するやつやってみたかったのに~!」
案内されたデスクで頭を抱えるもえ。
「ちょっと君?」
「なによ!」
隣から肩を突いてきた相手をにらんだ。が、すぐに目を丸くした。
「仕事中に騒ぐのはよくないよ?」
隣には、かっこいい刑事が座っていた。茶髪のガタイがいい、若い刑事だ。
「あ、す、すみません……」
もえは照れて、姿勢よく座った。
(え、なに? 私こんなイケメンの隣で仕事するの!? こういう刑事のあり方も悪くないわねえ……)
にんまりした。
お昼休み。もえは、食堂入り口の掲示板を見ていた。
「都内で起きた交通事故の数、駐禁の数、不審者目撃情報……。なんで現実はこうもつまらない事件ばっかりなのよ……」
げんなりした。
「あ、新人さんだ」
もえは後ろを向いた。隣のデスクのイケメン刑事だ。
「掲示板見てたの?」
「あ、そ、そうです……。と、都内は事件が多いな……って!?」
彼を見てポカンとした。なぜなら、一段目にアンティークと二段目にラーメン、三段目にフルーツを載せたカートを引いているからだ。
「まあね。都内は交通違反する人が多いから」
「あ、そ、そうですね……」
「お昼はなににするの?」
「えっ?」
「お昼」
「え、ええっと……」
それより、カートが気になるもえ。
「せ、先輩は……」
おそるおそる聞いてみた。
「俺? これだけど?」
カートに目を向けた。
(え、なにこの人……。本業は石油王!?)
「お昼はしっかりとれよ?」
と言って、イケメン刑事はカートを押して去っていった。
「は、ははは……」
もえは苦笑いした。
夜になった。もえは初日なので、今日はもう上がりになる。しかし、数日もすれば、夜勤も出てくるようになる。
「対して大きな事件もないのに、夜勤なんているのかあ?」
つぶやきながら、もえは事務所をあとにした。
しかし、その直後だった。
『事件発生。至急、パトカーで出動されたし』
放送が流れた。
「え?」
「ほらなにしているんだ新人! 早く向かえ!」
上司に言われ、もえはあわててパトカーの常駐する車庫へと急いだ。
もえは、イケメン刑事の運転する覆面パトカーに乗車することになった。
「な、なにがあったんですか? 私もう上がりなのに……」
「女子高で、屋上から飛び降りをしようとしてる人を見たと目撃情報があったらしい」
「ええ!?」
「ったく。夜は変な事件が起きるからたまったもんじゃないぜ」
「は、はあ……」
呆然とするもえ。覆面パトカーが発進した。
警視庁捜査一課と近辺の交番からやってきたパトカー数台と、集まってきた野次馬で騒然とする女子高。住宅街の中にあるので、夜じゃ普段は見せない景観だ。
「いいか! A班はマットを用意! B班は屋上へ突撃し、未遂者を救え!」
警視庁捜査一課長の指示で、足早に動く警官たち。
もえは、屋上を見上げた。確かに、誰かが一人、屋上に立っていた。
「行かなきゃ!」
もえも、校舎へと向かった。
足早に階段をかけ上がる警官たち。全員息を切らしていた。もえもあとに続き、息を切らしながらも全速力で向かっていた。
そして屋上前の扉へ。
「いいか、せーので開けるぞ?」
と、先頭にいる警官。
「せーの!」
と、開けると、屋上にはセーラー服を着た女子高生が立っていた。彼女は驚いて、振り向いた。
「女子高生!?」
もえが、数人の警官たちを押しのけて、屋上に出た。
「な、なんだ君は!」
もえのことを知らない警官が、声を上げる。
もえと女子高生は、視線を合わせた。不意に合ってしまう。
そして、決心して、女子高生のいるところへ向かった。警官たちが騒然とした。
「大丈夫?」
女子高生に近づくと、もえは一言聞いた。
「私も突然のことだからよくわからないけど、ここで自殺未遂者がいるって報告があったみたいで。それで、警視庁や交番の人たちが、かけつけてきたの。でももう安心よ?」
もえは、手を差し伸べた。
「安心なんかじゃない……」
つぶやく女子高生。
「へ?」
「私は死ねと言われたから死ぬのに……。あなたがそれを阻止したから安心なんかじゃない!!」
目を見開き、怒鳴った。もえは、呆然とした。
「かかれ!」
警官たちが、女子高生を取り押さえに向かった。
「離せえええ!!」
女子高生が怒鳴り声を上げた。しかし、まもなく彼女は近くの交番に引き取られた。
翌朝。
「ふわあ……」
警視庁捜査一課の事務室であくびをするもえ。
「昨日はさんざんでしたねえ」
「そうだね」
「って、先輩はなにもしてないじゃないですかあ」
「僕もなにかしたさ。野次馬の取り締まり」
「ははっ……」
苦笑した。
「そういえば先輩、名前まだ聞いてませんでしたね」
「僕?」
「はい」
「僕の名前が知りたいの?」
「はい」
「聞いて驚くなよ?」
「え?」
ポカンとして、
「ああ、山波? 山波はいるか!」
事務所に警部がやってきた。
「け、警部?」
「山波。お前昨夜、自殺未遂の女子高生と会ったよな?」
「は、はい」
「じゃあさ、お前あの子の保護観察やってくれ」
「ええ!? な、なんで突然……」
「これも仕事のうちだ」
「い、いやでも私刑事だし……。それってえ、保護観察官がやる仕事じゃないですかあ」
「いいから行け! どいつにあたっても口を開こうとしないんだよ!」
「は、はい~!」
警部の鬼のような形相と勢いに負けて、保護観察の仕事を承ってしまった。
庁内にある、保護観察所にやってきた。
「失礼しまーす……」
個室にやってきたもえ。そこに、テーブルの前にあるイスに座り、うつむいたままの女子高生がいた。
「や、やあ?」
あいさつするが、うつむいたままである。
「あ、えっと……。わ、私刑事だけど、保護観察官の山波です。よろしくね?」
うつむいたままの女子高生。
「今日はいい天気だねって、ここは窓がないか……」
うつむいたままの女子高生。
「好きな食べ物なあに? 私カルボナーラ大好き!」
うつむいたままの女子高生。
「と、得意な勉強は? 私こう見えて、体育が得意だったの! もうね、マラソンじゃ一位だったんだから!」
うつむいたままの女子高生。
(保護観察って、こんなんでいいのか!?)
ハッとして、入り口に目を向けた。監視役の警官二人が立っていた。なにかあった時のために、配置している。
(こいつとあと外にいるであろう刑事たちの目もあるし、あまり変なことはできない……。よし、思い切った質問を投げかけよう! そしてもうおわろ)
その、思い切った質問をしてみた。
「なんでさ、自殺なんてしようとしたの?」
うつむいたままの女子高生。
「わかった。誰にも言わないって約束するからさ、耳打ちしてみ?」
耳を傾けた。
「ほら。私と君だけの秘密だよ」
こそっとつぶやいた。女子高生はうつむいたままだったが、やがて顔を上げて、答えた。
「自殺しろって頼まれたから……」
小声で耳打ちした。
「どうして?」
「あたしは個性もなにもない人間なの。そんなあたしに友達になってくれた人たちの期待に応えないわけにはいかない。だから、自殺しようとしたの……」
もえは小声じゃない普通の声で言った。
「個性のない人間は存在しないわ。私もあなたも、そしてすぐそこで突っ立ってるだけの警官にも、個性はあるのよ。そうでしょ警官!」
警官は当惑しながら、こくりとうなずいた。
「あたしに個性なんてないわ……」
「あるわよ!」
「じゃあ、あたしってなに? あたしってなんなの!?」
うつむいたまま、声を上げた。
「え……」
もえは答えられなかった。
「わかんないんじゃん……。あたしなんてしょせん、空気のように流されて生きていけばいいんだよ……。だから、昨日はあのまま死ねばよかったんだ。それでみんな満足したんだ……」
「そんな……」
「個性のない、空気のように流されて生きるだけのあたしがさ、死ななかったから、友達はみんななんて思うだろう? きっと異常気象でも起きたみたいに、あたしのことを腫れ物扱いするんだ。やっぱり、死ぬしかないんだ……」
「そんなことない!」
もえは立ち上がった。女子高生はつい、もえに顔を向けた。
「あなたは人間でしょ? 生きるものにはそれぞれ価値があって当然なの。なのにどうしてそういうこと言うの? 個性があるとかないとかの問題じゃないよ? 価値よ、価値があって当然なの!」
「……」
「あなたのことを好きでいてくれる人がいるかもしれない。きらいな人もいるかもしれない。だから、死ねなんて言われて実行に移すなんてよくないよ」
「でも……」
「怖かったでしょ?」
ハッとする女子高生。
「人の言うことより、まず自分の気持ちに素直にならなくちゃ」
もえはウインクした。こうして、本日の保護観察はおわりを迎え、女子高生は親と帰っていった。
保護観察の業務二日目。もえは、女子高生の通う女子高へ来ていた。スーツ姿の女性がろうかにいるのを不審がる生徒が多数存在した。もえだって、来たくて来ているわけじゃない。
「私だって、ろうかでずっと佇んでるの恥ずかしいんだからね? なんで私一人に業務を押し付けるのよ!」
目の前にいない警部に文句を垂れた。
授業を受けている女子高生を覗いてみた。彼女はもえが来て少し緊張している趣だった。
「にしても……。誰があの子のこといじめてるんだろ?」
教室を覗いてみるが、誰かいじめてくる様子は伺えない。刑事である自分がいるからだろうが、事前に生徒たちに報告はしてはいない。
「まあでも、相手が刑事だろうがなかろうが、見慣れない人がいれば、いじわるしようなんて思わないかな?」
もえは、じろじろと教室の中を覗き込んだ。
「あの……」
声をかけられた。
「はい!」
返事をするもえ。
「すいません。生徒たちがとても不審がっているので、中をまじまじと覗くのはやめていただけませんか?」
女教師に注意されてしまった。もえはぺこぺこと頭を下げた。
放課後になった。一日中女子高で保護観察を行った。
「はあーあ! 疲れたあ……」
くたくたでも、一日の報告をするため、警視庁に戻らなければならない。
「電話一本で報告すればいいのに……。警察って仕事はどうしてこうも面倒なのかね!」
文句を放つと、校舎裏に向かう、女子高生たちが、遠くに見えた。
「あの子は……」
その中の一人に、保護観察中の女子高生がいた。
校舎裏では、保護観察を受けている女子高生がいじめっ子の女子高生たちに蹴られ、ぶたれていた。
「今日ろうかにずっと立ってたやつさ……。警察じゃないの?」
「あんた、うちらのこと警察にチクったの?」
「マジあり得ない! 普通警察に言う?」
いじめっ子たちに蹴られながら、女子高生は「ごめんなさいごめんなさい!」とひっきりなしに謝っていた。
「どうせあんたはなにもないつまんないやつなんだよ。だったらうちらに従ってりゃいいんだよ!」
と、いじめっ子の一人。
「なにもないあんたには、うちらがあれこれ指示してやれば、毎日楽しくなるんだよ」
「それほんと?」
声がした。
「そんなことして、彼女はどう思ってるの?」
もえだ。
「てめえ、ろうかにずっといた不審者か!」
と、いじめっ子。
「あ、あの刑事ですけど……」
もえはおどおどしながら、警察手帳を出した。
「マジでえ?」
「ありえなーい!」
他のいじめっ子たちが騒いだ。
「とにかく! 君たちがこの子にいろいろしていることって、とても悪いことのように思えるんだけど?」
もえは、保護観察している女子高生の手を引き、自分のもとへ連れた。
「痛かったでしょ?」
女子高生はもえに目を合わせず、答えない。
「ほーら! こいつなにもないからなにも答えない。だから蹴ってもいいし……」
いじめっ子が言って、
「なにもない? じゃあどうしてこの子はこんなにもつらそうな顔をしているの?」
女子高生は、ハッとし、もえを見た。
「人間はね、生きてれば感情の一つや二つあるのよ。確かに、おとなしい彼女は一見すると、個性のない、なんでも言うことを聞いてくれそうな子に見えると思う。でも、そんな子だってね、ハワイのリゾートでぜいたくしたいとか、結婚したいとか、パチンコで負けて台を思わずぶん殴りたくなるとかいう気持ちは持つの!」
「パチンコはしないです……」
と、女子高生。
「だよね?」
と、もえ。
「この子をいじめたくなる君たちの気持ちもわかるけど……」
もえは女子高生を連れ、立ち去ろうとし、言った。
「人の気持ちも知らずしてやってるようじゃ、ね?」
ウインクした。いじめっ子たちは今にも殴りかかろうという一心だったが、相手が警察なので、手を出すことはやめた。歯を食いしばって、二人を見つめていた。
「あ、あの!」
女子高生が、もえに声をかけた。
「もしかして、初めて声かけられた?」
「あ、そそ、その……」
もじもじする女子高生。
「そういえば、君名前まだだったね。地の文も女子高生のままだし」
「ええ!? あ、えっとあた、あたしの名前は……」
「落ち着いて?」
もえは、女子高生の肩に手を置いた。
女子高生は息を飲み、答えた。
「きららって申します……」
照れながら答えた。
「うわ、今風……」
「い、今まで名前でからかわれたりしたことがあって!」
「あ、そ、そうなの? でもすてきな名前ね」
もえはほほ笑んだ。
「私は山波もえ。警視庁捜査一課に配属された新人刑事よ。今回はなぜか保護観察官になってるけど、よろしくね!」
名刺を渡した。
「警視庁捜査一課……」
名刺を見ながら呆然とするきらら。
「そんなにすごい職場じゃなくてよ? 毎日書類作成ばかりだから。あとはまあ、駐禁の取り締まりとかかな?」
「でもすごいとこにいるじゃないですか!」
「そうかな?」
もえは頭をかいた。
「もえさん!」
「はい?」
「今回はありがとうございました。あたし、まだ自分の夢とか、趣味はわからないけど、今までただ漠然と過ごしてた分を、自分らしく、楽しく生きてみたいと思います!」
もえはほほ笑み、
「そう。がんばってね。でもなにかあったら、電話でもメールでもいいからよこしてね」
言った。きららもほほ笑み、
「はい!」
と、返事をした。
「ていうか、もえさんも今風な名前じゃないですか」
「え、そうなの?」
もえは首を傾げた。
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