第39話 天色は再び
この握った短剣で狙いたい者はどこに。
そんなことは、もうわかっている。ここまで来たらもう隠れる必要もない。
「え、ご主人様っ?」
「あ、あらご主人様っ……え?」
屋敷の中を突き進み、顔を見た使用人はみんな驚いている。この顔はカルスト家の領主だが、何か違う――妙に若い? ――雰囲気が違う? 一瞬の出来事だったから、みんな二度見をするが怖くてそれ以上突っ込むことはできない。
そんな使用人達を尻目に自分は廊下を進み、階段を上がり、そして突き当たりの部屋へ。
(これはみんなのためだ。カルストが死ねば悲しみも生まれない。大地の民がこれ以上殺害されることもない!)
ラズは短剣を鞘から抜き、ドアを力任せに開けた。
「な、なんだ!?」
中にいた、自分と同じ顔――少し年老いている顔は驚愕した。
「なんだ、貴様っ! え、わ、私っ!?」
「そうだ、貴様だ! 俺は汚れた貴様の血を引くラズ・カルストだぁぁ!」
叫びと共に短剣を振り下ろす。カルストは「ひいっ!」と悲鳴を上げ、身を翻した。
「や、やめろっ! え、衛兵っ!」
時間はかけていられない。早く仕留めなければ騒ぎを聞いた衛兵が飛んでくる。幸い、こちらの方が年齢もあってか瞬発力は高い。ドアの方へ向かったカルストを取り押さえるのは容易だった。背中に圧をかけ、手を後ろ手にして身動きを封じる。
「や、やめろ! こんなことをして、貴様っ!」
「貴様に貴様呼ばわりされる筋合いはないが。だが貴様が俺だと思えば、まぁ仕方ない。それでも俺は貴様よりも民のことを優先し、民のために尽くしたぞ。そして民のために、俺は貴様の命を奪う。その結果、この血が途絶えてもな!」
カルストが身体をよじり、抵抗をみせるが大したことはない。片手で短剣をかまえ、刃先を真下に向ける。
「貴様はどれほどの民を犠牲にしたっ!? 大地の民をどれだけ辱めたっ。俺の時代では大地の民はほぼ絶えてしまった。貴様のせいだ。そして俺の大事な人までをも、貴様は奪おうとしている!」
頭の中にふと浮かぶ、青い髪。
『ラズ様!』
何度も呼んでくれる、心地良い声。
その持ち主はその身を犠牲にして――!
短剣を向ける手には自ずと力が入った。
「やめろーっ、頼む、やめてくれっ!」
無様に暴れる、この男のために。君は己を犠牲にして俺を助けようとしてくれた。
今度は俺の番だっ!
「――消えろっ! 全てぇっ!」
彼が、優しい彼に戻るために!
『ラズ様っ、ダメです! 殺しては! ラズ様ーっ!』
不意に自分を呼ぶ声がした。
それと共に目の前に現れたのは、金色の髪の少年。天色の瞳は自分の好きな色だ。
「ラズ様! やめて!」
「……レイシー!?」
息を飲み、前にいる人物を見る。そこにいるのは先程も会ったエイリスだった。天色の瞳は世話人である彼と一緒だが、衣装や見た目は間違いなくエイリス……けれど自分を止める呼び声は――。
「ラズ様! そいつを殺したら、あなたは消えてしまう! ダメです! 消えないで、ラズ様!」
「な、なんで!? なんでレイシーがっ」
エイリスは金の髪を揺らしてしゃがみ、天色の瞳を至近距離まで近づけた。そして短剣を握る手をすごい力で押さえてきた。
「ラズ様、俺は、大地の民、でした……だから未来からエイリスの身体を借りて、ここに来ました。未来の俺はエイリスの魂を、俺の身体に宿しています。だから共有できるんです。普通の大地の民はできないけど、エイリスは力が他の者より強いから」
なんてことだ。信じられない。
だがエイリスなら、大地の民なら、あり得ないことではない。
「レイシー、本当に、君なんだ、な……」
「そうですよ、ラズ様。言ったじゃないですか。ラズ様はわかりやすいから、あなたがどこにいようとも、俺はあなたを見つけられます。あなたは俺の全てなんだ」
短剣を押さえる彼の手に力がこもる。
「それに……もしあなたが消えたら、俺のことは誰が助けてくれるんですか」
幼き日のことがよみがえる。
暗がりで拘束され、震えていた奴隷だったレイシー。痩せて細くて、今にも折れてしまいそうな手足。生気のない瞳。まさに今の時代にいる、痩せ細ってはいないがエイリスのような。
「でも、俺が消えれば情勢は変わる。大地の民が生きやすくなっている可能性だって――」
「俺は大地の民だからじゃなくて。あなたに会いたいんです。俺が奴隷じゃなければ、こうしてあなたに出会うことはなかった。そんなの、俺は嫌ですよ」
その言葉を聞き、胸の中が震えると共に短剣を持つ手に力は入らなくなり、短剣はするりと床に落ちた。
本当にそれでいいのか。
再度問おうとした時、エイリス――レイシーは満面の笑みを浮かべた。その美しさは全ての意識を持っていかれるほどで。自分は今の状況を忘れるほど、レイシーに見惚れた。
しかし、これが仇となってしまった。
「くそぉぉっ!」
押さえていたはずのカルストが力任せに拘束を解き、下から這い上がった。その際に落ちていた短剣を手に取ったほんのわずかな瞬間、床と金属がシャンとこすれた音。そして振り払われた時の鮮血と目を押さえたエイリスの姿は――一瞬にして、自分の脳裏に奥深く、焼きついた。
「レイ――」
「――エイリスッ!?」
それを見ていたのは自分だけではなかった。
エイリスの名を叫んだのは彼の想い人であった。
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