9.マムシちゃん、友達を救う

第9話

マムシちゃんのスマホに、電話がかかってきた。

「はーいシュウちゃんなーに?」

『マムシちゃーん!! 今すぐ来てーっ!!』

 スピーカーからものすごい大声。マムシちゃん、唖然。

 てなわけで、かけ足でやってきたのは、学生寮。マムシちゃんが通っている大学が経営している寮だ。マムシちゃんはカエルが食べ放題になるから、田んぼの近くのアパートにしている。

 その一室のインターホンを押した。

 ドタドタとドア越しから聞こえてくる足音。

 バンッとドアが開いた。そこから出てきたのは、泣き顔の女の子。

「どうしたのシュウちゃん?」

「うわーん!! マムシちゃんどうしよ〜!!」

 いきなり抱きついてきた。

「もうだからどうしたのって」

 オイオイと泣き続けるシュウちゃん。なだめるのに、一時間かかった。

 ようやく泣き止んだところで、居間に来た。

「えへへ。ごめんごめん」

 目のまわりが赤く腫れているシュウちゃん。

「ったくシュウちゃんはどうして一時間も泣き止まないのかね」

 マムシちゃんは聞いてみた。

「ところで、なんで泣いていたの? 私を呼び出した理由はなに?」

「そう! やばいんだよやばいんだよ!」

「なにがよ?」

 シュウちゃんは、タンスをガサガサと探って、紙を出した。

「これ、見て」

「なになに? なっ!!」

 紙には、"ヨナグニシュウダ"という名前と、そのヘビであろう写真があった。

「かっこいい! ねっ、まさかこれってひょっとして……」

「ひょっとしなくても、あたしのお見合い相手よ」

「お見合い!!」

 マムシちゃんは、飛び上がるような興奮を覚えた。

「ずるいぞこのこの〜! 私だって、いまだにそんな話来てないんだぞ? このこの〜!」

 マムシちゃんは、シュウちゃんをひじで突いた。

「う、うん。それはいいんだけどね」

「なに? もしかして、もうお見合い相手の前に心に決めてる人がいるとか!?」

 テンションマックスのマムシちゃん。

「じゃなくて……」

「これじゃ不服? もったいない! 私だったら、ひと目見ただけでK.OだよK.O!」

「だから……」

「で、結婚式はどこで挙げるの?」

 キッと目をにらませるシュウちゃん。すると……。

 ブーッ! とてもとても臭いおならが、部屋中を漂った。

「シ、シュウちゃん……」

「お見合い相手はお気に入りよ。今すぐにでも結婚していいくらい。でもほら、あたし興奮すると、おならが出るたちでしょ……」

 シュウちゃん、本名シュウダは、興奮すると排出口から青臭い臭いを放つ習性がある。一度付いたらなかなか取れないらしいので、要注意。ちなみに、クサギカメムシも素手で触ると青臭い汁を出す。付くと臭いがなかなか取れない。

「マムシちゃんどうしよう……。こんなかっこよすぎる人目前にしたら、おならが止まらないかもしれない」

「いや、そんなもん無限に出るわけないでしょ……」

 呆れるマムシちゃん。

「だとしてもおならが出るなんてもってのほかよ〜!」

 マムシちゃんに迫ってきた。

「わわ、わかったわかった! 泣かないで!」

 マムシちゃんは考えた。

「うーん。いや、まあでも。それがシュウダの習性だし、ヨナグニシュウダなんだから、わかってくれるんじゃない?」

「じゃあなに? マムシちゃんはあたしがおならブーブーこきまくって、恥ずかしい思いしてもいいって言うの?」

 にらまれた。

「そうなんだわ! マムシちゃんにしちゃあ、あたしのお見合いなんて他人事だもの。おならでもゲップでも出しやがれってものよねーっ! うわーん!」

 また泣いた。

「めんどくせー」

 と、思うマムシちゃん。

 しかし、この場を放っておくわけにもいかない。大学で知り合った唯一の仲良しなんだから、相談には乗ってあげないと。

「わかったわシュウちゃん」

 シュウダが伏せている泣き顔を上げた。

「おならが出ないように、なんとかやってみようよ」

「マムシちゃん……」


 マムシちゃんとシュウダは、映画館に来た。

「作戦その一、映画館!」

「マムシちゃん、映画館に来てなにをするの?」

「映画を観るのよ」

「えー? 別に観たいやつあるわけじゃないのに?」

 しぶるシュウダ。

「ハラハラドキドキするやつを観るの。シュウちゃんさ、興奮するとおならが出ちゃうんでしょ? だったらさ、ハラハラドキドキする映画を観て、それを克服しようよ」

「確かに、ハラハラドキドキには弱いけど。そんなんで治るかな?」

 心配するシュウダ。

「大丈夫だよ! 今日は週末だし、お客さんいっぱいいるでしょ? ヘビ様の前で、おならなんかできないでしょ」

 シュウダの肩に手を置いて、グッジョブするマムシちゃん。シュウダは戸惑ったが、マムシちゃんの言うとおりかもしれないと思い、ここは聞くことにした。

 映画館に来た。お客さんがいっぱいいた。映画の内容は、ホラー映画。

『ここにもいなーい……』

 映画に出ている三角頭巾を着けたおばけのヘビが、一個ずつトイレを覗いている。三番目には、アマガエルが震えながら、縮こまっていた。

『ここにもいなーい……』

 二番目を開ける映画の中のおばけヘビ。マムシちゃんとシュウダは、ハラハラドキドキしていた。スクリーンに夢中だ。

 ついにおばけヘビが来ると思ったアマガエルは、目を閉じて、頭を抱えた。しかし、なにも起きない。安心してホッとすると、上におばけヘビがいた。

「きゃあああ!!」

 叫ぶシュウダ。同時に。

 ブーッ! おならが出た。

「なんだ? 臭いぞ?」

 館内中に漂うおならの臭い。観客全員がおならの臭いに気を取られていた。映画はまだ続いているのに、おならに夢中だ。

「シ、シュウちゃん……」

 鼻をつまみながら彼女を見るマムシちゃん。

「……」

 シュウダは、涙目で呆然としていた。


「映画館なんて二度と行かない! 行かないんだから!」

 泣きじゃくりながら街を歩くシュウダ。その隣でなだめているマムシちゃん。

「でも、お見合いするんでしょ? ここであきらめちゃダメだよ」

「マムシちゃんはいいよね! おならしないんだもん!」

 怒られた。

「いや、私だっておならするよ……」

 唖然とした。

「こうなったら、作戦その二実行よ!」

 マムシちゃんたちは、次はライブ会場に来た。

「なんでまたヘビがたくさんいるところに来たのよ?」

 ムスッとするシュウダ。

「映画館は、静かだったし、ハードルが高かったんだよ。だから、騒がしいところに来て、万が一おならが出てもいいとこに、来たんじゃない」

「ま、まあ一理あるか」

 さっそく、ライブが始まった。

「みんなーっ! 盛り上がってるかーい!」

 マイクを持ったガラガラヘビの一声に、ヘビの観客たちが叫ぶ。

「おーしっ! じゃあまずはこの曲。ガラガラヘビがやってくる!」

 メロディが流れた。

「ガラガラヘ〜ビがやってくる〜♪お腹をすかせてやってくる〜♪」

 ノリノリの観客たち。始めはノリ気じゃなかったシュウダも、ノリノリで手を振っていた。マムシちゃんもノリノリだ。

「さあ、とっておきだ!!」

 ガラガラヘビが叫ぶと、ステージから花火が上がった。観客は興奮の声を上げた。

「すてきーっ!!」

 マムシちゃんとシュウダも上げた。

「ん? なんか臭うな」

 と、マムシちゃん。これは、嗅いだことのある異臭だ。

 近くにいる他の観客も臭いに気づいたようで、あたりを見渡していた。

「まさか……」

 と、マムシちゃんが思った時。

「やっだこの子じゃない?」

「マジかよ~。どんまい! 音がしなくても臭いがきついんじゃあ、たまったもんじゃないよな」

 と、カップルの観客が指さすと、他の観客たちが、マムシちゃんとシュウダから離れていった。

「あ……。シュウ……ちゃん?」

 シュウダは、全身真っ白になっていた。


「ライブなんて二度と行くもんかっ!」

 泣きべそをかきながら街を歩くシュウダ。その隣で彼女をなだめているマムシちゃん。

「でもでも、お見合いするんでしょ? ここであきらめちゃダメだよ」

「だからマムシちゃんはいいよね! おならしないんだもん!」

 怒られた。

「いや、だから私だっておならするよ……」

 唖然とした。

「こうなったら作戦その三、いってみよう!」

「はあ〜あ……」 

 気乗りしないシュウダだった。

 二人はゲームセンターに来た。

「ゲームセンターでなにをするんですかー?」

 怠惰な感じで聞くシュウダ。

「ひたすら遊ぶ!」

「はい?」

「ここはおじさん世代の人が多く足を運ぶ、レトロゲームしかないゲームセンター。私たちみたいな若者があまりいなくて、人の少ないところなら、万が一おならが出ても、臭っても大丈夫! シュウちゃんアクションゲーム好きでしょ? 大好きなゲームをしながら克服しようよ」

「なんて言ってるけど、お客がいないわけじゃないからね? それに、あたしのおならの臭いは、映画館だろうが、ライブ会場だろうが、かなりの人に気づかれてたじゃない。ここでも変わらないわよ」

「大丈夫だよ! だって、おっさんなんて四六時中おならしてるんだよ? シュウちゃんが十や二十のおならしたところで、そんな目立たないって」

「あの……。マムシちゃん、それ聞こえてるんだけど?」

「へ?」

 マムシちゃんはあたりを見渡した。ゲームに夢中だったおっさんたちが、マムシちゃんをにらんでいた。マムシちゃんは後ろ頭をポリポリとかいた。

「まあまあ。なんでもいいからいっしょにプレイしようよ」

 マムシちゃんは、ゲーム機の前に座った。シュウダもしぶしぶ隣に座った。

 二人は、ゲームのキャラを選択して、プレイを始めた。マムシちゃん対シュウダの、ストリートファイトの始まりだ。

「えいっえい!」

 シュウダは強かった。よほどアクションゲームが好きと言えよう。マムシちゃんの攻撃をいとも簡単に交わしてしまう。交わしたらすぐに攻撃して、マムシちゃんをひるませる。

「ぐぬぬ……。このこの〜!」

 マムシちゃんもせーいっぱいだが、歯が立たない。

「ああ!」

 マムシちゃんが負けた。シュウダが勝った。

「よーし! なんか調子出てきた!」

 シュウダがノリ気だ。

「わ、私はもういいや」

 シュウダはマムシちゃんを差し置いて、一人でゲームに夢中になった。

「シュウちゃんは、ゲームに夢中になると、しばらくはこうだからなあ」

 シュウダの慣れた操作機の手さばき。一向に疲れも見せない表情。

「ああ!? レ、レアキャラだ!」

 驚いた。なんと、プレイし続けていたら、レアキャラを解放したのだ。

「よっしゃー!!」

 ブーッ! 喜びながら、おならした。

「……」

 一時の沈黙。

「くっさ〜」

 鼻をつまむマムシちゃん。

「やだ……。あたしまた……」

 うつむくシュウダ。

「あっ! だ、大丈夫だよシュウちゃん! 誰も見てないし、私しかいないし。ね? 大丈夫大丈……」

 そこに。

「見たか今の!」

「すげえ屁だったな。へへへ!」

 オスヘビ二匹が笑っていた。

 シュウダがゲーム機から走り去った。

「シュウちゃん!」

 あとを追いかけるマムシちゃん。

 外は雨が降っていた。雨の中、シュウダは走り続けた。街を抜け、森を抜け、山を抜けた。

「あっ!」

 こけた。行き着いた場所は、湖だった。

 シュウダは、湖の水面に映る自分の顔を見つめた。それを見つめながら、泣き崩れた。

「シュウちゃん!」

 マムシちゃんが、シュウダの肩に手を置いた。

「もうやだよ〜!」

 泣き崩れるシュウダ。

「シュウちゃんはシュウダなんだもん。出ちゃうのはしかたないんだよ」

「やだよ〜!」

「お見合い相手がいるだけでもうらやましいのに……」

「これじゃお見合いもできないよ〜!」

 泣き崩れるシュウダを、ただ黙って肩をなでてあげるしかなかったマムシちゃんだった。雨はしとしと、降り続いていた。


 あれから数週間経ったが、シュウダと会っていない。大学にも来ていないし、連絡も途絶えたままだ。寮に来ても全然出てこない。マムシちゃんは心配していた。

「まさか、あのまま閉じこもりがちになっちゃったんじゃ……。私のせいなのかな?」

 シュウダが興奮するとおならが出るヘビだって百も承知だったのにも関わらず、おならを出させてしまうようなことをさせてしまった。これは、自分の責任の方が大きい。

「シュウちゃんに謝らなきゃ!」

 マムシちゃんは、メールで謝罪文を書いた。そして、それを送信した。

 すると、すぐにメールの返信が届いた。

「え!?」

 返信されたメールを見て驚いた。それは、こんなものだった。


"お見合いが成立しました!"


 シュウダのアパートに来てみれば、そこには写真で見た、ヨナグニシュウダとシュウダが並んで居間にいた。

「今まで心配かけさせたねマムシちゃん。実は、お見合いが成立したの」

「初めまして、ヨナグニシュウダです。シュウダさんのおならがとてもチャーミングなので、結婚することになりました」

「もうヨナグニさんったら〜!」

 照れるシュウダ。

「は? え、どゆこと?」

 唖然とするマムシちゃん。

「つまり、ヨナグニさんも同じシュウダの仲間でしょ? で、シュウダの仲間は、おならで恋人を決めるんだって。ヨナグニさんは、あたしのおならを気に入ってくれたの……」

 シュウダは幸せそうに、ヨナグニシュウダの肩に寄り添った。

「ああ、へえ……」

 そんなんで恋人が決まるなんて、シュウダの恋って簡単すぎるだろと思うマムシちゃんだった。

「ていうか、これじゃ完全に取り越し苦労だったじゃない」

 と言うマムシちゃんの目の前で、幸せそうに見つめ合うシュウダとヨナグニシュウダ。

(もうどうとでもなりやがれ!)

 おならでもなんでも、せっかく実った恋なんだから、幸せになりやがれと思う、マムシちゃんだった。

「つうか、今度は私の番……かな?」

 マムシちゃんのお嫁さんになるという夢が叶うのは、いつになるやら。

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